第117話 本当にあった怖い話・殺人ピエロの逆襲
「まさかこれ程とは……」
おどろおどろしいオブジェクトが並べられた、薄暗く不気味な部屋で、最果ての剣の剣士カイは、ドナルド・スマイルの死体を前に呟いた。
ゼッカの相手をギルティアに任せ、闇の城の王座の間へと続く最後の関門、第4階層にやってきたカイ、ロランド、グレイスを待ち受けていたのは、ドナルド・スマイル。
2メートルに迫ろうかという逆三角形の巨躯を、真っ赤な血の色のピエロスーツで包んだ魔人。この世のピエロ系ヴィランが究極合体したかのようなその姿は、見た者に問答無用の恐怖とトラウマを与える。
そんな見た目の印象のみが先行するドナルド・スマイルであるが、最果ての剣から見て、未だに謎多きプレイヤーである。
身を隠したりかく乱したりする幻惑系の魔法スキルを使用しつつ、自らの肉体を強化して襲いかかってきたドナルド。
対するカイたちも、その姿に翻弄された。そして、カイは遂に奥の手であるユニーク装備【竜装ドラゴンガスト】を使うに至った。
飛竜の意匠が施された白と青のこの鎧は、持ち主であるカイがドラゴン系のモンスターを倒す度、ドラゴニックソウルカウンターが蓄積されていく。
そして貯めたドラゴニックソウルカウンターを消費することで、超強力な攻撃スキルを放つことができるという装備である。
「まさかこんなところでカイくんの本気が見られるなんてね~」
「何を言うグレイス。寧ろ私は嬉しいぞ? ドナルド・スマイル……これほどの強者と巡り会えるとは思っていなかった。次は是非タイマンで戦いたいものだな」
「そだねー。さて、それじゃあ上に行きますかっと。あれ、どうしたんですかロランドさん?」
「そういえば、さっきから妙に静かだな?」
「いえ……それが……」
ロランドは表情こそ崩さないものの、冷や汗をかきながら、指差した。
「ドナルドさんの死体が消滅しないんですが……」
「なっ!?」
「えぇ!?」
カイとロランドが目をやると、確かに壁にもたれるようにして倒れたドナルドの死体が、そこにはあった。
GOOでHPを失ったプレイヤーの肉体は、光の粒子となって消滅する。だが、ドナルドの頭上に表示されているHPバーは既にゼロになっているにも関わらず、その肉体はそのままそこで倒れている。
「バグか? ……いや、なんらかのスキルか?」
「いやはやなんとも」
「何にしたって怖いって怖すぎるよぉ……」
「おい待てグレイス……どこへ行く?」
よくわからない事態に完全にパニックになったグレイスは、王座の間への階段目掛けて走り出した。
それはある意味正解だったのかもしれない。彼らの目的はギルドクリスタルを破壊することなのだから。
だが。
その時。
『スマ~イル♪』
三人の背筋が凍った。おおよそ人間の声帯から発せられたとは思えない歌声がフィールドに響いたのだ。
いや、それは歌ではなかった。
まるでこの世の生者すべてを呪い殺そうとしているかのような呪詛にさえ聞こえた。
そして。
「彼の死体が……消えた?」
「ぎぃやあああああ」
ロランドがドナルドの死体が消えたことに気が付くのと、グレイスの悲鳴が同時に聞こえた。
ドナルドの死体はありえない挙動で天井まで飛び上がると、そのまま壁を這って高速移動し、グレイスに襲い掛かったのである。
「あばばばばばばばば」
恐怖のあまり迎撃に移れないグレイスの代わりに、ロランドがドナルドに横から斬りかかる。
「馬鹿な!?」
だが、ロランドの剣がドナルドの胴体に触れようとした瞬間。ドナルドの体が千切れ、上半身と下半身に分離した。
「なんなのだこれは……ぐっ!?」
『スマ~イル♪』
そして、上半身がそのままグレイスに襲い掛かり、下半身は空中に浮いたまま、ロランドに蹴りを入れてきた。剣で受け流すロランドだが、その威力は凄まじく、体が地面に叩きつけられた。
「本当に一体何が起こってるのおおおおお!?」
光属性の魔法【シャイニングフォース】でなんとかドナルドの上半身を消滅させたグレイスは、涙目になりながら叫んだ。
彼はホラーが苦手なのかもしれない。いや、そもそもこの状況に得手不得手があるのかはわからないが。
「だがよくやったぞグレイス。あとはあの下半身を倒せば……いや、おいおいまさか」
カイは青ざめた。地面に着地したドナルドの下半身から、さっき倒した筈の上半身が生えてきたのである。
『スマ~イル♪』
そして、その姿にも変化があった。結論から言うと、見た目がゾンビ寄りに変化した。
白塗りの化粧がされていた肌は汚れ。
眼球がある筈の場所は空洞で真っ暗。その奥からは赤い光が怪しく覗いている。
そして、その頭上、本来プレイヤーネームが表示されるべきところには、こう表示されていた。
【ドナルド・スマイル・ゾンビ】と。
「そういえばクリスターさんに聞いたことがある。【古代王スカルレックス】という召喚獣には、HPがゼロになった瞬間に発動する【不死王】というスキルがあると」
「不死王?」
「それとこの状況になんの関係があると言うのだ?」
ロランドは説明する。
不死王のスキルはスカルレックスのHPが0になった瞬間に発動する。その後、スカルレックスの【頭部】【胴体】【右腕】【左腕】【右足】【左足】にそれぞれ耐久値が設定される。その6カ所を同時に破壊しないと、スカルレックスを倒せないのだ。もしどこか一つのパーツでも残っていると、即座に再生。さらに再生時にはステータスが10%増加というおまけ付きだ。
強力過ぎるが、もちろんデメリットもある。まず、召喚師自体にもコントロールが不可能になり、召喚したプレイヤーやその味方にも攻撃が当たるようになってしまう。
そして、仮に召喚師が死亡したとしても、上記の条件を満たすか1時間経過するまで、スカルレックスは暴れ続けるという。
ヨハンですら自分が発動させたらヤバいと思い、決してストレージには入れないという曰わく付きの召喚獣、それがスカルレックスなのである。
「確かにこの状況と合致するけど……じゃあロランドさんは、ドナルドまで召喚獣のスキルを使ったって言うの?」
「まぁあのヨハンのことだ。仲間に召喚獣のスキルを分け与えていても不思議ではあるまいが」
「私はそう思います。HPがゼロになってもゾンビのように暴れ回るドナルド・スマイル……【不死王】が発動しているのだとすれば全て説明がつく」
実際ロランドの予想は当たっていた。
ヨハンがドナルドに託したのは、古代王スカルレックスの召喚石だったのだから。
「ならば……」
「ああ、やることは一つ」
三人の作戦は、スキルによる時間差連続攻撃だった。
まずはロランドがファイナルセイバーを放つ。
それが命中すると、ドナルドゾンビは両足を切り離し、上空へと飛んだ。そこへ、すかさずカイが攻撃を仕掛ける。
ドナルドは首だけを切り離して回避。胴体、両腕の破壊にも成功する。後は。
「再生する前に首を破壊するだけ――フレイムシュート!!」
グレイスの放った強力な火球がドナルドの首目掛けて飛んでいく。
勝った。
誰もがそう思った時。ドナルドゾンビがにやりと笑った。そして、急に加速を始めると、火球を回避。そして、その勢いのまま、生首はグレイスの元まで飛んでくる。
『スマ~イル♪』
「ぎいいやあああああああ!?」
そして、グレイスの近くで全てのパーツが復活。グレイスは復活したドナルドゾンビに抱きしめられてしまう。
「ひいいいいお助けええええええ犯されるううううううう」
「落ち着けグレイス。今助けてやる」
「待ってくださいカイ」
グレイスを助けようと剣を構えたカイを、ロランドが制止した。
「このまま攻撃したとして、ドナルドゾンビを確実に仕留められる保障はない。ならば、ここはグレイス君に任せて、我々二人だけでも上に向かうべきでは?」
「おお、その手があったか」
「ちょちょちょちょちょ……ロランドさーん!? 待って待って!! おかしいでしょそれえええ!? 何が僕に任せてだよ! それ体のいい生け贄だよね!?」
ドナルドゾンビに頬ずりされている状態のグレイスが叫ぶ。それは魂の叫びだった。
「黙れグレイス。貴様一人の犠牲で済むのなら、安いものだ」
「カイくんまで酷い!?」
『スマ~イル♪』ペロリ
その時。
わめき散らすグレイスの頬を、ドナルドゾンビがペロリと舐めた。この瞬間、グレイスの恐怖が限界を突破した。
「もう、ギルド対抗戦とかどうでもいい……早く……楽になりたい。ここではないどこかへ……逝きたい」
そして、HPを全て犠牲にして放つ自爆魔法【ファイナル・エクスプロージョン】を発動。
眩い閃光が、フロア全体を包み込んだ。
グレイスが命を賭して放った巨大な爆発によって、ドナルドゾンビの全てのパーツを同時に破壊することに成功。
こうして、彼らの悪夢は終わりを告げたのだった。
「グレイス君。まさか自爆を選ぶとは……」
「グレイスのヤツ。最後に男を見せたな」
ロランドとカイは、多くを語らなかった。
大きな犠牲を出しながらも、ロランドとカイは、ついに誰も訪れたことのない、王座の間へと足を踏み入れる。
ヨハン復活まで、あと20分。
***
***
***
「はぁはぁ……ここは!?」
グレイスが気が付くと、そこは絢爛豪華なホテルのロビーのような場所。多くのプレイヤーが集う、通称:待機エリア。
「そうか……久々に来たな、ここ。ああ……ああ、僕は助かったんだ」
負けてしまった悔しさよりも、恐怖から解放された安堵感の方が強いようだった。
「生きているって……素晴らしい」
少し深呼吸して調子を整えると、いつもの緩い自分を取り戻し、小さくガッツポーズする。もう大丈夫だ。
怖いことなんて、何もない。
「まぁ負けたのは悔しいけど。こうなったらロランドさんとカイくんの戦いを、高見の見物といこう……か……な」
その時だった。誰かの太い腕が、グレイスの肩をがっちりと掴む。
血の気が引いた。周囲の音が途端に小さくなり、聞こえなくなるような錯覚がした。
そして、背後から、その声が聞こえた。
「あらあらヤダ~奇遇じゃない~ボウヤ。奇遇ネェ。ここはひとつ、一緒に観戦しましょうよ☆」
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