第116話 また一緒に狩りに行こう

 ギルドのみんなと集まっている時。私はよく、学校の話をする。


 友達のことやテストのこと。嫌いな先生のことや行事のことなど、ありきたりな話をする。

 竜の雛の大人たちは、そんな私の話を楽しそうに聞いてくれる。だけど。


 そんなとき、大人たちは……まるで、遠い昔に置いてきた宝物を思うような。優しくて少し寂しい。そんな顔をするのだ。

 そういう顔をされると、決まって私は、心の中で拗ねてしまうのだ。ほんの少しだけ仲間はずれにされたような。私の知らない何かを、みんなだけが共有しているかのような疎外感を感じてしまう。


***


***


***



「いよいよね。調子はどう、ゼッカちゃん?」


 イベント開始前。瞑想していた私に、ヨハンさんが声をかけてくれた。

 いつも通りの柔らかい声に、少しだけ緊張がほぐれる。


「いつも通りです。ただ……」

「ただ?」

「斬子……ギルティアと戦って、果たして何かが変わるんでしょうか?」


 それは私が最初から感じていた疑問だった。初めはただ意地だった。負けたくない。

 二刀流を。そして竜の雛を馬鹿にしたギルティアを見返してやりたい。ただ、それだけだった。


 でも。


 本当にそうなのだろうか。

 私は、ギルティアが約束を破ったから、腹を立てて最果ての剣を抜けた。剣士だけの最強ギルドを目指すという約束を、あの子は破ったのだ。


 でも。


 あのときの、あの子の気持ちが今ならわかる。


 勝ちたかったんだよね。負けっぱなしは嫌だったんだよね。わかるよ。私も同じだったから。

 だから。わかるからこそ。


 私がギルティアと戦って、何か変わるのだろうかと。


「何か変わるって……どうして? だってゼッカちゃんは、ギルティアさんと仲直りがしたいんでしょ?」

「え?」

「え?」


 私が疑問を浮かべると、何故かヨハンさんまでキョトンとしてしまう。いや、何故あなたが疑問形なんですか。


「私、そんなこと言いましたっけ?」

「言ってないけれど、そういう態度だったわよ。あら、もしかして自覚がなかったの?」

「な、なかった……」


 そんな自覚無かった。え? 私ギルティアと仲直りしたかったの? 嘘……。


「そそそ、それって、他の人たちは……」

「うん。全員知ってるわ」

「うわああああああああ」


 穴があったら入りたい……恥ずかしい。


 あれ?


「でも、だったらどうして私とギルティアを戦わせようと? 普通戦ったら余計険悪になるんじゃ?」

「そんなことないわよ。本気で戦った者同士の間には、友情が生まれるの。これ常識」

「少年漫画ですか?」

「いいえ。人類最古の物語よ。大昔から、そう決まっているの」

「ギルガメッシュ叙事詩!?」


 なんということだ。戦った敵が仲間になる展開好きすぎるでしょ人類。


「ゼッカちゃん。貴方の仲直りしたいという気持ちも。負けたくないという気持ちも。見返したいという気持ちも。その全部がとても大切で、かけがえのないものなの」


 ヨハンさんは、そう言った。


「今はわからなくてもいい。でも、逃げないで戦って。ギルティアちゃんと向き合って。いつか、今日のこの選択を、誇りに思える日がきっと来るから」


「は……はい」


「うん。良い子」


 そう笑ってヨハンさんは、私の頭を撫でた。


 うう、子供扱いはやめて欲しいのに。私はヨハンさんと対等な仲間でありたいのに。気持ちよくてあらがえない自分が情けない。


「あの……そろそろイベントの時間ですよ?」

「あら、そうだったそうだった」


 私が言うと、ヨハンさんはようやく本題を思い出したようで、ストレージから一つの召喚石を取り出した。


「私は側に居られないから。代わりにこの子を連れて行って」

「こ、こんな……受け取れませんよ!?」


 ヨハンさんが手渡そうとしてきたのは、なんと暗黒の因子でカオス化させたクロノドラゴンの召喚石。

 ヒナドラと並んで、ヨハンさんが最も愛する召喚獣、バチモンのはずだ。


「いいのよ。それにね。クロノドラゴンには、失われた時間を取り戻すことができる……という設定があるの!」


 失われた時間……。


「そう。ゼッカちゃんが大切なものを取り戻せるように。この子と一緒に祈っているわ」


 そう言って微笑みながら、ヨハンさんにクロノドラゴンを渡された。握られた手から、力が伝わってくるようだった。


 斬子に。そして自分に立ち向かう勇気が……湧いてきた。


 でも。


 私は一つだけ気になって、ヨハンさんに尋ねてみた。


 私の大好きなこの人は。失った何かを。ここで取り戻すことができたのだろうか?


「ヨハンさんは……何か……大切なものを取り戻すことはできたんでしょうか?」

「ん?」


 すると、ヨハンさんは嬉しそうに笑って。頭上で眠るようにしていたヒナドラを私に手渡し、そして私ごと抱きしめた。


「ええ。大切な。とっても大切な友達に出会えたの」


***


***


***


 装備を深海剣アビスに持ち替えたゼッカは、二刀流から一刀流の立ち回りに切り替えていた。自らが学んだ二刀流の動きを、ロランドから学んだ立ち回りに応用した我流の立ち回り。


【光剣エンシェントソード】からビーム攻撃を放つギルティアの猛攻を、全てギリギリで回避する。


(オウガと一緒にロランドさんの特訓を受けたの……無駄にならなかったな)


 やがて攻撃が当たらないことに苛立ったギルティアは、次々と剣を変更する。だがその全てをゼッカは回避。


 そして、そこで初めてギルティアは、ユニーク装備ではない剣を取り出した。赤い刀身の刀のような剣。ユニークスキル【コレクター】で集めたユニーク装備もこれでネタ切れかと、その剣を見たゼッカは驚いた。


炎刀えんとう烈火れっか!?」


 その剣をゼッカは知っていた。それはユニーク装備ではなく、レアドロップ装備。かつてミュウと三人でプレイしていたとき、ギルティアが愛用していた剣だ。


「ふん。ユニークじゃないからって甘く見ないコトね。当然トランスコードで強化してあるんだから」


 言うと、ギルティアは剣を構える。炎刀の刀身が炎に包まれる。前には無かった攻撃スキルが、剣に宿ったのだろう。


(わかってるよ。私が一番よく知ってるのは、その剣で戦う貴方だから。そして、どんなユニーク装備やレア装備よりも……その剣を持ったギルティアが……一番脅威だ)


「なら、こっちも……」


 ゼッカが剣を構えると、深海剣が水のエフェクトを纏う。

 両者にらみ合って、そして、力を放つ。


「――火炎竜撃!!」

「――メイルストローム!!」


 業火と激流が中央で激突し、凄まじい爆発の後、対消滅となる。


「はっ! やるわねゼッカ。でもまだまだこれから……って、何!?」


 煙が散った後、ギルティアが気づいた時には既に、周囲は時計型の魔法陣で埋め尽くされていた。

 ゼッカは暗黒の因子によりカオス化したクロノドラゴンのスキル【タイムメイカー】を発動させたのだ。


(ヨハンさん。クロノドラゴン……力をお借りします)


 低い体勢を維持したまま、ゼッカはギルティアに接近する。ギルティアのグランドアーマーにはある程度のダメージを遮断する能力が備わっている。

 デッド・オア・アライブがない今、ギルティアを倒すには至近距離から数発のスキルをたたき込む必要があるのだ。


「近づけさせないわよ――火炎竜撃!!」


 再び炎刀からスキルを放つギルティア。避けるか後退するか、そのどちらかだろうと読んでいたギルティア。だが、ゼッカの選択はどちらでもなかった。


「うおおおおお――メイルストローム!」

「嘘でしょ!? その距離じゃアンタも死亡するんじゃ!?」


 既に近くまで迫っていた炎に対し、水の攻撃メイルストロームで迎え撃ったゼッカ。二つの力がぶつかった爆発によるダメージでそのHPはゼロになるかと思われたが。


「HPが1で残った……そうか!!」

「そう、私にはさっき稼いだガッツが残っている」

「チッ……ファイナルセ……」

「遅いッ!!」


 ゼッカは【換装】により、プロトカリバーを両手に握ると、ギルティアの懐に入り込む。


「しまっ――」

「――ライトニングボルト――ハデスフォース――シャイニングミサイル――火炎竜撃――メイルストローム――ファイナルセイバー!!」


 そして、タイムメイカーの能力によって、ギルティアが使ってきたスキルを合わせて怒濤の6連撃を叩き込む。


「トドメ――グランドクロス!!」

「ぐっ――ああああああ」


 そして最後はゼッカ最強の攻撃で、見事勝利を収めるのだった。


***


***


***


「ゼッカ……アンタの勝ちよ」


 ガッツを発動することでなんとか耐えたギルティアだったが、既に戦意は失ったようだった。ゼッカが剣を向けると、降参とばかりに、力なく両手を上げた。


 そして、天を仰いだ。


(はぁ……何やってんだろ、アタシ)


 ギルティアの心に聞こえてきたのは、一年ほど前の、親友たちの言葉。


『ねぇねぇギルティア、剣士だけで最強のギルドを作ろう!』

『難しいけど、もしできたら、私たち凄いよね!?』


 だが、女子高生三人が天下をとれるほど、このゲームは甘くなかった。


 だからこそギルティアは、カイやガルドモールなどの有名プレイヤー。そしてグレイスや他の職業で名を上げていたプレイヤーたちを最果ての剣に引き入れた。


 勝ちたかったから。勝って勝って勝ち続けて。


 最強のギルドを作れば。いつか二人が戻ってきてくれると信じて。


(でも……結局あの時から……最果ての剣はアタシたちのギルドじゃ、なくなっちゃったんだ)


 カイの言葉を思い出す。皆、兄であるロランドこそがギルドマスターにふさわしいと。そう言っている。

 そんなことはギルティアにだってわかっている。兄がギルドマスターをやったほうがイイと言うことくらい、彼女には最初からわかっていた。


 兄がギルドマスターならもっと凄いギルドにすることだってできるだろう。


 でも、それでも譲れない理由があった。


『私は自分のことに集中したいから。ギルドマスターなら、斬子の方がいいよ』

『うん。だって斬子は強いもんね。ギルドマスター向きだよ』


 親友二人が選んでくれたギルドマスターという立場を、誰にも渡したくなかったのだ。


「悔し泣き……じゃないよね?」

「ばっ……見るな……見ないで」


 ゼッカにひょいっと泣き顔をのぞき込まれて、ギルティアは必死に顔を隠す。そして、しばらくの沈黙の後。


「ねぇ絶佳」


「なぁに?」


「アタシ、何がいけなかったのかな。やっぱり、ギルドに剣士以外を入れたのが……」


「もう気にしてない。私も同じだったから。今なら、斬子のあのときの気持ち……わかるから」


「じゃあ……やっぱり」


「うん。美優には、今度二人で謝ろう」


「うん……ごめんね……ごめんね二人とも……」


「だから、怒ってないってば」


 そう言って、涙を流しながら、ゼッカは笑った。


「じゃあ、私、上に行かなくちゃいけないから、トドメ……刺すよ?」


 ギルティアは頷いた。だが。

 その前に、言わなくてはいけないことがある。


『後悔のないように』


 兄のあの言葉が、何故か頭に浮かんで。


 ここで言わなかったら。一生後悔する。そんな確信があった。


「その……あの……最果てに戻ってとは言わないけど……でも。また、またさ、前みたいに……一緒に遊ばない?」


 顔を赤くして、目を挙動不審にぐるぐるさせながらも。


 ギルティアは、正直に言うことができた。


「うん! また一緒に狩りに行こう!」


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