第79話 第一防衛ライン

殺し合い祭り開始から5分後。


魔王城こと暗黒の城の前にはギルド【打倒ヨハンの集い】の全メンバー120人が集結していた。


「え、全員ここに来ちゃダメじゃないですか?」


 若手プレイヤーのエックスはそう口に出そうとして、やめた。

 とてもそんなことを言える空気では無かったからだ。目の前の闇の城を拠点にするギルド【竜の雛】のメンバーは合計8人。倒したとしてもたった8P。ここを襲撃するメリットは今のところないに等しい。


 だがそれは、あくまでイベントで勝つことが目的の場合である。

 ここにいるメンバーは最初から最強のギルドになろうなんて思っていない。


 ただ、負けたままで居たくないという意地があった。


「さて、それでは攻めるぞ」


 リーダー格のアベンジャーマスオがそう呟くと、それに続いて、同志たちが雄叫びを上げる。


「昂ぶる……昂ぶる!」

「いっくぜええええ」

「俺が……俺たちがヨハンだ!」

「共に勝利を!!!」


 皆の興奮は最高潮に達し、士気だけならばどこの軍隊にも引けを取らないだろう。


「よし……では突撃ぃ!!」


「「「うおおおおおおおお」」」


 そして、戸惑うエックスを置いて、プレイヤーたちは魔王城へ突撃した。


 作戦は……ない。


***


***


***


魔王城に侵入したエックスたちを出迎えたのは、広い庭と犇めく防御用召喚獣たちだった。


ざっと見渡しただけでも400体ほどのモンスターがいるのではないだろうか。


 それぞれの召喚獣が何をしてくるのか、あの掲示板の住民だったエックスは知っている。だがバチモンコラボモンスターのような比較的新しい、召喚師が減ってからの召喚獣のデータは乏しい。

 召喚師が減ってしまったことでスキル解放ができる人物がいなくなったからだ。


 掲示板民の中にもバチモンのデータを収集するため超レアアイテム【転職チケット】で転職したものがいたが、竜の雛による召喚石買い占め騒動の後で、上級のバチモン自体が手に入らなかったのだ。


 つまり【クロノドラゴン】【メタルブラックドラゴン】【ワーフェンリル】の三体は何をしてくるか全くわからない。見つけたら警戒するべき存在だ。


「――ファイナルセイバー!!」


 エックスは剣士系最強の攻撃スキルを放ち、庭の召喚獣たちを縦一線に葬り去る。わずかだが、城の中への道筋ができた。


「今がチャンスです。行きましょう」

「うむ」

「そうだな」


 周囲に居た数人を引き連れ、城の入り口へと向かう。周囲にはまだ召喚獣に足止めされている同志達も多かったが、元々これといった作戦はない。


 行けるときに行くのが最善手に思えたので、エックスは城の中へと突撃する。


 庭を走り抜けている最中、ふと右に目をやると、竜の雛のメンバーと思われる小学生の少女が見えた。メイというプレイヤーは別段なにもすることはなく、キョロキョロと周囲を見回しては、誰かにメッセージを送っているようだった。


「あんな小学生一人に任せるなんて……」

「きっと何していいのかわからず混乱しているんだろうな。可哀そうに」

「小学生か……ぐへへ」

「声かけるか?」

「いや、それよりヨハンだ」


 エックスの後ろでは同士たちがそんな事を話している。確かに傍目には大役を果たせずにオロオロしているようにしか見えなかった。実際に、こうしてエックスたちの突破を許してしまっている。


「小学生のことはいい。それよりこれから城の中だぞ」


 エックスより前を走っていた掲示板の古参ドロソが叫ぶと、全員の顔が引き締まる。この先、どんな地獄が待っているのか。

 エックスたち6人は固唾をガブ飲みしながら、扉を開いた。


***


***


***


 メイは上級召喚獣【ブレイブマンモス】の頭上に座りながら、庭の守りを一手に引き受けている。


「えっと……今6人そっちに向かわせました……と」


 メイはロビーの守りを担当しているコンにメッセージを送る。すると、すぐに『オッケー! 次は一分後で』とメッセージが帰ってくる。


「一分……」


 メニューのストップウォッチを確認し、周囲を見回す。


「次はあの人たちにしよう」


 そして、ロビーへの入り口に一番近いところで戦っている敵プレイヤー5人を捕捉するとスキルを発動させた。


 ギルドホーム内でのみ使えるスキル【采配】。同じフィールド内に居る防衛用の召喚獣への指揮権を得ることのできるスキルで、各ギルドホームにて一人しか使うことのできないスキル。メイはそのスキルの能力で、5人と戦っているハイドラプランツ二体を撤退させる。


 メイの指示を受けたハイドラプランツは別の敵を求めてダバダバと移動する。その召喚獣の奇行にぽかんとする侵入者たち。だが、すぐに目前の入り口を目指して走り出した。


「たどり着くまで1分くらいかかるよね」


 そしてまた、コンに向けてのメッセージを打ち込む。


 今回の【竜の雛】の防衛作戦。それは「敢えて防衛ラインを抜かせる」ことである。


 暗黒の城は王座の間へ行くまでの間、庭、ロビー、2F、3F、4Fを経由する必要があるが、各フィールドで全力を出さず、敢えて少しずつの人数に突破させ次へ行かせる事で、各防衛線が長い時間戦う事が出来るのである。


 最初はコンの考えたこの作戦の意味がよく理解できなかったメイだったが、今のこの状況を見て、なるほどと思った。


 最初に攻めてきた人数は120人。全員がレベル50あったので、おそらく相当な実力者ばかりだったと思われる。


 そんなプレイヤーたちを相手に庭の戦力で防御戦を仕掛けた場合、1時間もすれば召喚獣たちは全滅させられていただろう。


 だが、コンの指示ではじめに20人程度をロビーに行かせ、そこから徐々にパーティ単位の人数を抜かせていき、今庭に残っているのは倒した分も含めて50人ほど。

 それも50人の軍団ではなく、4~5人の集団が個々に孤立しているのだ。防御用の召喚獣はまだ100体も倒されていない。


敵戦力を庭で分断させ、後ろの防御エリアで各個撃破していく。


メンバーの少ない竜の雛には最適な防衛スタイルだった。


「大人って凄いな……こんな作戦考えちゃうんだから。憧れちゃうよね」


 そう呟きながら、メイはもう5人を先に行かせ、メッセージを送る。そして見てみれば、後に残った敵はHPが少なくなっているではないか。


メイは「そろそろいいよね」とつぶやき、余っていた戦力を集結させる。


「残りはここで……倒しちゃうよ!」


この作戦にやりがいを感じているのか、メイの声はかなり興奮気味だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る