第57話 黒き暴虐

「――【ダブルスラッシュ】!!」

「――【ブラックフレイム】!!」


 庭に湧いていた敵を殲滅したヨハンとゼッカは城の中に戻り、ロビーに居た敵へ攻撃を始めた。とは言っても殆どは上の階層へと侵攻しており、それほど多くの敵は残って居なかったが。


「このまま上に進めば、ベリアルカーサンを挟み撃ちに出来ますよ」

「ここの敵は倒し終わったし、行きましょうか」

「ええ」


中央の階段を上り、そこからさらに上の階層へと続く螺旋階段を上る。


「そういえば、ベリアルカーサンってどんなモンスターなの?」

「半人半蜘蛛の化け物ですよ。とんでもなく素早くて……攻撃を全く当てられないんです。イベントの海賊王より早いかも」

「じゃあ、あの時みたいに、何か倒す為のギミックがあるのかしら?」

「残念ながら……。解析系スキルを持った人が流した情報によると、スキルでスピードを上げているみたいです」


 ベリアルカーサンの持つスキル【アクセラレーション】。ベリアルカーサンが壁、地面、天井を蹴り飛び上がるだけで、スピードがどんどん加速していくというスキル。その分、防御力は落ちていくのだが、攻撃を当てられない以上、それはデメリットにはなり得ない。


「全く、このイベントの為に作られたようなスキルですよ」


 ゼッカはプンプンしている。当然だ。速度をどんどん上げながらも、こちらが隙を見せれば扉を開いて奥へと進んでしまうのだから。


「なるほど。それじゃあ召喚獣での防御は無理ね」

「ええ。だからこそ、定期襲撃限定の敵なんでしょう。こればかりはプレイヤーが対処するしかありません」


 2Fの扉を開く。すると、本来ここに配置されている筈の上級召喚獣は居らず、ドナルドとレンマがベリアルカーサンと戦闘を繰り広げていた。だが、主に戦っているのはドナルドで、レンマはベリアルカーサンが先へ進まないよう、上への扉を塞いでいる。


「あらあら来たのね~丁度良かったわ☆」


戦闘中のドナルドはヨハン達を見つけると、一瞬だけウィンクする。


「私も参加します!」

「ええ、そろそろコイツ、倒しちゃいましょう☆」

「もちろんです! ヨハンさんは入り口を塞ぎながら、援護をお願いします」

「わかったわ」


 ヨハンはレンマに倣い、自分が今入ってきた入り口を塞ぐように立つ。少しでも不利になると、ベリアルカーサンは扉から逃げていくのだ。それを防ぐ為の作戦である。


 ヨハンが見てみれば、確かに下半身が蜘蛛、上半身が青白い女性の魔物が、物凄いスピードで部屋の中を飛び回っている。そして、時々、通りすがりにドナルドの屈強な肉体を切り裂いている。


 ヨハンはとりあえず、プレレフアの第3のスキル【蝶の狂演】を発動。フィールドに居る味方に3分間のHP・MPが回復し続ける状態を付与する。


 そして、敵を狙って【ブラックフレイム】を撃ってみるものの、当たらない。壁や天井を縦横無尽に飛び回るベリアルカーサンは、どんどん加速する。そして、目で追えなくなったと思うと……。


「キシャーッ!!」


 天井に張り付いて、地面に向かって毒のブレスを放ってくる。その毒々しい息に触れたヨハン達は、たちまち毒の状態異常を受ける。


「ぐぬぬ……確かに厄介な敵だわ」


 海賊王ほど理不尽に強い敵という訳ではない。だが、嫌らしい。倒しにくいという点においては海賊王を超えるのかもしれない。


「アンチポイズンフィールド!!」


 レンマが仲間全体の毒を解除するスキルを使用し、ヨハン達の毒は消え去った。


「ありがとう!」

「助かったわレンマちゃん☆」

「……それより、敵を」


 ベリアルカーサンは再び天井を蹴って加速を開始。ゼッカが攻撃をなんとか掠らせたが、すぐに追いつけなくなってしまう。


「あーんもう! イライラするわー☆」

「ドナルドさん落ち着いて……必ず勝機はあります」

「……良く観察するんだ」


(レンマちゃんの言う通りだわ。観察……観察)


ヨハンは敵の動きを目で追い続ける。


(壁や天井を蹴って直線に進む。その先の壁を蹴って加速……再び壁へ……そうか)


「このモンスターの攻略方法がわかったわ」


ヨハンが叫ぶ。


「マジ!? それじゃあお願いするわ☆」

「任せて……えっと、今回は6人くらいでいいかしら」

「んん?☆」


 ヨハンは【増殖】を発動させ、新たに二体の分身を誕生させる。そして、その分身にも【増殖】を発動させる。こうして、合計6体の分身が現れる。


「……お姉ちゃんが7人……ゴクリ」

「一体何が始まるのかしら☆」

「私にもわからないですね」


見守る3人は固唾をガブ飲みした。


「みんな行くわよ、せーの……【バグ】!!」


 バスタービートルのもう一つのスキル【バグ】を全ヨハンが発動。漆黒の鎧の隙間という隙間から、小さな黒い、メスのカブトムシのような虫がカサカサとあふれ出す。


「ちょっとちょっとちょっと~なんなのあのスキル~ゴキブリ召喚なんて鳥肌が止まらないんですけど☆」

「ゴキブリじゃないです。似てるけど……そうとしか思えないけど、違うんです。というか、ヨハンさんの狙いって……」


 青ざめた顔でゼッカが呟くがもう遅い。7人のヨハンからあふれ出した虫たちは、地面、天井、壁をワラワラワラ覆い尽くしていく。


「……キシャ!?」

 

天井に着地したベリアルカーサンは、再び蹴って飛ぼうとして、止まる。もう、彼女が進む先は無い。彼女が進む先は、全て黒い虫によって覆い尽くされているのだ。


「止まったわね。今よ!」


 ヨハンのかけ声で、黒い虫たちは一斉にベリアルカーサンを覆い尽くす。


「キシャ……キシャアアアアアアアぶぐぐ」

「あわわ……口を開けているから、口の中にも虫が……」

「……酷い」


 虫が敵の全身を覆い尽くすのを確認して、本体であるヨハンが手を握りしめるジェスチャーをすると、虫たちは一斉に爆発する。


そして、ベリアルカーサンの討伐に成功した。


「ふぅ……最終日にしてようやく役に立てたわね……さぁ、この調子で最後まで頑張りましょー! あらどうしたのみんな? 口元を抑えて」


 青ざめた表情のドナルドとゼッカ。


「いえ、別になんでも無いですよ?」

「ええ。それに今のヨハンちゃんの戦い方、ギルド対抗戦でも使えそうよね~。グッドアイデア☆」

「そ、そうかしら? じゃあ、もしこの城が攻められる事があったら、試してみようかしら。やろうと思えば、もっと数を増やせるから」

「凄いですヨハン! 最強の精神攻撃!」

「ええ。私たちだけこんな気持ち悪い思いするなんて不公平。他のプレイヤーにも体験して貰いましょう☆」


 ドナルドとゼッカは、自分たちが感じた苦しみを他のプレイヤーにも味わって欲しい、道連れになって欲しいと、心からそう思った。

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