第二話:傷
「そういえば、フィラベに着いたら私達どうしよっか?」
ロミナが変な空気を変えようと思ってくれたのか。
そんな素朴な疑問を口にする。
「言われてみれば、今回はミコラの里帰り。一週間位は家族水入らずの時間を取らせてあげた方がいいわよね?」
「そういう気遣いは嬉しいけど、そこは皆に任せるぜ。退屈させてもいけねーしよ」
「フィラべ、何か、面白い物、ある?」
「面白いものかー。一応カジノとか、フィラベ名物のダンスとか、サーカスなんかもあるっちゃあるけど。やっぱ一番は年に数回ある闘技大会かなー」
「結局そこに行き着くとは。やはりお主は戦闘バカじゃの」
「うっせーよ。でもほんと戦士や武闘家の真剣勝負は熱いんだぜ!」
そういや、噂には聞いた事があるな。
冒険者ギルドの闘技場とは別に、フィベイルの国では拳闘を始め、近接による試合が盛んらしくって。
毎年何度か大掛かりな大会が開かれるんだけど、結構注目度も高いって聞いた。
国営開催だから八百長なんかも厳しく取り締まられた正規大会。しかも優勝者には中々の報酬も出るとあって、参加者はかなり多いらしい。
「もしや、ミコラはその大会に憧れて武闘家になられたのですか?」
そんな疑問をアンナが口にすると、少し恥ずかしそうにミコラが頭を掻いた。
「大会ってより、参加者にって感じかな」
「参加者にって、どういう事だ?」
「いやさ。俺が子供の頃、ある年に二連覇した武闘家がいて、その動きが本気で凄くってさ。流れるような動きで相手の攻撃を避けては、鋭いパンチやキックで相手を圧倒するのが本気でかっこよかったんだよ。で、俺もあんな風に強くなりたいって思ったんだ」
「今はその人はどうしてるの?」
「女王の護衛。覚えてねーか? 魔王討伐で集まった王族達の中に、ミルザリア女王がいたろ。あいつの側にいた奴」
「おー、あの豪胆な男か。確かヴァルクと言ったか。よもやそんな実力者じゃったとは」
何かを思い出し納得した声を上げるルッテ。
俺はその場にいなかったけど、決戦となった魔王討伐戦で、各国の王や王女が一同に会す場があったとは聞いてたし、その時に会ってたんだろうな。
「……むぅ」
と、キュリアの漏らした変な声に、ちらりと彼女の顔を見ると、真顔から一転、ちょっとムッとした顔をした。
「キュリア。どうしたんだ?」
「……嫌な事、思い出した」
「嫌な事?」
俺が首を傾げると、同じく前で肩まで泉に浸かったミコラが「あー……」なんて漏らしながら、何かを悟った顔をする。
「……あれ、話したくない」
「まあ、今回のミコラの帰郷とは関係ないし、カズトもあまり触れないであげて」
「ん? あ、ああ」
キュリアの冴えない反応に、フィリーネまでそんなフォローを入れてきたけど、まあそこまで言われたら変に勘繰るのも野暮だな。
これは下手に触れないで、気にせずにおく方がいいか。
「所でカズトよ。先程からずっとミコラの方ばかり見ておるようじゃが、何故こちらに顔を向けんのじゃ?」
と、真横からルッテが含みのある言葉を掛けてくると、ミコラの耳がピーンと立つ。
「お? もしかしてお前、本当は胸ない方が良いのか?」
なんてふざけた口調……だけど、顔は露骨に肯定を期待した表情してるけど……。
いや、言えるかよ。
ミコラの方は見てたけど、後ろの景色を見て恥ずかしさを誤魔化してたなんて。
「あ、あのなあ。その話はさっき済んだだろ?」
思わず顔を真っ赤にした俺は視線を泳がせる。
この話は面倒だし恥ずかしいし、もう勘弁って思ってたんだけど。
「カズト。カズトはその……胸とか、あるほうが良いの?」
なんてすぐ真横に腰掛けているロミナから、気恥ずかしげに問いかけられた。
視線を向けてないのに、横にいるであろうフィリーネやルッテ、アンナなんかの視線を感じるし、正面にいるミコラやキュリアの顔もやや真剣。しかも、そこから誰も喋らない静寂の時が、より緊張感を煽る。
どうすりゃ良いってんだよ。
ったく。もうどうにでもなれだ!
「あのなぁ。別に胸があろうがなかろうがどっちでも良いって。大体お前達は可愛いし魅力的だろって。顔立ちだっていいし、肌だって傷もなくて綺麗なんだ。前も言ったけど、お前らなら貰い手にも困らないだろうし、変な所を気にしなくって大丈夫だって!」
俺は半分やけになってそう叫んだんだけど、彼女達から言葉が返らなかった。
いや。
「あ……」
と漏れた、後ろめたさのある吐息。
それを耳にし訪れた沈黙を感じ取った時、俺はふと、そこにある事実に気づいたんだ。
……俺は上にシャツを着たまま泉に入ったのは、背中に魔王に魔剣で斬られた傷が残っているからだ。
本来なら回復系の術で消えるはずの傷。
別に呪いって訳じゃないけど、それでもこいつが消えなかった理由は分からない。だけど、この傷だけははっきりと俺の身体に刻まれている。
この事を知ってるのは、以前海に行った時に、ある騒ぎでシャツが破れてしまいそれを目にしたアンナだけ。
……いや、だけだった。
誰も言及してこなかったから気づいてなかったけど。よく考えたら、この間の
彼女達を誉めるための例えだった、傷もないって一言。
それが俺の自虐と捉えられたのか。それとも彼女達の罪悪感に触れたのか。
そんな事を思わせる皆の反応。これはきっと、俺が意識を失っている間にアンナから事情を聞いたんだろう。
「……ごめんなさい」
ぽつりとロミナが口にした謝罪。
「……ばーか。気にするなって」
俺は、正面で気落ちしてるミコラとキュリアを一瞥し笑みを向けると、振り返りながら他の仲間にも視線を向け、笑ってやる。
「いいか? 俺の世界には『傷は男の勲章』なんて言葉があるんだ。背中のこれは俺にとって、お前達を助け、護れた勲章みたいなもの。だから誇りに思ってるし、何も気にするな」
「だけれど、私達に見られたくなかったのでしょう?」
「そりゃな。お前達がこれ見たらこんな反応するって分かってたしな。ある意味予想通りだから困ったけどさ。……頼むから、気にせず笑っといてくれ」
申し訳なさばかり募らせる皆の顔を見てると心が痛む。
だけど、俺は笑顔を崩さず泉から出ると、一人近くの木に掛けてあるタオルを手にすると、
「ちょっと先にテントで着替えておく。着替えたら馬車で横になっておくから、落ち着いたら教えてくれ」
って振り返らずにそう告げると、頭からタオルを被り、頭を拭きながら歩き出した。
……ほんと。
こういう時、この傷が正直嫌になる。
あいつらと一緒にいれる。
それは本気で嬉しいし、幸せだって言葉にも嘘はない。
ただ。こういう時、彼女達にああいう顔をさせてしまうと思ってたからこそ、この傷は知られたくなかったんだ。
結局、自分の無鉄砲さでこうもあっさりばれる状況を作った事に呆れ、同時に皆の切なげな表情を思い出してため息を漏らしつつ、俺は普段通りの服装に着替えるとテントを出たんだけど。
その瞬間。
俺の肩に乗った何かが、スルッと首に巻き付いた。
「……何だよアシェ。皆といたんじゃないのか?」
首に巻き付いたふさふさのイタチもまた、普段なら愛嬌のある顔を曇らせ、こっちに顔を向けてくる。
こいつは泉には入らず泉の側にいたはずなんだけどな。
『いいじゃない。たまにはあんたの首に巻き付いてないと落ち着かないのよ』
なんて生意気な口調は、絆の女神様の威厳なんて全くない。
だけど、俺はそんな彼女の明るさや性格に随分と助けられてきた。
「おいおい。これから馬車で横になるんだ。特等席はすぐお預けだそ?」
『良いわよ。折角だから一緒にいてあげる。胸のある子とない子。どちらが好きか聞いておかないとだし』
「ったく。だからそんなの関係ないって言ったろ。その話は終わり終わり」
『そういうのはちゃんと保護者には教えとくべきだと思うけど』
「誰が保護者だよ。世話してるのはこっちだぞ。ったく」
俺はアシェの気遣いに感謝しつつ、彼女にふざけて悪態をつきながら馬車に入ると、泉の方が見えないよう、クッションを枕にごろりと馬車の椅子に横になった。
まったく。お前も気を遣いすぎだって。
だけど……ありがとな。アシェ。
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