第十話:自分の心

「ちょ、ちょっとリュナ。それじゃカズトに迷惑が掛かるでしょ!?」


 思わず声を上げたロミナに対し、


「いいじゃない。あなた達が気にいる彼の事、ちょっと興味もあるし」


 なんてリュナさんが平然と言い放ってるけど……。


「おお! そりゃいい! な? タニス」

「ええ。リュナがカズトを気に入らない訳ないもの」


 水を得た魚のように生き生きとするグラダスさん夫婦とは対照的に、ロミナ達は不安な顔が拭えない。


 さっきまで余裕だったルッテやアシェですら唖然とするこの状況。

 ……俺、どうすりゃいいんだ?


「カズト……」


 俺の道着の袖を掴んでいたキュリアの手にぎゅっと力が入る。見上げる顔に見え隠れする不安。


 ……そうだよな。

 俺の中途半端さで、キュリアや皆をこんな顔にさせちゃいけないよな。


 俺は優しく微笑むと、彼女の頭を撫でてやる。


「ちょっと行ってくるけど、大丈夫だから安心してくれ」


 そして、そのままリュナさんに顔を向けた。


「今から、時間良いですか?」

「うん。じゃ、ロミナ。ちょっとカズトを借りるね」


 リュナさんの笑顔に戸惑うロミナ達は言葉を返せず。


「気をつけて行って来いよ!」

「うまくやりなさいね」


 リュナさんに期待する夫婦は笑顔を見せつつ、俺達はその場を離れ、町へと繰り出したんだ。


   § § § § §


 俺が彼女の言葉に敢えて乗った理由。

 それは、あの両親と話しても埒があかないと思ったからだ。


 だったらリュナさんにはっきりと俺の心を伝えて、理解してもらった方が良いはずって思ってさ。


 宿から離れて少し。

 互いに何も言わず町中を歩いていると、


「ごめんね。お義父とうさんとお義母かあさんが迷惑かけちゃって」


 ちょっと申し訳なさそうな顔で、リュナさんが俺に謝ってきた。


「いえ。とはいえあそこまで押しが強いと思いませんでしたけど」

「二人共極端なのよ。常連客で私に色目を使う人がいたら、二人共すぐに釘を刺すように威圧するし。あんなんじゃ、もし誰かを好きになって付き合ったって、すぐ別れさせられかねないわ。もう……」


 不満を色濃く見せるリュナさん。

 確かに、あんな二人相手を説得するのは大変そうだな。


「ちなみにリュナさんは何方どなたかと恋仲に?」

「ないない。っていうかお店の手伝いしてたら早々出逢いもないし。あっても仕入れ先の人とかお客さんだけど、そこは両親の性格分かってる人達ばかりだもの。声すら掛からないわ」

「なんかその、色々大変そうですね」

「まあね。ま、今はまだ好きな人もいないし良いんだけど、この先そんな人が出来たら大変そうかも。でも、カズトは一体どうやってそんなに気に入られたの? 二人があそこまで誰かを猛プッシュしてきた事なんてなかったわよ」

「俺が聞きたい位ですよ。リュナさんがロミナと話せるように店の手伝いはしましたけど、その程度ですよ?」


 不思議そうに問いかけてくる彼女に返せるのは、困った笑みだけ。

 実際俺が聞きたい位だ。何がそこまで気に入られる要素あったんだか……。


「ふふっ。まあでもロミナやルッテが言ってた通り、本当に真面目そうだし。一昨日の夜も、例の冒険者達と色々あったんでしょ?」

「え? あ、まあ」

「お義父とうさんとお義母かあさんが珍しく言ってたのよね。カズトは仲間想いで優しい奴だなって。あ、それで気に入ったのかもね」


 ……うーん。

 笑顔でそう納得してるリュナさんだけど、そのあたりが俺はさっぱり分からないんだよなぁ。

 当たり前じゃないのか? そういうのって。


「あ、ちなみに申し訳ないんですけど、俺はロミナ達と──」

「一緒に旅したいんでしょ? 勿論分かってるから安心して」

「すいません。お手数お掛けして」

「それはこっちの台詞よ。お陰でロミナとゆっくり話もできたし、何よりロミナと再会もできたんだもの」


 笑顔を見せた彼女の言葉を聞き、俺はふっとある事を思い出した。

 一昨日の夜言ってたよな。って。


「そういや、ロミナからどの位まで話聞いてるんですか?」


 恐る恐る尋ねた俺に、彼女は俺の耳元に顔を近づけると、こう囁いた。


「勿論。忘れられ師ロスト・ネーマーとして、ロミナ達を支えてくれた事まで知ってるわよ」


 げっ。あいつそこまで話したのか!?

 俺が思わず目を丸くすると、リュナさんは顔を離すと、ふふっと笑い、こんな事まで言ってきた。


「しかもね。ロミナはきっと、そこまで話したの覚えてないよ」

「へ? どういう事ですか?」

「あの子もルッテも珍しくお酒が進んでたの。ルッテがすっかり酔って寝ちゃってる中、ロミナはあなたの事嬉しそうに話してくれたけど、翌朝カズトの事色々話してくれてありがとうって言ったら、気にしないでって言いながら、露骨に戸惑った顔して、目を泳がせてたもの」

「ロミナがお酒でそんなになるのなんて見た事がないですね」

「そうなんだ。きっと再会を本当に喜んでくれたのもあるけど、村での哀しい思い出を忘れたかったのかもね」


 少し神妙な顔をしたリュナさんに、俺は納得しこくりと頷く。

 故郷を失い、全てを失ったロミナだからこそ、本当にリュナさんが生きてて嬉しかっただろうし、だからこそ思い出した苦しみもあったろうからな。

 それでも二人はもう笑顔を見せていたのは、それだけ彼女達が強いからだろう。


 俺も釣られて少し感慨にふけっていると、何かを吹き飛ばすようにリュナさんが笑顔になると、俺に興味津々な顔を向けてきた。


「ね? ちなみにカズトから見て、ロミナってどんな感じ?」

「ロミナですか? そうですね。優しくって芯が強いですかね。だからこそ聖勇女になれたって感じます」


 俺が何気なく自然にそう返事をしたんだけど、それに対しリュナさんが見せた顔は、何処か拍子抜けした顔。


「そ、そっか。で、ロミナと旅して何かこう、感じる物とかなかった?」

「感じるものですか?」

「そう。例えば、可愛いなぁとか。ドキっとしたりとか」

「そりゃ、ロミナもそうですけど、皆可愛かったり綺麗だったりするんで、そう感じさせられる事は多いですよ。そこだけは未だ慣れないですね」

「えっと……じゃあ、どんな時可愛いとか思う?」

「どんな時っていうか、普段から皆可愛いと思ってますけど」

「じゃあ、彼女を見てときめいちゃったりとかは?」

「ときめく? うーん……特には」

「うーん、そっかぁ……」


 俺が質問に答えを返す度、リュナさんが眉間にしわを寄せていくけど……俺、何か間違った回答をしてるのか?


「じゃあ、聞き方を変えるね。カズトはロミナの事どう想ってるの?」

「えっと、ロミナも皆も、大事な仲間だと想ってますけど」

「あー、そう来るのか……」


 そう来る?

 無意識に首を傾げた俺に、リュナは真剣な顔を見せる。


「じゃ、はっきり聞くけど。これだけ可愛い皆に囲まれてる訳じゃない。仲間以上の感情って持ったりしないの?」

「仲間以上の?」

「うん。例えば恋心が芽生えるとか。ロミナとか凄く可愛いんでしょ?」

「ええ」

「ドキっとする事もあるんでしょう?」

「はい。でも、それ言ったらリュナさんだって可愛いじゃないですか」

「え? 私が?」

「はい。お店の看板娘になるだけの事ありますし、ロミナ達に引けを取りませんよ。でも、そうやって可愛い女子見る度に、男がそんな感情持って接してたら悪いじゃないですか。それでなくたって彼女達は大事な仲間なんですし」

「……はぁ。こりゃ重症だわ」


 一通りの回答を聞き、彼女は額に手を当てると呆れるような大きなため息を漏らす。


「ねえ。カズトって、誰かと一緒になって幸せに暮らしたいとか、考えた事ないの?」

「今は皆と旅が出来てるだけで幸せですけど」

「もうっ。だ、か、ら! そうじゃなくって男女としてって意味」


 彼女も業を煮やしたのか。

 俺の前に立ち歩みを止めると、強い口調で指を差してくる。


 ……男女として、か。

 彼女の言葉を聞き、俺は無意識にふっと苦笑してしまう。


「……今は、ないですね」

「どうして!?」

「……忘れられるかもしれないのに、幸せになんて出来ないから」


 ぽつりと呟いた言葉に、リュナさんははっとする。


 っと。

 町中で急に立ち止まって彼女が叫んだから、視線がちょっと集まってるな。


「……人目が多いです。行きましょ」


 俺が彼女を避けるように歩き出すと、リュナさんも少し申し訳なさそうな顔で隣で歩みを合わせる。


「……ごめんね」

「良いんですよ。今の状況は、自分が一番分かってるんで」

「……忘れられるのって、辛い?」

「ええ。その癖、その人の経験した嫌な記憶なんかは消せないんですよ。忘れるのは俺の事だけ。笑っちゃいますよね」

「そんな事……」


 流石にロミナから事情を聞いていた彼女だからこそ、はっきりと落ち込んじゃってるな。


「そんな顔しなくていいですよ。慣れてますから」

「でも、確かに今皆といられても、パーティーを解散するような日が来たら、忘れられちゃうんだよね」

「はい。彼女達だけじゃなく、パーティーに入っている間に出逢った、グラダスさんやタニスさん。そしてリュナさんにも」

「……」


 流石に何も言えなくなる彼女に、俺は微笑みかけた。


「大丈夫ですよ。だから俺は、皆と旅する中で、できればそうならない未来を少しでも探したいなって思ってます。それに俺はロミナ達の事もリュナさん達の事も忘れないんです。もし忘れられても、仲間や知人として力になれるかもしれませんから」

「……もし、忘れられなくなったら、その時には考えるの?」

「どうでしょう? こんな奴ですから、正直誰かを幸せにできるなんて自信はないです。ただ、だからこそ今はせめて、仲間と思ってくれる彼女達が幸せな未来を歩めるように、手助けしたいなって思ってます」

「……カズト。あなたは優しすぎだよ」

「全然。リュナさんの方がよっぽどですよ」


 彼女の切なげな笑みに、俺は微笑み返す。


 誰かと歩む幸せ。

 今はそれを感じてるけど、何時かそれがまた寂しさに変わる事もあるのだろうか。

 そんな、心の奥に浮かぶ不安を奥底に押し戻し、俺は彼女と町を歩き続けたんだ。

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