第十話:朝のひと時

「おはよう。悪い。待たせて」


 俺がキュリアと酒場に向かうと、皆は円形のテーブルに着き、既に食事を食べ終え紅茶を飲んで寛いでいる所だった。

 周囲の客は少なめ。この時間は宿泊客が朝食の為食堂として酒場を開放してるみたいだ。


「カズトもキュリアもおせーよ。冷めちまうと思ってお前達の分食っておいたぞ」

「は!? まじかよ!?」


 言われてテーブルを見ると、確かに俺とキュリアの席に食事がない。これでも湯浴ゆあみはささっと済ませたんだけどなぁ。


「ご飯……」


 俺に釣られるように落胆するキュリア。

 そんな彼女がお腹を押さえると、それを合図にするかのように、きゅーっという可愛い音が耳に届く。

 そんな彼女を見て、席に座ったロミナ達がくすっと笑った。


「キュリア、大丈夫だよ。タニスさん達が冷めた料理じゃ可哀想だって、作るの待っててくれただけ」

「本当?」

「ええ。まあミコラが二人の分を食べたのは本当だけれど。本当によく食べられるわよね、貴女あなた

「そりゃこんな美味い飯食べ残すとか勿体ねーし、しっかり食べねーと暑さでばてちまうしな」


 呆れ顔のフィリーネに対し、満足げな顔をするミコラ。

 ほんと、彼女はよく食うんだけど、体型はスレンダーなんだよな。ほんと感心するよ。


「まあ無理した訳じゃないなら良いけど、食い過ぎて太ったとか言うなよ?」


 俺がそんな事を言いながら、キュリアと共に空いた席に着くと、


「ほんにそうじゃぞ」


 なんて相槌を打ちながら、ルッテが大きく欠伸をした。


「随分と眠そうでございますね。大丈夫ですか?」

「ああ、すまん。昨晩眠れず夜更かししておってな」


 アンナの気遣いに目に浮かんだ涙を拭って笑うルッテ。

 まあ昨晩は俺に付き合ってたからな。あそこまで激しかったのは酔ってたせいもあると思うんだけど、流石に疲れたんだろう。

 ま、こっちもお陰でくったくただけどさ。


「二人共おはよう。今朝はポークサンドとサラダだよ。あったかい内にお食べ」

「おー」


 団欒していた俺達の席にやってきたタニスさんが、笑顔で挨拶をすると俺とキュリアの前に朝食を置いたんだけど、それを見た俺達は思わず声を上げた。


 パンに挟まった豚のステーキと、それを彩るように挟まれたトマトやレタスのような野菜。

 それは俺の世界でいうハンバーガーに近いんだけど、そのボリュームが凄かった。

 勿論多少食べやすいサイズに切ってくれてるけど、兎に角肉が中々の厚みでさ。その大きさにびっくりしたんだ。


 だけどこれ……めっちゃ香ばしい香りが食欲をそそる。


「わざわざすいません」

「いいよ。冷めない内に食べて頂戴」

「はい。いただきます」


 俺がそう挨拶した時にはもうキュリアがかぶりつき、美味しさをはっきり伝える至福の顔をしてる。


 こりゃ味の保証は十分だな、なんて思いつつ、俺も一口頬張ってみたんだけど……こりゃやばい。

 肉汁吸ったパンもそうだけど、ほんとに旨味もあるし、だけど野菜のお陰でこってりしすぎない。


「美味しい」

「本当ですね。とても美味しいです」

「そうかい? お口に合って良かったよ。じゃ、ごゆっくり」


 キュリアと俺がそんな感想を述べると、タニスさんは嬉しそうな笑みを見せつつ、そのまま席を離れていった。


「しっかし、二人共美味そうに食うよなー。もうひとつ位頼もっかな」

「やめておけ。それで太りでもしたら、カズトに愛想尽かされるぞ」


 よだれを垂らしそうな勢いで羨ましそうな顔をしてたミコラだけど、ルッテが放った一言にギクっとする。


「そそそそ、そんな事ねーだろ。な? カズト」


 慌てて俺に同意を求めてくるけど……。


「うーん……まあ、太ってもミコラはミコラだとは思う」

「ほら! な、そうだろ?」

「けど。武闘家として動きが鈍るんだと、ちょっと気にするかもな」

「ゔっ……」


 俺の言葉に、彼女は思わずぐうの音も出なくなる。まあ正直、俺の言葉なんて気にしなきゃいいだろって思うけどさ。


「まあ、お前みたいに美味そうに飯食う奴が良いって男もいるだろ。あんま気にするなって」


 なんて笑ってやったんだけど、


「……きょ、今日は、我慢する」


 必死に欲望を堪えつつ、ミコラがじっと俺を見てきた。って、俺の食ってる奴見る事で誤魔化す気か。そこまで必死に我慢しなくていいと思うんだけど……。


 微妙な気まずさに俺が少し困った顔をしていると、ロミナが助け舟を出すかのように、タイミングよくこっちに話しかけてきた。


「カズト。今日はどうしよっか?」

「今日か? そうだな。まずはとにかく各自の装備を整えよう。昼間は暑いし大変だろうけど、こういう時間も慣れないとだしな」

「装備というと、服装やアイテム類でしょうか?」

「ああ。勿論暑さ対策もそうだけど、砂漠の陽射しって照り返しもやばそうだし、日焼け対策とかも要りそうな気がするし」

「確かにそれは由々しき問題ね。道具屋にその手のポーションはあるのかしら」

「勿論。ディガットの港を舐めちゃダメよ」


 フィリーネが顎に手を当て考え込んでいると、何処か快活な声が俺の後ろから聞こえて来た。この声は……。


「おはよう、リュナさん」

「おはよう皆」


 振り返ると、そこには笑顔でリュナさんが立っていたんだけど、俺は彼女の姿を見て、ある違和感を覚えた。


 いや、髪留めとかポニーテールとかは昨日と変わってない。

 だけど、その服装は昨日のウェイトレスらしさからかけ離れた、半袖に可愛げのあるフリルのついた、膝丈程のスカート姿。


 ん? こんな格好してるって事は出かけるのか? なんて思っていると、ロミナがタイミング良く俺と同じ疑問を問いかけていた。


「リュナ。そんな格好でどうしたの?」

「勿論、ロミナ達にこの港町の案内をするの」

「リュナ様のお仕事は?」

「今日から数日、昼間は宿としてのみ営業するんだって」

「え? でもお店の手伝いがあるでしょ?」

「勿論ちゃんと許可は貰ったよ。お義父とうさんとお義母かあさんも、たまには息抜きできるしいいだろうって言ってたわ」


 そう答えながら、嬉しそうな笑みを向けてくるリュナさん。やっぱりロミナと少しでも居れるのが嬉しいんだろう。

 勿論ロミナも同じなのは一目瞭然。その表情がぱぁっと笑顔になる。


 と、そんな時。

 ふっとリュナさんが何かを思い出した顔をすると、俺の方を見た。


「あ。ただカズトにはひとつお願いがあるの」

「俺にですか?」

「うん。お義父とうさんが買い出しに手を貸して欲しいんだって。何か男手おとこでが欲しいらしくって。良かったら頼めるかな?」


 申し訳なさそうに両手を合わせてお願いしてくる彼女。


 男手おとこでがいる買い出しか。

 中々大変そうなイメージもあるけど、これでも武芸者だから少しは力もあるし、昨日も色々迷惑かけてるし。それにリュナさんとロミナが一緒にいれるんだしな。


「ええ。良いですよ」

「本当? ありがとう! ちなみに何時がいい?」

「何時でも良いなら、今日この後にしましょっか」

「え?」


 俺が何気なくそう返すと、驚きの声と共にパーティーメンバー全員の視線が俺に集まる。


「貴方様も私達わたくしたち同様、装備の買い出しがあるのではございませんか?」

「まあな。でも数日ここにいるんだし、今日絶対装備が必要って訳でもないからさ。あ、勿論お前達は先に済ませておいてくれ。リュナさんの案内があれば大丈夫だろ?」

「えー!? マジかよー!?」

「カズト、行かないの?」

「悪いな。まあ服装選びとかは女子達だけの方が盛り上がるだろ。折角なんだし、皆もリュナさんと一緒に時間を気にせず楽しんでこいよ」

「貴方にコーディネートでも頼もうと思ったのに」

「無理無理。そんなセンスないし」

「何ならお主の装備も選んでやっても良かったのだぞ?」

「それもパス。俺は俺で後で買ってくる。ま、その方がお披露目の時にお前達も楽しめるだろ」


 何かと理由をつけて誘ってくる皆を、平静を装いあしらったけど、内心ちょっと戸惑っていた。


 っていうか、以前パーティーを組んでいた時は、共通のアイテムなんかはともかく、自身の装備なんてそれぞれで買いに行く事多かったんだ。

 だから、思ったより距離感が近いのは嬉しくもあるけど、やっぱりまだちょっと戸惑いもあるんだよ。


 それに……実の所、以前ロミナやフィリーネの時に服装選ばされたけど、本気でああいうのが苦手でさ。

 さっきのフィリーネやルッテの言葉も、ある意味十分現実味ありそうだし。

 だからリュナさんの話を聞いて、ちょっとラッキーって思ったのはここだけの話だ。


 皆の残念そうな視線にちょっと申し訳なさを感じつつも、結局俺はリュナさんの申し出を受け入れたんだ。

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