第九話:密談
「ルッテ。ルッテ」
「もう食えんぞー。むにゃむにゃ……」
はぁ。何とも見事な寝言……。
部屋に入り、エールの残ったジョッキが置かれたテーブルに突っ伏して気持ち良さそうに眠るルッテを軽く揺すってみたけど、まったく起きる気配なし。
「ロミナ。起きて」
「……しっかり熟睡なされておりますね」
二人の声にロミナを見ると、これまた気持ちよさそうな顔ですーすーと心地良い寝息を立てている。
テーブルには別に人数分のエールのジョッキしかないし、飲み過ぎって感じじゃなさそうなんだけど。多分久々のリュナさんとの再会で相当盛り上がって、疲れたのもあるんだろうな。
「アンナ。ロミナを背負ってくれるか? ルッテは俺が背負うから」
「承知しました」
「あ、じゃあ私も手伝うね」
俺とアンナはリュナの手を借りつつ二人を順番に背中に背負う。勿論起こさないようゆっくり肩を貸したりしたものの、それでもさっぱり起きないのか。とはいえ、二人共幸せそうな顔してるし、まあ良しとするか。
俺とアンナはそれぞれ二人を背負うと、部屋を出て、カウンターで片付けするグラダスさんとタニスさんに挨拶をすると、そのまま宿の階段に向かった。
「そういえば、数日ここに居るって聞いたけど本当?」
「はい。砂漠越えは初めてですし、少しこの暑さに慣れておかないとって思ってるんで」
「そっか。買い物とか観光とか、困った事あったら気軽に声をかけてね。力になるから」
「その時はお願いします。あ、でも店の方もあるでしょうし、そっちを優先してください」
「うん。それじゃ、お休みなさい」
「ああ、おやすみ」
俺達は笑顔で手を振るリュナに笑みを向け小さく頭を下げると、アンナを先頭にゆっくりと階段を上がっていく。
そして二階の廊下まで上がった、その時。
「……ふむ。カズトにおぶられるのも中々良いもんじゃな」
なんて、少しだけお酒臭い、何処か飄々とした声が耳に届いた。
「ルッテ。悪い。起こしちゃったか?」
まあ、階段は廊下より揺れも大きいから仕方ないか。なんてそう思ったんだけど。
「安心せい。ずっと起きておったからの」
ルッテはそんな事を耳元でさらりと言ってきたんだ。
「は? 何時から?」
「お主が声をかけてきた時からじゃ」
「だったら何でさっさと起きずに寝たフリしたんだよ!?」
「そりゃまだ
「そんな理由からでございますか!?」
あまりの予想外な答えに俺があんぐりと口を開けたまま唖然とする。
ってか、振り返ったアンナも驚いてるじゃないか。
「ふむ。アンナもこうされたかったのかの?」
「ち、違います! そんな、う、羨ましいなどと思うはずございません! カ、カズトのご迷惑になりますし!」
露骨にふざけたルッテの言葉にアンナが必死に声を荒げたけど、そんなんじゃロミナが起きちゃうし周囲の客に迷惑になるだろって。
「アンナ。少し声を小さく」
「あ……申し訳ございません」
流石に俺がそう戒めると、彼女もロミナをおぶったまま、しゅんっと身を小さくした。
「まあ良いわい。カズトよ。ちと二人で話があるのじゃが、お主の部屋で話をさせてもらっても良いか?」
「ん? 話?」
突然の申し出に俺は一瞬頭にはてなが浮かんだけど、すぐにその意味を察する。
多分俺が話したあの話だよな。
「あー。ま、別にいいよ。アンナ、悪いけど先にロミナを部屋に送ってやってくれるか?」
「承知致しました。では、失礼致します」
アンナは特に事情なんかに触れる事もなく、俺達に頭を下げると、そのまま皆の待つ部屋へと歩き出す。
「さて、こっちも……って、ルッテ。そろそろ降りろ」
「嫌じゃ。折角じゃ。このまま部屋に案内せい。昔ロミナを王宮に連れて帰って来た時にも、こうしてやっておったじゃろ」
わざわざ顔を俺に並べ、楽しそうな顔をした彼女を横目でちらっと見る。
ったく。こういう時本当に楽しそうな顔しやがって。
俺は無意識にため息を漏らした後、彼女をおぶったまま、俺に割り当てられた部屋に向かった。
§ § § § §
「ほらよ」
「うむ。済まぬな」
俺がベッドに背を向け、ルッテを座らせるように下ろしてやると、彼女は満足そうな顔で笑みを浮かべた。
そんな彼女に向かい合うように、俺はテーブルの椅子をひとつ持ってくると、背もたれに前向きに
「で、話って、俺が話したあの件か?」
「うむ。どうじゃ? 今晩からするかの?」
真剣なというより、何かを楽しみにする子供のような顔をしてる彼女。
実は俺、この旅で一皮剥けたいなって思って、ちょっと皆に内緒でルッテにある相談事をしてたんだ。
「だけどお前、随分酔ってるんじゃないか?」
「我を甘く見るでない。まあ、している内に気持ちようなってしまうかもじゃが」
「おいおい。それは流石にこっちが怖いぞ」
「なーに、気にするでない。どうせするのじゃろ。激しくいっても良かろう」
「ま、まあ。その位の方が俺的にも良いけど。ただ、流石に皆が寝静まってからじゃないと色々勘繰られるから、もう少し遅くでもいいか?」
「構わん。では、
「大丈夫だって。お前こそ約束忘れて皆と一緒に寝たりするなよ?」
「こんな
「はいはい。ただ、こういうのは初めてなんだ。手加減してくれよ」
「うむ。ではまた後でな」
「ああ」
終始楽しげな顔を見せつつ、ルッテはベッドから立ち上がると、彼女は静かに部屋を出て行った。
しかし、こういうのは初めてだけど、大丈夫だろうか?
……まあ、心配しても始まらないか。
俺も緊張はせず、楽しむ位の気持ちでやるとするか。
§ § § § §
……ん?
何かが俺の頬をつんつんと
俺が重い瞼をゆっくりと開くと……。
「……あ、起きた」
ベッドに顔を寄せ、じーっとこっちを見つめる琥珀色の瞳……って、キュリア!?
「おはよ」
小さく微笑んだ彼女の顔がすぐそこにあるのにドキッとした俺は、思わず上半身を起こし飛び起きた。
「お、おはようキュリア。ってかどうやって部屋に入ったんだ?」
「鍵、開いてた」
「……へ?」
……あ、そうか。
昨日は疲れてたし、ルッテが帰るの見届けてそのまま寝ちゃってたっけか。そのせいで、今の格好もしっかり道着に袴のまんま。
昨日の今日でもう鍵の事忘れてるとか。昨日の夜に頑張り過ぎたとはいえ、流石に反省しないと。
頭を掻きつつ反省していると、キュリアがすっと立ち上がる。そういや今朝はアシェが一緒じゃないな。
「もう、ご飯の時間」
「え? そうなのか?」
「うん。皆、酒場。カズトの事、待ってる」
「そっか。起こしてくれてありがとう。すぐ向かうから先行っててくれ。ふわぁ〜」
俺がそう言ってベッドの上で伸びをしていると。
「やだ。カズトと、一緒に行く」
って、キュリアは首を横に振った。
「そう言ったって、皆待ってるんだろ?」
「うん」
「お前の飯冷めちゃうだろ?」
「うん。でも、カズトのご飯も、冷めちゃう」
「いいって。流石に昨日風呂入らず寝ちゃったから、軽く湯浴みしたいんだよ」
「じゃ、待ってる」
「おいおい、待ってるって……」
何を言っても
以前、追放前に聖勇女パーティーに入っていた時も、キュリアはちょっとわがままな所あったけど、表情を変えないから本当に掴み所がなかったんだけど。ロミナが魔王の呪いで死が迫っていたのを知ったあの日に再会してから、また一緒に旅をする事になるまでの間、一番変わったのは間違いなく彼女だ。
昨晩だって俺が
ただ、その反応はわがままっていうか、俺にべったりっていうか。
皆がいる時にはそこまで露骨じゃないんだけど、こうやって迎えに来る機会も増えたし、二人の時は一緒にいるって言う事も多くなったんだよな。
うーん……別に子供って言う程年齢差は大きくないけど、感覚は孤児院で子供達に好かれている時に近い。
ま、あの頃も他の子供達と距離は置いてたけど、大きくなってからは食事とか行事とかではちゃんとシスター手伝ってたし、あの頃は妙に年少の子とかに囲まれてたもんなぁ。
「……カズト。迷惑?」
俺がふっと過去を振り返っていると、少し不安そうにキュリアが俺を覗き込んでくる。って、ちょっと顔が近いって!
「め、迷惑って訳じゃないけどさ。……ったく。その代わり、絶対覗いたりするなよ?」
「うん」
美少女の顔が間近に迫ったせいで一気に恥ずかしくなった俺は、顔を背けて頭を掻く。
ちらっとキュリアを見ると、彼女は少し距離を離すとまた嬉しそうに小さく微笑んでいた。
ほんと。彼女は感情を殆ど表情に出さなかったから、こういう笑顔を見ると少し安心するな。って、下手に考え事して待たせてもいけないか。
こうして俺は慌ててベッドから起きると、着替えを手に一人浴室へと向かったんだ。
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