第八話:本当の家族

 俺達がはっとして声の主に目をやると、そこにはリュナさんが部屋の前で、両手を腰にやり不貞腐れた顔で立っていた。


「リュ、リュナ。お友達は?」

「酔い潰れちゃった。二人共案外お酒に弱くって」

「お、お前何時から聞いてた!?」

「カズトが養子にしたのを尋ねた時位からかな」


 狼狽うろたえる両親に呆れ顔をした彼女は、ズカズカとカウンターの内側に入っていく。何とも言えない雰囲気に、思わずタニスさんも立ち上がり、グラダスさんに並んで彼女を見た。


「お義父とうさんもお義母かあさんも、最初っから私を娘にする気だったんだ」

「そ、そうじゃない。それ位の愛情はかけたいと思っただけだって言ったろ?」

「そ、そうよ。預かるからには私達だって責任を──」

「でも養子にするって言うずっと前から、ずっと娘として扱ってたんでしょ? 私の気持ちも知らないで」


 義理の両親に対し、腕を組み不満げな顔をするリュナさんに、二人は何も言い返せず俯いてしまう。


「リュナさん。流石にその言い方は──」

「カズトは黙ってて」


 ……ちょっと流石にその言い方はないんじゃないかって思い声をあげた俺にすら一喝し、彼女はじっと両親を見つめる。


 やるせない気持ちでそのやりとりを見守っていると、リュナさんが突然嬉しそうな顔を見せ、並んで立つ二人をぎゅっと抱きしめた。


「リュ、リュナ!?」

「お、おい!?」

「……ごめんなさい。私ね。初めて二人が優しく声をかけてくれた時の事、ちゃんとは覚えてないの。生き残れたけど皆死んじゃって、私はずっと一人だって思ってた。私だけ何で生きてるんだって後悔もした。だから初めて二人にここに連れられて来られたのも、何を話したかもうろ覚え。だけど、それからずっと世話をしてくれる二人を見てる内に思ったの。……まるで、死んだお父さんとお母さんみたいだって」


 二人を抱きしめたままの彼女の肩が少し震える。それを感じてか。二人は思わず顔を見合わせた。


「死んだお父さんとお母さんは、私を逃す為に地下の隠し倉庫に押しやった時、最後にこう言ってたの。『お前だけは生きろ。辛くても生きろ。きっと世の中辛い事ばかりじゃない。絆の女神様が助けてくれて、お前はまた笑えるはずだから』って。あの時はそんなのどうだっていい! お父さんお母さんに生きてて欲しい! そう強く思ってた。……でも、今は何となく、二人の気持ちが分かるの。きっと二人が本当の親子のように愛情を向けてくれたのと同じで、私を娘として大事にしてくれたんだよね……」

「リュナ……」


 切なげな顔で彼女の名を漏らしたタニスさんに、顔を上げずリュナさんは言葉を紡ぐ。


「……私ね。ロミナとルッテが生きてると知った時決めたの。お義父とうさんとお義母かあさんと一緒にこの店を有名にして、ロミナ達の耳に届けようって。『料理の美味いグラダス亭には、リュナって美人なウェイトレスがいるんだ』って噂を世界中に広めて、何時かその噂を聞きつけてロミナ達がここにやってきた時、『私はお義父とうさんとお義母かあさんと、幸せに暮らしてるんだよ』って笑顔で伝えたいなって夢を見たの。結局店が有名になる前に、夢が叶っちゃったけどね」


 そこまで口にしたリュナさんが、涙を隠さず、とても幸せそうな顔で二人を見上げ、互いに視線を交わす。

 そして。


「お義父とうさん。お義母かあさん。私を娘にしてくれて……娘だと思ってくれて、本当にありがとう」


 彼女はそう言って、にこりと幸せそうに微笑んだ。


「……こっちこそ。私達の娘になってくれて、ありがとね」


 釣られるように目を潤ませたタニスさんが、嬉しそうにぎゅっと彼女を抱きしめ返す。グラダスさんといえば、あらぬ方を向きながら顔を上げ、必死に涙を堪え、


「ば、馬鹿野郎。カズト達が見てるだろ」


 なんて言いながらも、腕に力を込めリュナさんを抱き寄せていた。


「……良かったですね」


 目を潤ませ、羨望と安堵が入り混じった微笑みを浮かべるアンナ。

 彼女も弟こそいるけど、小さい時に両親を失っているからな。思う所もあるんだろう。


「……そうだな」


 小声で俺もそう返しつつ三人を見守っていると、暫くして二人から離れたリュナさんが、涙を拭きながら笑顔でこっちに顔を向けた。


「そうだ。カズトにもお礼言わないと。本当にありがとう」

「へ? 何で俺に?」

「あなたがロミナを沢山助けてくれたんでしょ? 聞いたよ。


 内緒の話って……。

 まさかロミナの奴、酔った勢いで俺が忘れられ師ロスト・ネーマーだとか話したのか!?


「内緒の話?」

「うん。お義父とうさん達には勿論内緒。友達とカズトとの秘密だもん」


 おい、それ何か露骨にバレやしないか!?

 以前、聖勇女パーティーを助けた英雄とかロミナが言ってたんだろ? ここまでそういう話題って届いてたりしないのか!?

 もし届いてたら、色々察っせられそうなんだけど……。


 余計なこと聞かれる前に、早くここから離れるか。


「さ、さて。ロミナ達が寝ちゃったなら、送っていかないと。グラダスさん、タニスさん。ご馳走様でした」


 そう言い残し、俺は慌ててその場で立ち上がると、そのままロミナ達のいる部屋に向かおうと踵を返したんだけど。


「待て、カズト」


 背後からグラダスさんの低い声にギクリとし、足を止めた。


 ……ったく。

 俺がため息をき振り返った瞬間。


「受け取れと言ったろ」

「え? っとと!」


 突然俺の胸に飛び込んできたのは、さっきのお金の入った革袋だった。

 そういや三人の話に聞き入っててしっかり忘れてた。


「カズト。お義父とうさんは頑固だから諦めたほうがいいわよ」

「折角のお気持ちです。今回だけは受け取りましょう」


 俺の元にやってきたリュナとアンナが笑みを向けてくる。

 まあ、仕方ないか。あまり断っても悪いだろうし。


「わかりました。有り難くいただきます」

「ああ。そうしてくれ」


 そう言って笑いかけてくれるグラダスさんとタニスさんに、俺とアンナは頭を下げると、ロミナ達の様子を見に、布を避け部屋に入って行ったんだ。

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