第89話 思い違い

 「ちょ、ちょっと待て。なんでマリアさんがこの悪魔と一緒に? と言うかそれ以前に、マリアさんがなんでここにいるん……ですか?」


 助けが来るとは思わなかった。

 もし仮に救援が来るならば、それはダゴラスさんかとてっきり思ってたのに。


 「お兄ちゃん!」


 そう言って、俺に抱きついてくる女の子が一人。

 ソフィーだった。


 「良かった! やっぱり生きてたんだな!」

 「うん!」

 「ええ、まあ」


 ソフィーの隣から声が聞こえた。

 それは姉であるスフィーだ。

 姉妹そろって生き残っていたのだ。


 どうやってあの時抜け出したんだ?とは思ったが、この際それはどうでもいい。

 とりあえず、死んでなくて良かった。

 本当に良かった。


 「あの時、うまく逃げだせたんだな」

 「……すいません」

 「……?」

 「貴方を置いて、逃げてしまって」

 「……別にいいんだ。そんなこと」


 聞いて目を見開くスフィー。

 俺はコイツらに命を助けられた。

 スフィー達がいなければ、死んでた可能性だってあった筈なのだ。

 そんな命の恩人を責められるか?

 ……無理だろ。


 「別にって、いいんですか?」

 「いいだろ。本人が言ってるし」


 自分で自分を指差す。


 「逃げてもいいと俺は思うんだよ。俺自身、この地獄では逃げっぱなしだし」

 「……ですか」

 「ですよ」


 しかしだ、と俺はマリアさんとウルファンスと名乗る女に目を向ける。

 まさか洞窟までやってくるとは……


 ウルファンスが横からヌッと顔を出してくる。

 どうでもいいが、この女に少し寄られるだけで肌寒い。

 防寒着を貫く冷たさに、思わずたじろぐ。

 能力を行使していないのに、どういうことなのだこれは。


 「少し仲良くなったみたいねぇ」

 「……まあ?」

 「さっきまでお互い命を預け合っていたような関係ですから、自然と言えば自然なことです」


 まあ、だろうな。


 「あなたが、スフィーとソフィーの……母親?」

 「その通り。同じ青い髪が遺伝してるし、分かりやすいでしょう?」


 うん、見た目で一発である。

 顔つきも似てるしな。


 さて。

 俺はマリアさんに向き直る。

 本来ならここにいない筈の悪魔に。


 「マリアさん」

 「悪いわね、黙ってて」

 「……いつからいたんですか」


 一体いつから俺のことを見ていたのだろう?

 結構前から見ていたのは間違いない。

 マリアさんの反応はそれを示している。


 「それじゃあ、逆に質問していい?」

 「ええ……、逆質問っすか」

 「今日は君がダゴラスのセーフハウスから出て行ってから何日目でしょうか?」

 

 妙なことを質問するな。

 そんなの答えは決まってるだろ。


 「まだ一日も経ってないはずです」

 「んー残念」

 「あれ……」

 「うん、当然気付かないわよね」


 ハズレ?

 何で?

 今までのことを思い返してみる。


 セーフハウスで現状説明。

 雪道をダゴラスさんと歩く。

 そして、洞窟へ。

 ダゴラスさんの失敗で、俺はクレバスの中へ。

 その後気絶し、目の前にいる姉妹に助けられる。


 むむ。

 そっか。

 俺、一回気絶してるんだもんな。

 うっかり忘れていた。

 落下による怪我がないせいだ。

 能力を使って直してくれたから。


 待てよ?

 俺は最初にスフィーに会った時のことを思い出す。

 俺が目覚めるまでにかかった時間。

 それを何の言葉で判断した?


 目覚めた俺が、「俺、どのくらい眠ってたんだ?」とスフィーに質問。

 その問いに対して、「えーと、大きな崖崩れの音が聞こえたのが今から四時間前ですから、その崖崩れで貴方が落ちたのだったらそのぐらいの時間ですね」と答えた。


 その崖崩れで貴方が落ちたのだったら、か。

 俺を見つけたのが、ソフィーだと言ってたな。

 その時点では俺は意識がなかった。

 だからスフィーの言った俺が落ちた時間というのは、あくまで推測でしかない。


 ……なるほど。

 そこで齟齬を生んでたのか。


 「正解は、三日よ」


 三日か。

 俺がセーフハウスを出て行ってからここまでの期間。

 それは置換すると、俺が洞窟で気絶していた時間でもある。

 なんとまあ……気絶している間、よく凍死しなかったものだ。

 魔物に襲われる危険もあったろうに。

 奇跡である。


 「ダゴラスがサフィーの居城に到着したのが、君と離れてから二日後。ダゴラスが転移の陣を敷いて、私と居城で合流した後に、みんなで捜索しようってなったというわけね」

 「じゃあ、スフィーとソフィーがこの洞窟に入ってきたのは、最初から俺を探すためか」

 「あ、言ってませんでしたね……」


 齟齬だらけであった。


 「この子おもしろ!」


 雪女のような悪魔、ウルファンスが背中をバシバシと叩いてくる。

 ダゴラスさんみたいに叩くのはやめてくれ。

 てか叩かれた背中が若干凍っている……


 「でも、あんたって本当に……」


 ウルファンスが突如、口を閉ざした。

 会話の途中でズンッ、と巨大な氷の塊から音が聞こえたからだ。

 厳密には氷塊の下から。


 「ヴァアアアアアアアアアアッッ!!!!」


 氷塊は割れていない。

 しかしその恐ろしい雄叫びは、邪悪種がまだ健在であることを示していた。


 「もう起き上がるの? なんか異常に早くない?」


 俺を見るウルファンス。

 これも俺のせいなのだろうか?


 「一応、人間の安全確保はしておこうかしら」


 横でウルファンスがそう言うと、片腕に自分の娘2人を抱き寄せて。

 もう一方の片手で俺の防寒着をひっつかんで引き寄せ、無言で能力を発動した。


 地面から分厚い氷の壁が、通路の端から端まで分断するように出現する。

 俺、スフィー、ソフィー、ウルファンスが出口に繋がる向こう側へ。

 反対側にはマリアさんが取り残された。

 氷壁越しの彼女は、ちっとも動揺していなかった。


 隠された威圧感が両者間を行き交う。

 味方……の筈だよな?


 「ヴァアアアアアアアアッツ!!!!」


 巨大な氷塊は面積を徐々に減らし、ある形へと変形していく。

 体を潰される前と寸分たがわない邪悪種の姿だった。


 「マリアさん!」


 邪悪種が走り出す。

 目標は……マリアさんただ一人。


 「ちょっ、助けろよ! お前、強いんだろ!?」

 「そりゃ強いわよ。でも、さっき私は仕事したし。次はマリアの番っていうことで」

 「順番言ってる場合かよ!」

 「まあ見てなさいって」


 そうこうしている間にも、事態は進行していく。

 パキパキと怪物の腹から、氷の突起物が出現。

 それは獣の頭部を模しているようだった。

 氷でありながら、その獰猛さを示す凶悪な牙を見せつける。

 獣の頭部はマリアさんをズタズタにしようと、一気に首を伸ばした。


 まさに一瞬。

 俺が邪悪種を目に入れた次の瞬間には、マリアさんが左右から口を挟まれる寸前。


 「あの女なら心配ないわよ」


 呑気に隣で呟くウルファンス。

 実際にその通りだった。


 マリアさんは獣を模した腹部に噛まれる寸前、睨みつける。

 特別何をしたわけじゃない。

 そこに突っ立って睨らんだだけだ。

 ただそれだけで。

 それだけで、邪悪種の動きは止まってしまった。

 どこぞの赤髪かよ……

 マリアさんへの攻撃は完璧にストップしていた。


 「洗脳?」

 「彼女の十八番よ」


 洗脳ったって、邪悪種までコントロールできるものなのか。


 「ウルファンス。コイツ、また動かないようにしっかり凍らしてちょうだい」


 マリアさんがこちらへ歩いてくる。

 邪悪種は動かない。

 完全に静止している。


 「今ここで殺さないんですか……?」


 当然の疑問だ。


 「殺せたら殺してるわよ」

 「……殺せないのか?」

 「基本的に、邪悪種は死なないのよ」

 「不死?」

 「不老もおまけでついてくるわ、羨ましい」


 不老不死……マジで?


 「サタンとマモン、レヴィアタンが魔物討伐に積極的なのも邪悪種を増やしたくないからよ」

 「誰にも殺せないのか」

 「殺すのではなく、消滅させることならできるらしいわね。ちなみに私は殺せない。相性の関係でね」


 話しながら、分厚い氷壁の傍へウルファンスは寄っていく。

 そこでピタリと止まって、地面に手を付けた。


 ピキピキと向こうにいる怪物に氷が張り付いていく。

 何層にも、何層にも纏わりつかせて、透明なはずのその氷の向こう側を不可視にする程高密度に……邪悪な怪物を封印していく。


 「下手な氷で閉じ込めると、コイツに同化されちゃうわよ。無詠唱の適当な氷結能力を使わないで」


 マリアさんの言葉に、はいはいと手を振る。

 そんなこと分かっているといった風に。


 「主の氷よイズ・ドミナス



 ---




 戦闘終了後。

 マリアさんがコンコンと氷壁を叩く。

 さっさと氷の壁をどけろという合図だろう。


 「ドミナス使って疲れた。そっちに壁を壊せる奴がいるんだから、こんな氷壁くらい、叩き斬ってもらえば?」


 なんて自己中な奴だ。

 そのくらいやれよ言ってやりたくなる。

 いや、言わないんだけどさ。


 しかし、壁を壊せる奴とは?

 向こうにはマリアさんしかいない……わけではなかった。

 いつの間にか、氷壁の向こうにもう一人が……


 鎧を着ている。

 剣を持っている。

 見覚えがある。

 俺は、その悪魔を知っている。


 「では」


 女の悪魔は一歩踏み込むと、持っている長剣で、氷壁を十字に斬りつける。

 蹴りを入れると氷壁はガラガラと崩れ落ちた。


 俺がここで来るまでに数日間。

 なら、アイツがここにいても何もおかしくなかった。


 嬉しい。

 純粋に。


 「少し、逞しくなったような印象を受けます。……変わりましたね」


 氷壁の瓦礫を踏み越える者。

 その小さき体。


 ララが、マリアさんの隣に立っていた。。

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