第76話 現状説明2

 「マリアさん」


 俺が会いたかった、もう一人の悪魔……マリアさんがそこにいた。

 初めてダゴラスさんの家で目が覚めた時と、寸分違わない笑顔。

 それがすぐそこにあった。


 「どう? 体調は大丈夫?」

 「まあ、大丈夫ですけど……」

 「なら良かったわ」


 マリアさんの方も、何も変わっていなくて良かったと思う。

 本当に何も変わってない。


 「あの、マリアさん」

 「ん?」


 何を言おうか、少し迷う。

 あれだけ心の中では会うことを求めていたのに。

 何から話そうか。

 マリアさんから聞きたいことが、たくさんあったのだ。

 本当に、たくさん。


 「久しぶり、ではないですよね?」

 「あら、気付いてた?」


 そうだ。

 女襲撃者とは、マリアさんのことだ。

 気付いてはいた。

 ただ、それがマリアさんだと言う確信はなかった。

 そうであってほしいという願望とかも混ざっていたし。


 「ダゴラスから、大体のことは聞いた?」

 「大体は、ですけど」

 「……今まで辛かったでしょ? ゆっくり休んでね」


 優しい。

 空中要塞内での扱いから本当に一変した。

 同じ悪魔でも、ここまで対応が違う。

 種を単純に一つ括ってはいけない、ということだろう。


 「一つ、聞いてもいいですか?」

 「なに?」

 「今も悪魔達が俺を探してると思うんですけど、ここにいて大丈夫なんですか?」

 「ああ、大丈夫よ。そういう能力を使ってるから。君が心配する必要はないわよ」


 もしかして、森でダゴラスさんが使っていた気配断ちの結界みたいなものだろうか。


 「そもそも君は、どうして悪魔達から狙われているのか、知ってる?」

 「魔王は……悪魔からしてみれば、俺は地獄に悪影響を及ぼす害獣みたいなものだからと……」

 「じゃあ、何で君が地獄に悪影響を及ぼすのかについては?」

 「強大な悪魔や魔物が俺を狙うせいで、争いが起こったり……」

 「何故強大な悪魔や魔物が君を襲うと思う?」

 「えっと……」


 そういえば、具体的に聞いたことはない。

 聞く余裕もなかった。

 そんな俺にダゴラスさんが口を開く。


 「俺んちの森で、前に話したこと覚えてっかな……。四つの世界に四つのルール」

 「人間の世界なら人間の世界のルール、悪魔の世界なら悪魔の世界のルールってやつでしたね」

 「お、記憶力いいな。それだそれ。」

 「それ、関係あるんですか?」

 「あるぜ。かなり」


 あるんだ。

 どう関わってくるというのか。


 「世界の成り立ちについて詳しいのは、運命干渉系能力者ぐらい」


 運命干渉系能力。

 確か教本に記載があった。

 詳細については載っていなかったが。


 「……魔王もその運命干渉系能力者、でしたっけ」

 「ええ、運命干渉系能力者はこの世に三人。そのうちの一人が、ラース領魔王のサタン。彼女のことは、知ってるわね」

 「碌な形ではなかったですけど、面識はありますね」


 魔王の名前は今知ったが。

 しかし、なるほど。

 七つの大罪によると、サタンは怒りの感情を司る。

 怒り……つまり、ラースだ。

 ラース街の名前の由来ってそこからなんだろうな。


 「魔王は地獄と現世を繋ぐことの出来る、運命干渉系能力者。一般には公表されていない情報を、確実に持っている」

 「……?」


 何が言いたいのだろうか?

 俺の不可解そうな顔を見て、マリアさんは少し笑って話を続ける。


 「何で私が魔王の所へ君を連れてったのかって、今の今まで悩まなかった?」

 「……はい」


 正直に答える。

 嘘を吐く必要はない。


 「裏切った、と思いました」

 「正直でよろしい」


 吹っ切れたからこそ言える言葉だ。


 「正直に言ってくれてありがとう」

 「いえ、全然」


 ありがとう、か。

 久しぶりに聞いたな。


 「私が君を魔王側に連れて行ったのは、魔王から色々情報を抜いておきたかったのよ」

 「情報、ですか」


 さっき言ってた、地獄と現世についての関係とか、世界自体の成り立ちとかのことか?


 「君は門に行きたいと言ってたわね。その先にある天獄に行きたいって」

 「はい、言いました」

 「でも、その門はどこにあるかは分からないとも言っていた」


 そうなのだ。

 門に行きたくても、行けない理由。

 それは場所を知らないからだ。

 当たり前だが、場所を知らなきゃ迷うハメになる。

 そもそも、その場所を魔王に聞くために俺は中央執行所まで行ったのだ。

 で、このザマと。


 「だから、知ってる悪魔から情報を掠め取ったのよ」

 「それが魔王?」

 「ええ」


 そんなことをしてたのか。


 「転移回廊でマリアさんが突然消えたのって……」

 「転移で帰ったように見せただけよ」


 あの時ララは、マリアさんが転移で帰ったと言っていたが……


 「転移回廊の時に、ララの心を少しだけ操作して、潜入成功」

 「操作?」

 「だってララは君の味方になったでしょう? 時間は少しかかったけど」


 それでか……!

 それでララが俺の味方になったのか。


 考えてみれば、その兆候はその時から少し見られていた。

 俺をちゃんと拘束しないで街を連れて歩いたのだってそうじゃないのか?


 でも、それってララ個人が俺を助けたいと思ったわけじゃないってことだよな?

 だとしたら、少し複雑な気分だ。

 いや、助けてもらったことは事実ではあるのだが。


 「魔王の元には側近二人……セスタとルフェシヲラがいた。セスタはまあ難なく操作できるけど、ルフェシヲラは別。結界で私の能力を防ぐことのできる数少ない悪魔の一人だから、魔王から知識を盗み出すのに引き離す必要があったの」


 ラース街でのごたごたは、そのために?


 「で、君が謁見の間に到着した時点で、要喰いの直剣を使って君を回収するつもりだったんだけど……手違いで魔王の方が転移しちゃったのよ」

 「で、七十二柱が三人で総攻撃を仕掛けて君を救出したってわけだな」


 ダゴラスさんが最後に補足を入れた。


 「結果的に魔王から情報を抜き出して、君も救出できたわけだけども、命がけになっちゃったわね」

 「ちゃっかり最後、召喚王裏切ってましたよね」


 しかも不意打ちしてたし。


 「別にいいのよ。あっちは私達の位置を捕捉出来ないし。要喰いの直剣は折って処分してあるから、転移の陣を利用することもできない」


 魔剣、折ったのか。

 確かに、魔剣には召喚王の施した転移の陣が刻まれている。

 放置すれば、召喚王にとって都合の良い事態に繋がるのは想像に難くない。


 「とりあえず、今までの経緯はこんなものね」


 今までの出来事はよく分かった。

 大体は整理出来たと思う。

 ラース街と、空中要塞での出来事。

 じゃあ、次はこれからの話だ。


 俺はこの先どうすればいいのか?

 俺自身のことなのに、俺が一番よく分かっていない。

 多分、その答えが魔王から盗み出したという情報の中に入ってるのだろう。


 「それじゃあ話しましょうか。君の今後について」


 俺の指針が今、示されようとしていた。

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