第75話 現状説明1

 この地獄に住む悪魔達の俺に対する扱い。

 不平不満。

 戦い。

 その責任が全て俺に向くこと。

 泣きながら話した。


 スー君がダゴラスさんの隣で困惑しているような目で見ていたが、気にしない。

 仕方ない。

 止まらなかったのだから。

 今までの悲しみや怒りをダゴラスさんにぶつけさせてもらった。


 現状が根本から改善されたわけじゃない。

 また、悪魔が俺を殺しにくるかもしれない。

 いや、確実に殺しにくるだろう。


 空中要塞で、俺は悪魔を大勢殺した。

 俺に私怨を抱いた悪魔も少なくないだろう。

 そういった負の連鎖が俺を絡め取ろうとしてくるに違いない。


 それでもだ。

 それでも、気持ちが楽になった。

 これが例えその場しのぎであっても、感謝する他ない。


 「さてと」


 ダゴラスさんが態度を切り替えた。

 俺もそれに習って心をさらに落ち着かせる。


 「スーはこの部屋から出なさい」

 「うん、分かった」


 そう言って、素直に部屋からスー君は退室する。

 ダゴラスさんの家にいた時の無邪気さは感じられず、きっと現状の厳しさを察しているに違いないと何となく思った。


 「今のお前さんの現状について、詳しく話していこうか」


 俺の聞きたかったことが、ダゴラスさんの口から発せられた。



 ---



 今、地獄では一種の緊張状態が続いている。

 原因はもちろん、言うまでもなく俺だ。


 人間の封印に失敗したこと。

 悪魔の兵士達が多数殺されたこと。

 空中要塞が他領土に墜落したこと。

 それらの情報はすぐに、テレパシーで各地に住んでいる悪魔へと伝えられた。

 兵士だけではなく、一般の悪魔全員にもだ。


 悪魔の間で隠し事は出来ない。

 心を読む能力がある限り。


 普通、現世ではこういった時は民衆がパニックにならないように、情報規制が行われるものだが、悪魔の世界ではそういった小細工は通用しない。

 失態は、あまりにも堂々と発表された。


 俺が空中要塞からここまで寝ていた時間は、丸四日程。

 能力か何かで眠らされたとはいえ、これまた長い時間眠っていたもんだ。

 体質か何かだろうか?


 聞くと、俺は故意に四日間眠らされ続けていたらしい。

 傷の治療が主な理由だ。


 ララのことも、もちろん聞いた。

 命の恩人である彼女は、まだ眠り続けている。

 傷は回復しているが、エネルギーの枯渇で負担がかかっているらしい。

 まだ目覚めるには早いそうだ。


 最近の悪魔は、エネルギー枯渇に陥る程の経験をしていないことが多い。

 平和で安定しているからだ。

 戦う機会はせいぜいが魔物を狩る時だ。

 その魔物狩りの時だって、数の力で圧倒して狩るため、怪我を負う危険性は少ない。

 枯渇する機会だってそうそうない。

 慣れていないことも、負荷がかかっている原因の一端だ。


 そして、ポポロと銀騎士。

 あいつも俺を助けてくれた。

 狂人ではあったが、あいつだって俺の命の恩人だ。

 その後どうなったかくらいは聞いておきたかった。


 ダゴラスさんいわく。

 銀騎士は、ソロモン七十二柱の一柱なのだという。


 ソロモン七十二柱……現世では、旧約聖書に名を残すソロモン王が使役したとされる、七十二体の悪魔のことだ。

 伝説上の存在。

 デーモンとも。

 まさか地獄で聞くことになるとは……


 こちらの七十二柱は、ソロモン王に使役されている悪魔を指すわけではない。

 本来序列はただの番号で、識別以上の意味は持たないのだが、こちらの世界では悪魔の強さをランキング化したものらしい。

 名称が同じでも、意味が違う。

 俺の世界から、何らかの形で歪曲して伝わったのだろうか?


 そして、二人の七十二柱。

 銀騎士バルバトス。

 召喚王ナベリウス。

 襲撃者のうちの二人だ。


 どちらも強力な悪魔であり、社会からの逸脱者。

 危険存在だ。

 思想的にも、武力的にも。


 一人だけで、甚大な被害を周囲に残す。

 しかし、均衡はこれまで保たれてきた。

 何故なら、魔王側にだって強力な悪魔が控えているからだ。


 どちらの側も強力な存在である。

 争ってもいいことなしだ。

 お互いに傷が残る。

 従って、膠着状態が起きる。


 それも、数十年は続く、とびっきり粘っこいやつ。

 更に言うと、七十二柱は組織化されているわけではない。

 それぞれ目的も願望も違うし、基本徒党を組むこともない。

 逸脱者は基本、孤立している。


 本来なら、仲間に引き入れることが出来なかっただろう。

 だが、三人の利害は一致した。

 だから、あの空中要塞での戦いが始まった。

 あの強者どもの夜が。


 そうしてまんまと連れ出されたポポロは、今は銀騎士の下へいると言う。

 どうしているかは分からない。

 所詮は利害が一致しただけの関係だ。

 ことが終わればすぐに散る。

 それだけのことだった。


 銀騎士が空中要塞内を妙にウロウロしていたのは、そういうことだったのだろうか?

 それは本人聞くしか知り得ないことである。

 そうして、夜の終局。

 朝日の中での裏切り行為。

 彼女が召喚王を裏切ったあの時。

 そう、彼女とは……


 「お、ちょうど戻ってきたみたいだな。ナイスタイミング」


 そう言って、ダゴラスさんはこの部屋の出口の方に顔を向ける。

 同時に、そこから影が差す。


 「あら! 目が覚めたのね! よかったわ!」


 マリアさんのことだった。

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