第53話 四面楚歌

 周りを見てみると、街中はガランとして誰もいなかった。

 多分、テレパシーか何かで家に籠るように言われたのだろう。

 家々の窓から視線を感じる。

 まあララにしてみれば、障害物がなくなって走りやすくなった分、好都合だろう。


 「上です!」


 呑気に思考している時間はなかった。

 俺は上を見る。

 上空から高速で炎の塊が落ちているのが分かった。

 あの老騎士だ。


 「打ち消して!」

 「分かってる!」


 炎の塊を打ち消す。

 炎弾は持続性がないので、打ち消すのは簡単だ。


 「掴まって!」


 ララの声でハッとする。

 四方から火の球が襲い掛かってきていた。

 じいさんではない。

 発射方向を確認する。

 その先には悪魔達が複数。

 物陰に隠れつつ遠距離攻撃を仕掛けている。

 俺達に追いついてって感じではない。

 待機してたのだろう。

 この調子だと包囲されている可能性がかなり高い。


 ララは地を蹴る力に緩急をつけて、うまく攻撃をかわしていく。

 さらに走り続けていると、大量の火の玉が襲ってきた。

 俺は複数攻撃に弱い。

 単体の攻撃なら魔剣で防いでやれるが、数の力で押されるとララに頼る他ない。

 だが、そんな彼女にもついに限界が来た。

 

 「っ!」


 ララが突然嗚咽を漏らす。

 何だ?と思った時にはもう遅かった。

 ララが転んだのだ。

 しかも、つまずく所も何もない場所で。

 限界か。

 俺ごとララは真正面から倒れる。


 「大丈夫か!」

 「大丈夫であったら倒れはしません……」

 「……走れるか?」

 「あなたを背負わないのであれば」

 「分かった、俺も走る」


 悪魔達は倒れたララに向かって、能力による攻撃を浴びせる。

 俺はララの傍に立って火の玉を打ち消していく。

このままだとゲームオーバーまで時間の問題だ。


 「走るぞ!」

 「言われずとも」


 そう言ってララは立ち上がる。

 声なき声の指示。

 広場……クルブラドの像の近くにある魔石の貯蓄庫だったか。


 「どこだ……!!」

 「上から二つ!」


 ララの声で、俺は敵からの攻撃を悟る。

 走りながら敵からの攻撃を知覚出来る余裕は、今の俺にはない。


 「しつこいんだよ!」


 俺は走りながら、魔剣で遠距離攻撃を打ち消す。


 「路地裏へ、行きましょう」

 「魔石の貯蓄庫ってとこに行けるか?」

 「任せて」


 進路変更して、細い道へ俺達は入る。

 こういう道の方が、上から狙われにくいことを考えてだろう。

 細い道だから、両側から挟まれたらまずいだろうが、見てる限りララの近接戦闘の方が強い。

 悪魔達が遠距離から攻撃を仕掛けているからそこは察した。

 そう簡単に手を出してこないだろう。

 少しして、裏路地から広場に到着した。


 「……なんの冗談だ?」


 眼前。

 パッと見た感じ、五十人はいるだろう。

 悪魔達が俺達を待ち構えていた。


 悪魔達の向こう側には、倉庫のような建物が建っている。

 あれが魔石を保管している場所だろう。

 あの集団を突破しなければならない。

 だが、ララは限界が近い。

 多対一に耐えきれるか?


 「はあ、はあ……」


 俺も危うい。

 脳が酸素を欲している。

 視界がぐらぐらする。

 緊張でうまく息が吸えない。


 ちなみに、後ろの路地から悪魔の気配が近づいてきているっぽい。

 挟まれた状態。

 絶体絶命。

 これ、どうしようもなくないか?


 「ララ、どうするんだよ?」

 「……」


 ララは押し黙る。

 そこで黙るのはやめてくれ。

 絶望的な気持ちになってしまうから。


 「引力操作アトラクト


 聞いたことのない能力名が、悪魔の集団の中から聞こえた。

 アトラクト……引き寄せ?

 と思ったその瞬間、ララが地面に叩きつけられていた。


 「なっ……」


 固有能力!

 泥沼の固有能力とは違うタイプ。

 これは……引力の能力か。


 咄嗟にララの上へ魔剣を振る。

 引力から解放され、何とか起き上がる。

 能力が多種多様で、聞こえてきたルーンから能力の対処が事前に出来ない。

 どんな能力を掛け合わせたら引力操作の固有能力なんて出来るってんだ。


 「ぐっ、次が……」


 ララが呟く。

 俺らに向かって拳大の岩がかなりの数撃ち出されていた。

 俺が戦った土使いの攻撃よりは小さいものの、いかんせん数が数だ。

 これらも充分脅威。


 「こんのっ!」


 俺はララを庇うように岩を打ち消していく。

 だが、幾らかは防ぎきれず、俺の体にヒット。

 ガンと音がして、激痛が走った。


 「っっ!!」


 俺は激痛に耐えながら、それでも攻撃を打ち消していく。

 少なくとも、急所に当たる分だけは打ち消さなければ。

 ここで手を抜いたら死ぬ。

 俺はまだ死にたくない。

 こんなリンチされて大人しく死ねるか!


 「引力操作アトラクト


 また、悪魔の集団の中から声が聞こえた。

 引力の攻撃が来る!

 逃げないと殺される!

 だが、悪魔達は逃亡を許さない。

 容赦ない引力の力が、俺の足を重くした。

 足だけが重い。

 動けない!


 「クッソ!」


 なんだこれは。

 まるで足枷だ。

 締め付けられているみたいで痛い。


 移動を諦めて、岩を打ち消すことに集中する。

 すると、悪魔の集団の中から女性の声が聞こえた。


 「霊性なる守りの壁よオセル・スピーリトゥス


 スーツを着た女悪魔。

 そいつの声が聞こえた直後、俺とララの四方に透明なガラスのような壁が出来る。

 正方形で、俺達を閉じ込めるような形状。

 大きさにして四方五メートル。

 だが、天井部分は結界が張られていなかった。

 ララが跳べば軽々届くだろう。

 しかし、人間の跳躍では到底届かない。

 高さとしては五メートル。

 悪寒が俺の体を走った。


 俺は足を重くしている重力を断ち切ろうと、魔剣を当てようとする。

 早く結界から出ないと。


 そこで、気が付いた。

 いつの間にか、自分の足元が泥沼になっていた。

 またこれかよ。

 鬱陶しい。


 怒りに任せて、泥沼と重力の足枷を打ち消す。

 これで動ける。

 が、その時点で手遅れだった。


 結界の上。

 つまり俺の真上には、老騎士……あのじいさんがいた。

 空中に立っている。

 その手には、太陽の如く輝く炎の大玉が唸りをあげて俺達を見下ろしていた。

 直径五メートル。

 夕焼けの中でそんな派手な能力を使うものだから、空が一層眩しく見える。


 「燃えろ」


 そう言って、老騎士は小さな太陽を持った手を振り降ろした。

 もちろん、標的は結界内の俺達だ。


 あ、結界は周りに被害を出さない為かとか、泥沼は時間稼ぎだったのねとか一瞬思ったりした。

 思ったところでどうしようもないが。

 つまり現実逃避。


 あんな巨大な攻撃を打ち消せるか?

 打ち消す前に、結界内の熱で俺が先に蒸発しそうだった。


 あれこれ考えている暇がない。

 俺は魔剣を、最も力の出る構えで持ち直す。

 今から結界を打ち消して脱出しようにも、周囲には悪魔達が控えており、脱出困難。

 ララは動けないし、俺が担いだのでは頭上の攻撃に間に合わない。

 この攻撃を打ち消して、結界を消して逃走する順番でないと詰む。


 「俺は死なない……俺は死なない!!」


 俺は、太陽を剣で受け止めた。

 尋常じゃない熱量が俺を襲う。

 眼球の水分が蒸発を起こし、思わず目を閉じる。

 ガギギと違和感の残る音を出し、ジワジワと俺を押していく。

 この攻撃はすぐに消えてくれなかった。


 「ぐっ……うおおおおおお!」


 俺は気合を込めて押し返そうとする。

 ララごと押しつぶされてたまるかよ!

 炎に質量を感じた。

 非常に重い。

 しかも熱い。

 焼かれる。

 全てが。


 「ララ!!」


 俺はララに呼びかける。

 怒鳴り声だ。

 もうそんなこと、気にしてられない。

 だが、俺がどれだけ呼びかけても、返答はなかった。

 俺は足元にいるララを見てみる。

 ララは気絶していた。


 「嘘、だろ!!」


 一体いつ気絶していた?

 分からなかった。

 分かる筈がない。

 余裕がないのだから。


 「起きろララ! ララ!!!」


 いくら叫んでも無駄なのは分かってる。

 分かってるが、叫ばずにはいられない。

 ララが起きなかったら、今度こそご臨終だ。


 どうすればいい?

 どうすれば、この状況を抜け出せる?

 何か、脱出の方法は?

 誰か助けは来ないのか?

 ララ以外に助けてくれる奴はいないのか?


 マリアさん。

 ダゴラスさん。

 他の誰でもいい。

 誰か。

 誰かいないのか?


 俺は膝を地面につけながら、何とか堪えている。

 堪えてはいるが、もう限界が見えている。

 徐々に押されてきている。


 ああ、助けてくれ。

 誰か助けてくれ。


 殺されてしまう。

 殺されるなんて嫌だ。


 恐怖が、唐突に俺を襲った。

 怖い。

 本当に怖い。


 俺は一体この地獄で、何回こんな目に合わなくちゃいけないんだ?

 今日だけで何回も死に掛けてるじゃないか。

 もう、こんなのは嫌だ。


 太陽はもう目の前だ。

 俺を殺そうとギラギラと輝いている。

 眩しくて、もうまともに目は開けていられない。


 そうか。

 俺は。

 俺は焼かれ死ぬのか。

 そう悟った。

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