第35話 魔王

 謁見の間。

 両サイドの壁には、装飾のための柱がいくつも並んでいる。

 等間隔にはめ込まれた窓ガラスから光がさしている。

 あらやだ、天井にはステンドグラスもあるじゃありませんか。

 なんでここまで大きく豪華にするかねぇ。

 全然機能的じゃないのに。


 「よく来たな」


 少女のような声が、室内に響く。

 その声が幼いと言いたいわけではない。

 むしろ脳の奥までしっかり届く、威厳のある声だ。

 他者を魅了出来る類のもの。

 現世にも少数ながら、こういった特別な資質を持つ者は存在している。

 先天的な才能から創造されたカリスマ。

 この声の主は、続けて口を開く。


 「ララもご苦労だったな」


 労いの言葉を聞いて、黙ったまま胸に手を置いてお辞儀をする女騎士。

 彼女の対応に満足したのか、カリスマ野郎は俺に目を向ける。

 いや、野郎ではないか。


 「はじめまして、人間」

 「……はじめまして」


 名乗られてはいないが、確信がある。

 こいつが魔王だ。

 

 見た目はララか、それ以上に小さい身長の女悪魔。

 顔つきも幼い。

 だが、帝王学を身に着けている者に見られるような理の威圧感をその小さな全身に立ち昇らせていた。

 ダゴラスさんの出す猛々しいオーラとはまた違うものだ。

 あー、うまく言語化できない感じがもどかしい。

 こんなの実際に会わなきゃ分からんからだ。


 「ララ、お前は元の職務に戻れ」

 「はっ!」

 

 勢い良くそう言って、彼女は謁見の間を後にする。

 パタンと、ララのドアを閉める音が聞こえた。

 これでタイマン。

 俺と魔王の二人きりだ。

 いや、実際には監視の目やらなんやらがあるんだろうけど。


 「さて、人間よ。数日前からお前がここへ来ようとしていたのは知っている。だが、お前は何故拘束後にここへ連れて来られたのかは分からないだろう」

 「……まあ」


 さっきから人間人間って。

 俺のこと見下してやがる。

 良い奴か悪い奴かで言えば、こいつは悪い。

 王として正しい在り方の一つなんだろうが、こいつの性質は悪寄りだと俺にも分かる。

 よし、決めた。

 こいつに敬語は使わん。

 使わんったら使わん。


 「さっきの様子だと、ララのことをあまりよく思っていないようだな」

 「俺を拘束したような奴に好意の感情を抱けと言われても、無理だろ」

 「それもそうだが、しかし乱暴な扱いはされてないだろう?」

 

 ララは俺の意思を全く聞く気がなかったが、でも確かにそうだ。

 拘束とか言っておきながら、あまりそれらしいことはしていない。

 行動の制限については、その限りではなかったが。


 「他の領土だったら、酷いことをされていたかもしれんなぁ。なにせ人間だ。歓迎はされまい」

 「酷いこと?」

 「例えば、両足を切り落として拘束、ぐらいが妥当か」

 「……野蛮な話だ」

 「野蛮さ。人間と同じだ。都合の悪いものは無力化、または排除する。人間社会と、何も変わりはしない」

 「人はそこまで残酷か?」

 「もちろん。自覚なき残酷を有している。自覚があったところで残酷には違いないところがどうしようもなく残酷だ」


 具体性など何もない。

 しかしこいつは……人間のことをよく知っている。

 なるほど、人間の世界に渡った経験があるというのは本当の話か。


 「人間と悪魔の本質に違いなどさしてない。差異があるとすれば、使う道具だけだ」

 「……科学と能力か」

 「その通り。人は七百万年前に二足方向で立ち上がり、道具を手にして知恵という力をも手にした。が、人が異なる力……能力を手にしていれば、歴史は大きく異なっただろう。使う道具、力次第で命は形質をたやすく変えてしまう」

 「だから人間とは違って悪魔の世界は平和だって誇示したいのか? 自慢ならよそでやってほしいね」

 「いいや。先ほども言ったが、人間と悪魔にさして違いなどはない。お前を屈服させたいわけでもない。事実を言ったまでだ。人は、知恵を手にして残酷になったとね」

 「性善説か、性悪説なのかなんてかったるい話になりそうだな」

 「まさに、かったるい話だ。良いか悪いかなど些末な問題なのだから」

 「……本題は?」

 「はっ、いいだろう」


 今の笑いは嘲笑が入ってるっぽい。

 マウント取るだけ取って内心満足したかこのクソキング。


 「お前は何のためにここへ来た?」

 「……扉へ行くために」

 「では、何のために扉へ行くのだ?」


 また質問か。

 何を確認したいのだろうか?

 俺は疑問に思いながら質問に答える。


 「地獄から天獄へ行くため」

 「何故、天獄へ行く?」

 「分からない。でも、俺の世界へ帰れるかもしれない」

 「……天使からその話を聞いたか、人間」


 人間だけじゃなく、天使についても知っているのか……!


 「その様子だと、お前は天使がどのような者達なのか知った上で星門を目指しているわけでもなさそうだな」

 「確かに天使についてなんか何も知らない。でも、そうする以外の選択肢なんか、俺にはない」

 「ふむ」


 魔王は聞きたいことを聞くと、何かを理解したかのように表情を緩ませる。

 クソ、一方的な情報提供になってるぞこれ。


 「天使は世界の言いなりだ。信用すればいいように利用されるだけだ。まずはそれを理解しろ」

 「その根拠は?」

 「ない。だが、天使は我々の認識している概念種から直接力を得て行動する種だ。世界の僕なのだよ」


 天使であるサリアの顔が思い浮かんだ。

 ざっくばらんだったが、俺に道を示してくれた者の一人。

 そいつが、信用ならない?


 「概念種の光について、お前は誰かから聞いたか」

 「いや……」

 「そうか。なら、少し教えておいてやる」


 情報の提供。

 だが、嘘の可能性考慮しなければならない。

 これは悪魔同士の会話じゃない。

 悪魔と人間の会話だからだ。


 「光とは一種の神だ。世界を構築した三つの者の内の一つだ。お前が天獄へ行くために必要な星門を潜る時も、光がお前を運ぶことになる。転移の光と同じだと思えばいい」

 「転移の光……」

 「そう、お前はマリアの家から転移回廊まで、光によって運ばれ移動したことになる。光は転移の陣によって、どこでも召喚が可能な種だからだ」


 光が種だとか神だとか、色々話がぶっ飛びすぎている。

 光はただの光じゃないのか?

 ペラペラ光がお喋りをするわけでもあるまいし。


 「光はいくつかの役割を担っている。その一つが世界同士を繋ぎ、肉体から離れた魂を別世界に運ぶこと」


 つまり、転生……?


 「お前が世界を渡るために必要な扉……或いは門は、星門という。最高位の転移を可能とするこの世に二つとない渡りの門。扉とはそれのことだ」


 サリアは扉の正体を教えてはくれなかった。

 あの時はイジワル天使め、と呑気に考えてはいたが……


 「……場所は?」

 「くくっ、天使から門について中途半端に教えられたことが手に取るように分かるぞ。詐欺師の常とう手段だ」

 「うるさい。場所は?」

 「不敬な態度を取る者に有益な情報を提供したくはない。メリットもない。お前のことを拘束したララに好意を感じないのと同じように、私もお前に好意を感じない」

 「お前が最初に拘束命令なんか出さなきゃ最初から険悪な雰囲気にはならなかったんだ」

 「外的因子は世界に影響を及ぼす。拘束は妥当だ」

 「俺はそんなことはしない」

 「それをお前自身が証明することはできない」


 ……は?

 んなはずはない。

 悪魔は、心が読める。

 心を読んでおしまいのはずだ。

 証明もへったくれもない。


 まて、ここに来る前にも似たような疑問はあった。

 女騎士のララといい、こいつといい。

 これは本当にもしかしたら……


 「お前は地獄に来てから魔物に何回出会った?」


 急な質問だった。

 だが、必要なことを聞いている感じはした。


 「二回、魔物に襲われた」

 「何故、お前の元に現れたと思う?」

 「俺を食いに来たから」

 「そうだ。そしてそれは偶然ではない。電灯に光が灯り、羽虫が集まるが如く必然的なものだ」

 「俺が電灯で羽虫が魔物か」

 「そう、お前は魔物に狙われている。力を持っているからだ」

 

 力?

 俺に何の力があるって言うんだ。

 ただの非力な人間だ。


 「魔物は別の世界の存在を食うことで、従来よりも生物としての格を大幅に上げることが出来る。そうして格を上げ、器の穢れきった魔物を私達は邪悪種と呼んでいる。お前は魔物や邪悪種にとってのごちそうだ」

 「だから、俺を狙うのか」

 「そう。そして私がお前をここ、中央執行所に呼んだ理由でもある」


 ああ、大体見えてきた。

 魔王が何を考えているのか。


 「さて、話の肝だ。よく聞け」


 一層声を室内に響かせて魔王は俺に言う。


 「お前が転移回廊に来た時、魔物に襲われたということは報告で聞いている。魔物は自力で転移回廊には決して入れない。あれは、この地獄において力のある悪魔がお前を狙ってけしかけた魔物だ。お前と言う存在は、悪魔側から見ても利用価値があると言うことだ」


 利用価値。

 俺が襲われる理由。

 だが、


 「そんなことを言われても……」

 「困るだろう? しかし現にお前を狙って、自然界に生息している魔物や強大な力を持った悪魔達が動き出している。これは予測ではない。観測できた事実だ」

 「だから俺を、ここへ連れて来たんですか」

 「連れて来て話すだけではない。お前を封印する」


 俺が想像していた最悪の予想は死。

 死ぬより封印の方が恐らくマシだが、こんなところに閉じ込められるのか、俺は。


 「警告しておこう。抵抗した場合は殺す。逃げても、戦っても、隠れても、潜んでも、立て篭もっても、何をしてもお前を殺す」

 「……俺は、俺は何も悪いことはしていない」

 「お前が悪いことをした、していないの問題ではない。お前の存在が害悪なのだ」


 この通り、俺の存在自体を否定する始末だ。

 交渉の余地はないだろう。

 女騎士のララのように、何を言っても最終的にすることは決まっている。

 俺を殺すか、閉じ込めるかだ。


 「ただ、封印とは言ってもそう苦痛を感じるものではない。まどろみだ。心地の良い時間を過ごせる。私の計画を遂行するために、人間世界の情報は抜かせてもらうが」


 魔王は結局敵だった。

 味方じゃなかった。

 泣きたくなってきたな、おい。

 しかし、時は俺を待ってはくれない。

 もちろん魔王も待ってはくれない。


 時間とは不可逆的なもの。

 残酷なもの。


 さあ、どうする。

 俺の選択肢は三つに一つ。

 逃げるか、戦うか、要求に従うか。


 逃げたらどうなるか。

 恐らく俺は、悪魔から逃げ切れない。

 殺されるだろう。


 戦ったらどうなるか。

 考えるまでもない。

 殺されるだろう。


 要求に従ったらどうなるか。

 一番堅実的な選択肢だ。

 とりあえず生き残れる。

 だが、俺はいつまで閉じ込められてしまうのだろう。


 「俺を封印するっていつまでだよ」

 「もちろん一生だ」


 背けたい現実。

 選択とは、かくも過酷だ。

 だが、俺は選び取らなければいけない。


 「抵抗はやめておけ。ララの戦闘は見ただろう? 雑魚とはいえ、お前にはだいぶ脅威に感じただろうあの転移回廊の魔物を簡単に倒したんだ。そんな悪魔に抵抗出来るとは思うまい」


 その通りだ。

 悔しいが、全く持ってその通りだ。

 もうどうしようもない。

 そんな気がした。


 抵抗出来ない。

 逃げられない。

 誰も助けてはくれない。

 ……何も、出来ない。


 「扉の在り処も、教えてはくれなさそうですね」

 「残念ながらな」


 そうか。

 だよな。

 そうしたら俺はどうしたらいいんだろうか。


 俺は、俺は……

 

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