第39話 化かし合い

(その後、作戦会議を兼ねて、十五分ほどの休憩時間が取られる)

(少女たちはケーキに舌鼓を打ちながら、次の展開を相談し合う)

(やがてセッションが再開され、少女の一人が、重々しく口を開いた)


A「……では、行動を宣言します」


――どうぞ。


A「まず正義は一人で、雑貨屋のライヒさんに会いに行きます」


――ほうほう。


A「そして、彼にこう言いますね。『タブレットPCを保管する環境に関して、急ぎ説明しておかなければならないことがある』、と」


――……ふむ?


A「この村は、それほど発展していない開拓村であると聞きました。きっと石造りの家は珍しいのでは? これはつまり、雑貨屋さんの倉庫も、しっかりとした密閉空間ではない、と判断しました」


――そうですね。その通りです。


A「ではここから、ロールプレイを初めていきましょう。話すのは、……Bちゃんにお任せで。いいよね? シュリヒトは、あんまりおしゃべりが得意じゃないから」

B「任せてぇ」


――いいでしょう。


正義「ってことで、このままだと品物が丸ごと、ダメになっちまうかもしれんっちゅう訳よ」

ライヒ「…………ほぉ……? それで、俺にどうしろ、と?」

正義「悪いこと言わんから、品物をさっさと、別の場所に移すことやな。トラックの中にゃあ、専用の梱包材がある。うちらが『プチプチ』って呼んでるやつで、それに包まんことには、モノはすぐ壊れて、使い物にならんくなるから」

ライヒ「はあ? 本気で言ってるのか、それ。せっかく手に入れた”金になる板”を、みすみす手放せっていうのか? ……俺は田舎者だが、知ってるぜ。あれを都会にいる”転移者”どもに売り払えば、とんでもない財産になるってな」

正義「いうて、壊れてしもては意味ないやろぉに」

ライヒ「……まあ、それはそうだが」


――そこでホビット族の彼は、しばし考え込んで、


ライヒ「ああいや、騙されないぞ! おまえらあの、薄汚い”転移者”どもの味方をしてやがるな? あいつのために、タダ同然で手に入れた”板”を取り返してやるつもりだろ?」

正義「……。いーや、べつにー?」

ライヒ「白々しい顔しやがって。帰れ帰れ! 言っておくが、おまえらは誰一人、倉庫に近づけさせねーからな!」

正義「……ダメか」


――では、交渉は失敗ですね。


A「いーえ、まだです! すかさずそこにシュリヒトちゃんが駆けつけて、こういいます」


――ほう?


シュリヒト「マサヨシ。いま、イチローがこう言ってた。『もういい』って」

正義「え? 一郎さんが? それはいったい、どういうことだい?」

シュリヒト「『もうどーでもいい。こんな村、さっさと出てく』……だって」

正義「なんで?」

シュリヒト「女、できた」

正義「オンナ? ……ごめん、ちょっと事情がよぉわからん」

シュリヒト「あいつ、村の女と、できてた。はやく、金がほしいっぽい。取引はぜんぶ、その女とやる。だからもう、都会いくってさ」

正義「なんだって!?」


――……………?


A「(ちらり)」

B「(ちらちら)」

A「(ちらちらり)」


――え? なんですか?


A「……淫蕩、かつ小狡いことを種族特性とするダークエルフの村にいて、そのような話を聞いた時、同じく詐欺師のライヒさんはきっと、こう思うはずじゃありませんか? 『その話、自分も一枚噛めないか?』と」

B「じゅうぶん稼いでも、『もっともっと! さらに!』を求めるのが商人っちゅう生き物や。でしょ?」


――ああーっ。……ふむ。なるほど。

 きみたち、結構難しいロールプレイを求めるなあ。


A「ねえねえー。いいでしょーお?」


――そんな、甘ったるい声出さなくても、大丈夫です。やりますよ。


ライヒ「……ふむ。ちょっと待ちな。あんたら、もう少しその話、詳しく聞かせてくれないか?」

正義「詳しくも、くそも。いま聞いた話がぜんぶっすよ。……運が良かったですね。これでこの村のもめ事も解決だ」

ライヒ「ああ、いや。もしその話が事実なら、品物の運搬はどうする? あの”動く箱”は、森の中から動かせないんだろ?」

正義「あの箱は、専用の鍵がないと動かせへんのですよ。だから先に、とりあえず品物を馬車で運ぶ予定だとか。……一応、馬車の手配はみんな、彼のその……恋人さんがしてくれるそうです」

ライヒ「いやいや! それはいかん! 絶対にいかんよ! イチローさん、騙されとる! いいかい。あの長耳の淫売どもは、正しい商売をしようっていう心が、ほんのひとかけらもないんだ」

正義「あんたそれ、マジで言ってるのか? 一郎さんから品物をだまし取ったのは、あんた自身だろうが」

ライヒ「ああ。そうだ。――そうだよ。あんたたち、馬鹿じゃないようだから、はっきり言わせてもらうぜ。確かに俺は、あの”転移者”をカモにした。でもそれって、本当に悪いことか? むしろ感謝してもらってもいいくらいだぜ? しょせん世の中、弱肉強食さ。授業料だと思って欲しいね」

シュリヒト「わたしそれ、なんていうか、しってる。――盗人、猛々しい」

ライヒ「なんとでも言ってくれ! ……だが今回の件は、別だ。これまでのことは綺麗さっぱり忘れて欲しい。今度こそ俺は、イチローさんと正しい取引をしようと思ってる」

正義「……はあ」

ライヒ「いいかい。これは、俺にしちゃあ珍しく、100%の親切心で言ってやってるんだぜ。……いまこのタイミングで、あの薄汚いおっさんとイイコトしようって女は、絶対にまともじゃあない。間違いなく、財産目当ての詐欺だ。よくある手口なんだよ。……ダークエルフどもは、腐っても美形揃いだからなぁ。あいつらいつだって、馬鹿な男に股を開くタイミングを見計らってやがるのさ」

正義「そう熱弁されると、確かにそんな気がしてきたな」

ライヒ「なんならいまの話、裏を取ってもらったって良い。俺はいま、心の底からあのオッサンを心配してやってるんだ」

正義「なら、聞こう。あんたならその”板”を、適正価格で取引できるっていうのかい?」

ライヒ「ああ、もちろんだ」

正義「それを証明する方法は? それを示して、ぼくたちを説得してみろ」


――(うわ。いつの間にか、説得する側が説得される側になってる。この娘たち、末恐ろしいな)


ライヒ「ええとぉ、……そ、そうだなあ。それじゃ、こういうのはどうだ? 仲介料として、売り上げの半分を……」

正義「半分!? あんたそれ、マジで言ってる? ふつーに引いたわ……」

ライヒ「ああ、いや。うそうそ! 4割……」

正義「あのさぁ……。あんた、すでにイチローさんの心証が最悪だってこと、わかってる?」

ライヒ「では、3割! ……2割5分……いや2割! さすがにそれ以上は……」

正義「っていうか、この時点で稼ぎを得ようとする行為そのものを遠慮しておくべきとちゃうの。どうせあんた、あっちこっちから中抜きしまくる予定なんやろ?」

ライヒ「うーむ……。いや! 2割! さすがにそれ以上は譲れねえ!」

正義「しゃーないやっちゃなぁ。……じゃ、いったんそれで、話を進めよか」

ライヒ「よしよし! 坊ちゃん、話がわかる人で助かるぜ!」

正義「それと……あと、何が必要やったかな……」

シュリヒト「金。おっさんはたぶん、即金がいい」

正義「ああ、そうだそうだ。あんたには、商品をぜんぶ買い取ってもらおう」

ライヒ「なるほど。いったん全部、こっちで引き取れってことか」

正義「あんたどうせ、あとあと難癖つけてくるだろ。運搬中、壊れた商品をこっちに押しつけてくるかもしれないしな、所有権は片方に移した方がいい」

ライヒ「ひっひっひ。さすがにそんな真似はしねえけどな?」

正義「どうだか」

ライヒ「だがそれだと、いったん原価で取引することになるが、いいかい?」

正義「なんぼ?」

ライヒ「売値の……4割……いや、3割5分ってとこかな? どうだ?」

正義「うーん。3割5分……」

ライヒ「儲けの8割入るんだ。十分だろうが」

正義「しかしなぁ。イチローさんが求めてるのは、即金だからなあぁ」

ライヒ「言っとくが、さすがにこれ以上はまからんぜ」

正義「なら、さらに話を簡単にしよう。あんたは、売値の7割で商品を全部引き取る。その代わり、儲けは全部くれてやる」

ライヒ「えっ。まじ?」

正義「ああ。あんたどーせ、信用できへんし。後腐れのない取引をしようや」

ライヒ「ちょ、ちょっと待てよ。それって……さすがに、こっちが得すぎる、ような……」

正義「何か?」

ライヒ「いやー。……へっへっへ。イチローさんが、それでいいなら……」


――さて、この展開。

 どうしたものか……。


A「ちなみにライヒさん、登場シーンのとき、別の業者さんと揉めてたっぽいですよね? きっと、取引後に揉めるのは、彼にとっても本意ではないのではないでしょうか?」


――なるほど、よく聞いてるなあ。

 では……こうしましょう。

 ライヒがこの取引を飲むかどうかを、ダイスに決めてもらうことにします。

 ”知力”判定。難易度は当然、”すごく難しい”でしょう。合計16で成功します。


A「”知力”でいいんですか? ”精神力”じゃなくて?」


――はい。

 ルルブを確認したところ、嘘や値切り交渉に関する取引は”知力”判定のようです。


B「ほな《助言》を発動して、振れる”1D6えんぴつ”を一つ増やしますぇ」

A「つまり、ダイスロールはシュリヒトちゃんが行うということです」

B「失敗しても、一回までなら”女神の寵愛”でふり直せるからね。いけるいける」

A「うおおおおーっ。まかせろーっ。【ダイスロール:13+6】 やったあっ!」


――お見事。ではシュリヒトと正義は、ライヒをなだめすかした結果、円滑に取引を進めることができるでしょう。

 ただ、……お気づきかと思いますが、この取引では、イチローは納得しないかと思われます。

 なにせ彼の目的は、奪われた財産の4割を取り返すことなのですからね。


A「もちろん、わかっていますとも!」


――さて。

 それでは、つぎにするあなたたちの行動を、教えていただきましょうか。


【To Be Continued】

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