第37話 騙された転移者
B「…………………ふむ」
A「…………………ほう」
――? どうしました?
B「ああいや、なんちゅうか、ね」
A「いま話してるのは”転移者”さんなんですよね?」
――はい。
A「なんかGMさん、いかにも”小憎たらしいやつ”って感じのロールプレイだな、と。”守るべき対象”って感じじゃないな、と」
――まあ、そうですね。
あなたたちは、判定不要で気づくことでしょう。
現れた男は、一見したところわりとハンサムですが、長らく身ぎれいにしていないのか、ひどく不潔な印象の男でした。しゃべり方もなんだか、ひどく苛々していて、いかにも世の中を憎悪している感じですね。
A「あら。女の子には嫌われるタイプの人、ってことかしらん」
B「不潔、ちゅう話ですが、この、ファンタジックな世界の基準からしても、汚い感じなんですか?」
――はい。
そもそもこの世界の住人は、わりと身ぎれいです。
水場近くにはたいてい風呂屋があり、入浴はこの世界の人々にとって一般的な娯楽なのです。
その多くはパン焼き窯を利用した蒸し風呂で、甘い匂いを嗅ぎながらひとっ風呂やるのが普通のようですね。
A「へぇ~~~。なんだか、おいしそうなお風呂ですねえ!」
B「……まー、よーするに、庶民の”一般的な娯楽”すら楽しめない程度にはこの人、生活に余裕がないってことやね」
――座席からのっそり顔を覗かせた彼は、超勇者正義を見た瞬間、このように言うでしょう。
転移者「あ、あ~~~~~~~~~~! おまえは!?」
正義「…………………うわ。やっぱりか」
転移者「あの時、道路に突然飛び出してきたガキじゃねーかっ!」
――そして彼は、その場で地団駄を踏んで、
転移者「お、おれは、おれは、お前のせいでこんな世界に飛ばされて……! どういうつもりだ、この野郎!」
正義「どうもこうも。こっちかて被害者ですけど」
転移者「はあ!? 被害者はおれだろうが! こちとら、この世界に来てずっと、ひでー目に遭ってきたんだぞッ!」
――とまあこんな具合で、わりと処置なし、という感じですね。
A「ふむふむ。……ちなみに、彼らが転移していた時期は、全く同じなのですか?」
――いいえ。
これは、この世界の住人であれば誰でも知っていることなのですが、”転移者”がこの世界にやってくるタイミングは、向こうの世界の時間とズレが発生する場合があります。
正義「なあ、あんた。名前は?」
転移者「あ? 人に名前を尋ねるときは、まず自分からだろうが」
正義「ぼくは、超勇者正義。こっちの娘はシュリヒトです」
シュリヒト「よろしく~」
転移者「ふーん。……おれは、田中一郎って名前だ」
正義「田中さん、ね」
――すると一郎は、手頃なところに腰を下ろして、長話の体勢に入ります。
一郎「しかし、参ったぜ。まさかこんな、アニメの世界みたいなことが現実に起こるなんてな」
正義「詳しく、事情を聞きましょう。同じ境遇のものとして、何か助けになれることがあるかもしれない」
一郎「ああ……そうだな」
――そうして一郎は、語り始めます。
彼がこの世界に転移してから一ヶ月間、どれだけ酷い目に遭ってきたかを。
一郎「ふと気づけば、おれはこの、奇妙な世界にいた。何の前触れもなくな。かなりびびったぜ。ほんの一瞬前まで、走り慣れたアスファルト道を走っていたのに、いつの間にやら、どこかの山奥にワープしていたんだからな。しかもこのあたり、車一台走れるような車幅もないから、ほとんど身動きもできないし」
正義「この世界の道路は、大型トラックが走れるように作られてないですからね」
一郎「ああ。この世界に来てまず、おれは会社に連絡した。しかし当然のように圏外でさ。仕方なく、電波が届く範囲を探して、あっちこっち走り回ったさ。……でも、どこまで行っても、やっぱり圏外、と」
正義「……ぼくも、最初は同じだった気がします。親に電話しようとして……」
一郎「だろ? んで、ほうほうの体でトラックに戻ったら……あのクソチビが、俺のトラックを勝手に漁っていやがったのさ」
正義「クソチビ、というのは……雑貨屋の店主、ライヒですね」
一郎「おう。俺は慌てて、野郎を引っぺがして、こう言ったんだ。『てめえ、その薄汚い手をどけやがれ!』ってさ。そしたらやつは、盗み食いを咎められた犬みたいに跳ねて、ぴゃーっと逃げて行きやがった!」
正義「何か、盗まれたんですか?」
一郎「うんにゃ。その時はさすがのやつも、そこまで豪胆じゃなかったらしい」
シュリヒト「『その時は』、か。……ふーん」
――おや?
シュリヒト……というよりAちゃんはもうすでに何か、気づいたようだね。
A「まあ、なんとなく」
B「……どーいうこと?」
A「たぶんこれ、結構ややこしい問題ですね。たぶん原因は、ライヒさんと一郎さん、どっちにもあるやつでしょう」
B「どちらにも……?」
A「うん。たぶんライヒさんは、一郎さんがこの世界の相場を知らないのをいいことに、トラックの中のものを安値で買い叩いたんじゃないかしらん」
B「なるほど。だから一郎さんは、損失を取り返すために、ここを離れられない、と」
――そうですね。
お二人の推測通りなので繰り返しませんが、田中一郎の”苦労話”は、おおよそそのような内容です。
ライヒが彼に語った真実は、「”転移者”がこの世界に持ち込んだものの権利は、”転移者”本人にある」ということのみ。
その後の取引の大半は、ライヒにとって極めて都合の良いものばかりでした。
一郎がその事実に気付いた時には、すでに彼の全財産と言って良いトラックの積み荷、タブレットPCの四割ほどがあの雑貨店の店主の所有物となっていたようです。
A「10トントラックの積み荷の40%なら、結構デカいですよ、それ」
――そうですね。
ではあなたたちは、”知力”判定を行うことができます。
難易度は、”難しい”。15以上で成功です。
A「ほいっと。【ダイスロール:9(+5)】……ううっ。一足りない」
B「ほな、うちが。【ダイスロール:11(+8)】成功です」
――では、銭勘定が得意な正義はすぐさま気づきました。
このトラックの中にあった全てのブレットPCを相場の価格で市場に出せば、たぶん彼は、一生働かずとも暮らしていけるだけの金を手に入れられるだろう、と。
A「うーん。それはさすがに、ちょっと可哀想かも、ですね……」
B「でもそれ、自己責任とちゃうの? 騙される方にも問題ある気がするけど」
A「さすがにそれは酷ですよ。だって一郎さん、トラックから離れられない状態だったでしょうし。与えられる情報があの、ライヒってホビット族の情報だけじゃあ、ねえ」
B「ああ、そっか。情報を仕入れようがなかったんやね」
――一郎は、話せば話すほど、だんだん、自分が惨めに感じられてきたようですね。
やがて彼は、頭を抑えてしくしくと泣き始めてしまいました。
正義「……シュリヒト。ぼく、最初に会えたんがきみで、ホントに良かったよ」
シュリヒト「だろー?」
【To Be Continued】
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