2017.11.22 山に躓かずして②
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先輩はそれきり言葉を交わしてくれなかった。
無理やり犯したことに罪悪感などを感じてくれている……という訳ではないだろう。この手の人は、自分が満足するとこうなるだけで。わかるだろ?
だから俺は、事務所に帰った後、お昼ご飯の買い出し係を買って出た。
もちろん打撲や切り傷はまだしくしく痛かったけれど、骨は幸い無事だったし、とにかく一人になりたくて。それに、朝から事務所の掃除をしていた雅火さんとも顔を合わせたくなかった。悟られたくなかったのだ。まあ、あの人は結局一目で悟ってしまうのだろうとも思ったのだが、やっぱり感情の整理のためには一人の時間が必要だったのだと思う。
上の人から自転車を貸し出してもらえるようになったので、それで最寄りのスーパーまで行った。でも思った以上に体がしんどくて、漕ぎながらちょっとだけ涙ぐんだりもした。
さて、そんな悲壮と空きっ腹を抱えて向かったスーパーだが、さぞ古いのかと思いきや、その一帯はそこそこ近代的だ。
田舎ではよくあることだけど、それまで周りはずっと田と土と草と家屋と山と木ばかりだったのに、そのゾーンに入ると、カラッとUFOの光線でも浴びたみたいに平らで清潔な世界になる。まるで何か国境でも越えてしまったみたいに。
とはいえ、その区画も整備されてからそこそこの年月が経っているので、スーパーの駐車場もそのガソリンスタンドも、学校のプールの壁絵みたいに色褪せているし、スーパー本体も昔は二階建てだったのが、今は縮小されて一階部分のみになっている。
中では使われなくなった階段、動かなくなったエスカレーターの横で、冬用グッズの特設コーナーが開かれていた。
ネックウォーマーやレッグウォーマー、電気毛布にカセットコンロ、土鍋に加湿器……すべて至って普通のブランドのもので、変わったところや特筆すべき点など一つもなく、本当にただ「テーマ別に並べました」ってだけのコーナーだ。でも俺はそのコーナーを、しばらく見て歩いた。他に見るべき場所がないでもないのに——今は他愛のないスーパーといえど、昔はもっと広かったというだけあって、テナントも一応入っている。衣料品店だの百均だの、ゲーセンだの本屋だの、ファストフードの店だのと、規模はどれも小さいが、まだ色々と残ってはいる。でも他の場所を見る気にはなれなかった。疲れすぎていたのかもしれない。ただ、その特設コーナーにいる時だけはどこか、安らぎを感じられたのだ。
購買熱に賑わう場所にあって、唯一動きを止めた一角。
確実に代わりはいくらでもある、代替可能で、ひどく凡庸で、けれど確実に人の役に立つために生み出されてきた商品たちの壁に隠れたら、自分も飾らない気持ちになれる気がした……のかもしれない。まあ理由なんてわからないよ。号泣こそしなかったものの、並ぶ品物を見ながらこれからのことを考えていたら、急に目から涙だけが溢れて止まらなくなって、困った。本当、別に泣きたいわけではなかったんだけども。
早く昼飯を買って帰らないとな。
涙を拭い、トイレで少し顔とかを洗って、弁当コーナーで適当な弁当(鯖の塩焼きやらチキン南蛮やら)を人数分買って、さっさと帰ろうとスーパーを出た。そこですんなり帰れていればよかったのかもしれない。でも、俺は見て見ぬふりを選べなかった。目の前に落ちていたからだ——わずかに血痕のついたキャッシュカードが。
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