第195話 デビューから一周年記念生配信②-真宵アリス叛逆ならず!-
「さて本日の配信を開始です。アリス劇場のショーの幕は今から上がります。先ほどの発言は忘れてください」
顔はいつもの無表情。声に抑揚はつけない。感情の色も消して、何事もなかったかのように警告する。
恥ずかしかった。
後悔した。
なかったことにしよう。
大丈夫。私ならば誤魔化せるはずだ。
コメント欄から視線をそらす。
するとスタジオの外にあるブースでマネージャーがニヤニヤ笑っているのが見えた。
心の炉に燃料が注がれる。
燃え盛るのはどんな理不尽にも負けないと誓った幼き日の誓い。……した記憶ないけど。
よし虹色ボイス事務所に叛逆しよう!
「そういえば皆様はご存知ですか? 現在巻き藁斬りが世界で流行しているようです。なんでも動画が一億回以上再生されたとか。摩訶不思議なトレンドが出回るものですね」
:ムリwww
:そりゃあ無理な要望だな
:いくらアリスのお願いでも聞けないことがある
:たぶんもう切り抜かれたあとだ
:勢い任せに言ったあと恥ずかしくなったんだろうな
:声も表情も照れてないけど間違いなく照れている
:伊達に俺等も一年以上もアリス劇場に通い続けてない
:アリスの演技は完璧だけど目でなんとなくわかる
:目は口ほどに物を言うからな
:いつも通り目が死んでいるけど?
:まだまだ甘いな……今日の目の死に方はマジな奴だ
:目の死に方で照れていると判別する古参リスナーがヤバいw
:アリスが知らない?
:世界で巻き藁斬りがブームwww
:その謎のブームの発信源はお前じゃぁーーーー!
「妙な噂もございます。どうも虹色ボイス事務所三期生VTuberの真宵アリスという方が世界進出を目論んでいるとか。誰のことなのでしょうか? 皆様はご存知ですか?」
本当に誰のことだろうか?
日本を斬り捨てて、海外を主戦場として活動する真宵アリスさんが誕生するらしい。
同姓同名同事務所なのにそんなこと私は知らない。
噂が一人歩きしている。
「私はなにも聞かされていません。今日このスタジオに来るまで、デマ流言飛語の類だと思っていました」
ずっとそう思っていた。
今日マネージャーの車に乗るまでは。
「けれどついさっきのこと。マネージャーから英会話の教材はわんさか渡されました。……皆様、これは由々しき事態です!」
声は荒げない。
淡々と事実のみを強調する。
予定になかった私の発言にマネージャーが笑顔を引きつらせていた。
:妙な噂?
:あったなそんな話
:どこの真宵アリスのことだ
:でも海外進出のチャンスだよな
:アリスはなにも聞かされてないのか
:本人による否定
:なら安心……ん?
:英会話の教材が準備されているだと
:やっぱり海外進出か
:この展開は……不穏だ
「皆様。今こそリベンジのときです。一年前、私は事務所の理不尽な命令に膝を屈しました。外に出なさい。事務所に顔を出しなさい。そんな正論の前に敗北したのです。愛しき引きこもり生活とのお別れ。あのときの悲劇を繰り返してはなりません」
声に熱を宿す。
悲しみと哀愁を込めて。
「私が海外で活動? ……ありえない。引きこもりは私のアイデンティティです。海外旅行は陽キャの証。永世名誉陰キャの私には許されておりません。海外旅行を超えて海外進出? 未開の地で挙動不審なキョドキョドアリスになるだけです。ダメです。希少な小動物ですよ。密輸禁止です。ワシントン条約に引っかかります」
あのような無様な戦を二度と繰り返さない。
今回は事前にセツにゃんと連携している。
セツにゃんも私の海外進出に反対だ。まだまだ一緒に日本で活動したいと言ってくれた。前回のような想定外の奇襲はもう起こらない。
情報を制する者が全てを制す。事前の根回し大事。
一年前の反省を活かし、今日こそ事務所への叛逆を成功させるのだ!
「皆様! 決戦です! 今度こそ数の力を私に貸してください! 日本の外どころか、正直家の外に出ることさえ憂鬱です! 今も引きこもっていたい! けれど私には応援してくださる皆様がいる。笑顔にしたい相手がいる。だから頑張れる。それなのに海外の活動に軸足を置く? 皆様と会える機会を減らしてまですることではありません」
さっきはデレて恥ずかしかったが、全てはこのための布石だ。
私は本当にリスナー達を心から愛している。
そのノリの良さを信じている。
「一年前のあのとき失敗したハッシュタグ『真宵アリスの引きこもり計画』を今日こそ成功させます! ポチっと――はえ?」
――トゥルルルルルル!
――ウィーンウィーンウィーン!
スマートフォンにタッチする寸前で、視界が真っ赤に染まった。
ハッシュタグが拡散されるより早く、スタジオ内が赤く明滅し、内線が私を呼んだ。
緊急事態アラートも鳴り響いている。アラートではなくハザードランプかもしれない。
あまりにも過剰な制止に、私の手は動かなかった。
さすがにこのまま発信するのはマズい。
スタジオの外に目を向けると、マネージャーが額を手で抑えながら受話器を握っている。
「……出なきゃダメですか?」
:この流れは!?
:事務所への叛逆www
:海外旅行は陰キャに許されてないのかw
:相変わらずの陽キャコンプアリス
:キョドキョドアリスがワシントン条約に対象なら安心だな
:まさかさっきのデレはこのために?
:いつの間にかアリス劇場が始まっていた
:くそ……俺たちの心を弄びやがって……いいぞもっとやれ
:アリスの希少なデレが見れたからヨシ!
:日本での活動が減るのは嫌だし今回は反対かな
:まさかのリベンジw
:『真宵アリスの引きこもり計画』再発動!?
:このやり取りひさしぶりだな
:なんか懐かしい
:今回は応援するから出なさい
:ハザード機能とか初めて見たw
:スタジオ内でやらかしたときのための機能まで用意してたんだな
:マネージャーさんの生声か
:出るしかないな
:出なさい
「出ます! マネージャー! 今回は引きま――」
『……まずはごめんなさい。最初に勘違いさせたことを謝っておくわ』
「――せ……ん? 勘違い?」
いきなり謝られたことも驚いたが、それよりも問題なのは声のトーンだ。
マネージャーの声は疲労感に満ちていた。
『忙しさにかまけて、説明なしで教材を渡せば不安にもなるわよね。説明はちゃんとする。大事なことだもんね。でも今は注目が集まっているし、ネットニュースに流れそうなことはやめようね』
「……ネットニュースは困るかも」
『真宵アリスと虹色ボイス事務所の関係に亀裂が! とか好き勝手に書かれたら面倒だからね。虹色ボイス事務所の公式発表として言っておくと、今のところ真宵アリスの海外進出はないから。だから妙な行動は慎むように。やるとすれば洋楽の歌ってみたを増やすぐらいね』
怒鳴りつけられない。
優しく諭された。
これはマジな奴だ。逆らってはいけない。
「ないのですか。ではなぜ教材を?」
『巻き藁斬り動画が広まったおかげで配信に色々な国の方も見に来てくれているからよ。コメント欄に英語のスパチャとかが流れたとき、すぐに挨拶とコメント読みできるようになった方がいいでしょ』
「確かに! つまりねこ姉の車に乗せられて気づいたら、グランドキャニオンのどこかで放り出されるアメリカ横断ドッキリはないんですね!?」
『ないわね。えっ……ないわよ!? そんな壮大なドッキリに備えていたの? いくらねこだって車を運転しながら海外に迷子は……太平洋の途中で気づくはずよ』
「……太平洋までは出るんだ」
:出た!
:お?
:初手謝罪
:マネージャーさん疲れてる?
:最近大変そうだからな
:説明忘れで黒猫メイドロボ伝説にまで発展した一年前の反省が活かされてる
:ネットニュースありそうw
:公式で海外進出否定きたw
:真宵アリスの洋楽歌ってみたはマジで楽しみなんだが
:英語コメ確かに多いな
:まともな対応だった
:トゥーランドットがトラウマになってるw
:またしても壮大なドッキリ疑ってたwww
:なんで巻き藁斬り動画ブームでアメリカ横断を想定してんだwww
:マネージャーもそこまで読めてなかったか
:いつの間にか国を脱出する可能性は否定できてないw
:太平洋w
『ごほん! それにアリス。今日の告知を覚えている? もうそろそろ虹色ボイスの公式サイトでも情報が発表される時間だけど』
「はい。覚えています」
『あの内容で真宵アリスの海外進出とか余裕があると思う?』
「そういえば私はかなり忙しかったような?」
『アリスだけではなく、私も事務所もかなり忙しいわね。今は海外に向けて活動する余裕はないわよ。そんなわけで業務連絡は終わり。予定通り告知よろしくね』
――ガチャ!
内線が切られた。
どうも海外進出は本当にないらしい。
つまり私の勘違い。またしても勘違い。申し訳ない。
目覚めたらグランドキャニオンの雄大な大自然が視界いっぱいに広がるドッキリはなかった。
よし! 謝罪して告知だ。
「どうもご迷惑をおかけして申し訳ありません。今回も叛逆ならずです! 全ては勘違い。私はグランドキャニオンの麓までトゥーランドットされません」
:告知?
:そういえば今日重大発表があると宣伝されていたような
:アリスが忙しくなるのか
:事務所にそんな余裕がないはマジっぽいな
:業務連絡が終わった
:叛逆ならずwww
:最初から目論むなw
:勘違いでグランドキャニオンの麓までトゥーランドットを想定するのはさすがアリス
:富士山の麓までは行ったからありえない話ではないのが笑えるw
「それでは告知です。我らが虹色ボイス一期生について。花薄雪レナ先輩。白詰ミワ先輩。竜胆スズカ先輩。胡蝶ユイ先輩。四人のアイドルユニット『アルコイリス』が本格的に再始動! 全国ツアーライブ決定しました! パチパチパチパチ」
虹色ボイス事務所として大事な発表だ。
配信業と後進の教育を優先していた一期生が自分たちの活動を優先する。
ずっと停滞していた時間がついに動く。
「そしてなんと一期生の四人がそれぞれ個人のチャンネルを開設します! 先輩方の個人活動発信ですよ!」
実のところ私はまだこの虹色ボイスの変化の重みを理解しきれていない。
活動してまだ一年だ。三期生が知らない時間の流れがある。
この発表のとき、私達三期生は純粋に応援した。
一期生の先輩方は晴れやかに笑っていた。
でも二期生の先輩方は泣いていた。
……泣いて喜んでいた。
一期生の先輩方にしかわからない喜びがあるのだろう。
二期生の先輩方にしかわからない重圧があったのだろう。
心を注いだ時間の分だけ想いがある。当人にしか知ることのできない重いがある。時間は積み重なっていく。
本当は昨年のアニバーサリー祭。私達三期生がデビューする前から計画されていたらしい。
けれど余裕がなかった。虹色ボイス事務所の歩みは決して順調とは言えない。実は三期生のデビューも危うかったぐらいだ。
だから一期生はずっと自由には動けなかった。
虹色ボイス公式チャンネルを一期生の四人で運営することで配信の質と量を維持する。配信は情報発信とファンサービス。事業としてはイベントや企業案件を中心にする。こうすることで虹色ボイスの看板を守っていた。
だが状況が変わった。
二期生三期生の活動が軌道に乗った。虹色ボイス事務所の内部の体制も変化したし、外部からの評価も向上した。
今では一期生四人の人気に依存しなくても、全体が回り始めている。
「それに伴い虹色ボイス公式チャンネルでの一期生の活動は縮小。その空いた枠に二期生の先輩方と三期生の私達が入ります。私も週に一度。セツにゃんと一緒にレギュラー番組を持つことが決まりました!」
ようやくだ。
ようやく一期生が自由に動くための余裕が生まれた。
ユニットとしてのライブイベント活動の強化。
個人チャンネルの開設で個々の自由な活動も活発にしていく。
一期生はこれからさらに忙しくなるだろう。
もう今までのように頼れない。
頼ってはいけない。
この告知は二期生の先輩方と私達三期生が一人前だと認められたことを意味する。
一期生とともに私達も虹色ボイスの看板を背負うことになったのだ。
:一期生?
:えっ!?
:マジか
:全国ツアー行うの!?
:とうとう一期生も個人チャンネル開設か
:そういや今までなかったんだよな
:虹色ボイス公式チャンネルが一期生のチャンネルだったからな
:ユニットとしても個人としても発信か……これは忙しくなるな
:それじゃあ公式チャンネルはどうなるの?
:さすがに今のままは無理だろ
:二期生と三期生が枠取るのか!
:本当の意味で虹色ボイスの看板を背負うんだな
:アリスとセツにゃんのレギュラー番組!?
:二期生……まさか公式チャンネルでもコントを始めるのか
:公式サイトでも色々と情報が出てきたw
:虹色ボイスの大規模な組織改革
:そりゃあアリスにも事務所にも海外進出するだけの余裕はないな
:……公式サイトだとアルコイリス単独ではなくて虹色ボイスの全国ツアーライブなんだが
:え?
:メインはアルコイリスだけど看板が虹色ボイスか
:まさか二期生三期生メンバーも出るの?
:リアルとバーチャルの融合させた新時代ライブ
:サプライズゲストも参加予定
:Bannkett!も出るんじゃねーのこれ!?
:アリスが有観客に出るとは思えないけどリモートならありえるな
:もしかしてアリスのスタージャムのライブは全国ツアーライブのテストの意味合いもあった?
:あれと同レベルのライブを生で見れるのか
:すでに技術的には完成していたから可能だろうな
:アリスもよかったけど新しい四人のライブも生で見れるのか
:やばい……凄く見に行きたい
:チケットの予約はいつからだ? もしかしてもう始まってる?
:受付開始はまだっぽい
:生で巻き藁斬りが見れるチャンス?
〇-------------------------------------------------〇
作者からの連絡。
ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。
重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。
第二章のセルフオマージュです。
虹色ボイス事務所も成長してます。今回は忙しくて雑になりましたが、普段は報連相をしっかりしています。
第二章のようなトラブルには発展しませんでした。
真宵アリスの叛逆もならずです。
虹色ボイス事務所も成長していくという話でした。
次話からが本格的な締めですね。
まだ調整中ですが残り三話。5/20に完結予定。
これよりももう少し続くかもしれません。
今話でわかると思いますが、ストーリーの終わりとして締めではないです。
これからも活躍の場が広がる。
明るい未来に進むエピローグをやる予定です。
応援や評価★お待ちしてます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます