第194話 デビューから一周年記念生配信①-ずっと叫びたかったこと-
なんか話題になり過ぎた!
スタージャムは放送中から色々と大変だった。
数に余裕を持たせていたはずの物販は複数のサイトを巻き込んで壊滅した。
風切り羽は日本刀サイズで百万円。購入には諸々の審査も必要だ。さすがにそれほど売れないだろう。
そんな甘い想定が数分で崩れ去った。
どれだけ注文がきても生産量は増やせない。
先着順だったものが抽選に変わるほどの大盛況。
……一体なぜ?
なぜで言えば他にもある。
なぜか地上波のワイドショーでもスタージャムは取り上げられたらしい。
警察が動いていたこと大きかったみたいだ。そのせいで虹色ボイス事務所の周りには記者が張りついていた。
困った。このまま虹色ボイス事務所に行けない。
困った困った。家でぬくぬく引きこもるしかない。
一応ボイストレーニングなどの予定が狂ったので、本当に少しだけ困った。
月海先生から「いい機会だから自宅で基礎トレだけして休め」と言われたので問題にはならなかったけど、外に出れなくて困ったのは事実だ。
私が外に出れなくて困る日が来るなんて、ずいぶんと遠い場所に来てしまったと実感したものだ。
マネージャーからも連絡があった。諸々片付くまで配信活動を休止するようにとのお達しだ。そんなわけでひさしぶりの完全なオフだった。
本当に家で引きこもるだけの日々。
世間一般では退屈かもしれない。
私には戸惑いも躊躇いもない。まったり引きこもりを満喫した。
本当に困ったのは記者の取材だ。
カメラ厳禁の約束だったのに、記者さんが盗撮用としか思えない小型カメラを回していた。警備関係のことで相談に乗ってくれていた婦警さんにそのことを報告すると、その場で逮捕となった。
虹色ボイス事務所は事態を重く見て、取材拒否の声明を出すに至った。
また事務所周辺に張り付く迷惑行為に関しても、警察に対応をお願いしたらしい。
久しぶりの外出だったのに散々な結果。
やはり私は外に出るべきではないのかもしれない。
あとセツにゃんがいつも通りやらかした。
アリスさん祭壇とは一体?
そのせいで風切り羽関連以外のグッズも壊滅した。
現在私のアクリルスタンドは入手困難らしい。
セツにゃんが私のアクリルスタンドを十三枚も並べながら、力説していたので信ぴょう性は怪しいけど。
他にも本当に実写なのか検証班が動いたり、海外でなにかあったらしい。
そう聞いているがさすがにそこまではエゴサーチをしていない。
環境の変化に振り回されてはいけない。
私は希少になってしまった引きこもり生活に集中しなければいけないのだ。プロの引きこもりとして大切な心得だ。
そんなわけでここ数日は私は引きこもりを満喫していた。
充実した日々だった。
ついさっきまでは!
ここ数日マネージャーはかなりやつれていた。
連日残業続き。
夜遅くに帰ってきて、お風呂に入り、お酒も飲まず食事だけ取って泥のように眠る日々。
うん……毎日家に帰らずうちに来ていたから、お疲れなのは知っている。
知っているけど、それが私の身にも降りかかるならば話は別。
先ほどマネージャーから大量の英語教材を渡されてしまったのだ。
英会話の勉強をしろと?
理由はわからないが真宵アリスの海外進出が噂されているらしい。
これは危機である。
日本国内さえ外に出れないのに海外進出?
ありえない。
あってはならない。
今度こそ虹色ボイス事務所に叛逆しなければ!
そんなわけでひさしぶりの生配信をすることになった。
いつも通りのルーティーンを開始する。
(アバター真宵アリスをインストール)
すっかり馴染んだルーティーン。
けれど惰性にならないように丁寧に繰り返す。
自分の中に理想の自分をゆっくりと落とし込む。初心を思い出して初期化する。今までを振り返りアップデートする。
こういう時はメイドロボでよかった。
ロボなので心の中をいつも凪の状態に戻すことができる。
いつもならば配信の向こう側。
輝きを放つディスプレイに目を向ける。
けれど現在私の目の前にあるのは巻き藁だった。
巻き藁だ。
どこからどう見ても巻き藁だ。
心は凪だ。
薙ぎかもしれない。
私の心は揺れていない。
今日は自室からの配信ではない。
動けるようにスタジオ入りしている。
全てはやつれているマネージャーからの指示。
今日の配信はご新規さんが多くいることが予想できる。
だから実写でやったことを、バーチャルで再現する方針らしい
さあ今日もステージの幕を開けよう。
いつも通りに。
楽しみながら。
見てくれるリスナーが笑顔になれるように。
:さすがに今日は新規が多いな
:話題を席捲しているVTuberだからな
:はじまっ……た?
:巻き藁www
:冒頭から巻き藁どアップやめいwww
:ここ数日親の顔より見た巻き藁さんだw
:全部斬られた姿だけどな
:まさかやるのか?
:アバターが映った……アバターだよな
:検証班! 検証班はいるか!?
:立体的でメイド服で腰に刀を差しているけど光ってないから実写じゃない(錯乱)
:そこで判別するのかw
:普通は実写の方が光らないんよ……
:さすがにアバターだよな……なぜかだんだんと自信がなくなっていく
:アリスが風切り羽に手を
:斬った!!!
:本当にやったwww
:速い……抜いたの見えなかった
:巻き藁さんがいつも通り一刀両断されて傾き落ちていった
:最近何度も見た光景
:つーか駆けて勢いつけなくてもアリスって巻き藁を居合切りで斬れるんだな
:色々な角度から巻き藁さんの斬られる実写映像が繰り返されるの草
:生配信で巻き藁を斬るVTuber
:挨拶前にやることじゃないwww
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆様おはようございます。世界に叛逆しましたが、まだまだ叛逆の意志を持ち続けている暴走型駄メイドロボ真宵アリスです」
スタジオなので今日はいつもよりもアバターが動く。
左右に揺れるとそのまま反映される環境だ。
その場にくるりと一回転して、カーテシーを決めてニッコリと笑う。
そしてお約束となっている警告文を出す。
「それでは今から大声を出します。リスナーの皆様はスピーカーの音量に注意してください。またヘッドフォンやイヤフォンの着用をお勧めします」
:まだ叛逆するつもりなのか
:世界トレンド取ったのにまだ叛逆するものがあるのか
:可愛い
:相変わらず体幹ブレないな
:笑いながら言うことじゃないw
:ふ……準備は万端……だから車両の皆もきょろきょろこっちを見なくても大丈夫だ
:長文アニキ身バレしてるじゃねーかwww
:相変わらず車両内の同時接続率高いな
:リスナーが集まる車両
「外で視聴している方、家族と同居している方は再度ヘッドフォンやイヤフォンの接続を確認してください。今回はいつも心の中で思っているけど言えないことを言います」
今日の同時接続数は事前に伝えられているた通り多かった。
別に事件を起こすつもりはないいつも通りの配信だ。
巻き藁斬り以外は特別なことをするつもりはない。
だから期待に応えられないかもしれない。
でもいい機会だから叫んでみよう。
「大事なことなのでもう一度言います。音漏れしたら社会的に死にます」
本当に。
音漏れされると私が恥ずかしいので。
:いつも思っているけど言えないこと?
:なにを叫ぶつもりだ
:祀るなかな?
:神様扱いされているからな
:座敷わらしではなぁーいとか?
:そっちか
:アリスさん祭壇を設置すると座敷わらしを招いている気分になる
:魔除けではなく福を招く存在だった?
:ご利益多いな
急なお願いだったが皆慣れたものだ。
大喜利を始める余裕さえある。
……今から叫ぶ内容を変えてやろうか。
でも初志貫徹。
別に座敷わらし扱いされて祭壇に祀られるぐらいどうってこと……ない。はずもない。深く考えないことにしている。
無視しよう。
「ではカウントダウン。じゅうきゅうはちななろくごよんさんにいち!」
:いつも通りの高速カウントダウン
:この速さになれた
:どんとこい!
:ん?
:叫ばない?
:ミュートした?
一拍置いた。
気持ちを溜めた。
勢い任せに叫ぶのがもったいなくて。
「みんなぁーーーーーっ! いつも応援ありがとぉーーーーーっ!! 大好きだぁーーーーーっ!!!」
スタジオの音響がキーンとハウリングする。
今の私が出せる一番の声量が出せたと思う。
自宅だとマイクの性能が足りない。
スタジオだからできる感謝の伝え方だ。
:…………
:……
:死んだ
:笑顔が眩しい
:あかんキュン死者が
:これがさっき巻き藁を斬った奴のセリフか
:リスナーも一刀両断された
:物理以外も強い
:いやこっちが本職だから
:本職の方が切れ味いいな
:い……今起こったことを説明するぜ……今日は一切音漏れしなかった……できなかった……悶えるのに必死でヤバかった……この車両には悶えている奴大勢いる……ヤバイ切れ味だった
:押忍……いやこっちこそアリスが大好きです!
:押忍の人が押忍以外書いた!?
:あかんなんか涙出てきた
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作者からの連絡。
ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。
重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。
この作品は毎週金土18時に1話ずつ、週2話更新を目指しています。
来週は5/12(金)に1話更新。5/13(土)に1話更新の予定です。
さて最終章の締めの個人配信が始まりました。
真宵アリスはいつも通りです。
世界から注目を集めても変わりません。
応援や評価★お待ちしてます。
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