第181話 世界に叛逆するネットTV配信①-真宵アリスの悲しき不正発覚-
虹色ボイス事務所所属のVTuber真宵がネットのテレビ番組に登場する。
紹介コーナーや番宣ゲストなどではない。
音楽番組『スタージャム』にメインアーティストとして登場するのだ。
VTuber市場は日々拡大しているとはいえ、狭くて濃い世界であることは事実だ。人気アニメの主題歌と声優を務めたことがある真宵アリスでも、当初の反響はさほど大きくはなかった。
VTuberに興味がない層は当然いる。興味があってもミュージックビデオを流す程度ならば出演番組は見ない。真宵アリスのチャンネルを見に行けばいい。
わざわざ出演番組までチェックするのは積極的に活動を追いかけてくれるファンぐらいだ。
大きなイベントでは十万人を優に超える熱狂を生み出していても閉鎖的業界なのは変わりない。
その流れが変わったの番組内容が緊急生放送のライブになってからだ。
元々虹色ボイス事務所は仮想空間でのライブの技術力に定評がある。アニバーサリー祭のライブ映像もこれを無料で公開するなんて、と反響があったほどだ。
ライブパフォーマンスは一期生と二期生よりもインパクトで劣るかもしれないが、歌唱に関してはすでに虹色ボイス内でトップクラスの真宵アリス。
その真宵アリスがスタージャム内で新曲発表有りの生ライブをすることが発表されたのだ。
消極的なファン層も見てみようと集まりだした。
なにより虹色ボイスの真宵アリスを除くVTuber十一人が一斉に宣伝し始めたことも大きい。
ただの宣伝ではない。
全員が口を揃えて必死に訴えかけてくるのだ。
「真宵アリスのスタージャムを皆見てほしい。例の件は知っている? あの件でアリスちゃんが怒って暴走しているの。そして急遽生放送が決まった。私達も内容の詳細は伝えられていない。でもなにかがおかしい。というかヤバい。心配で私達は見る。だから皆も見守ってあげて。皆で見ればたぶん怖くない! 関係している事務所スタッフが遠い目をしていて私達も怖いの! だからお願い! 皆も見て!」
不穏だ。
不穏過ぎる。
例の件。真宵アリスの顔写真が個人情報がばら撒かれたことは少し調べればわかる。個人情報はともかく顔写真入りのコラ画像は簡単に入手できるほどに広まっていた。
真宵アリスが怒るのも無理はないだろう。
けれどそこから生放送ライブになった経緯がわからない。
少しでも真宵アリスを知っているリスナーは『今度はなにをやらかすんだあの暴走娘は』と戦々恐々とした。
ずっと真宵アリスを追っている古参のリスナーは思考を放棄した。必ず見るとだけ決めて、余裕の笑みを浮かべるだけだ。どうせ真宵アリスのすることは予想の斜め上を行く。悩むだけ無駄だと学んでいるのだ。
そしてついにスタージャムの放送開始時間となった。
一部の古参リスナーは開始時間のフライングも考慮して待機していたが、自チャンネルではないのでさすがにそれはなかった。
オープニングを務めるのは真宵アリスではない。
虹色ボイス事務所所属のVTuber桜色セツナと、ぽかーん状態の声優の雨宮ひかり。
雨宮ひかりは事情を一切聞かされていない。当日に呼び出されて、アバターと司会の仕事を与えられただけだ。ぽかーんなのも仕方がない。
業界内外問わず激震させる伝説の生配信の始まり。
この日、世界は真宵アリスに叛逆されることになる。
:急に生配信ライブが決まったな
:真宵アリス近辺で色々あったから
:不穏なことが起きる
:真宵アリスの暴走で生配信になるとか怖すぎるw
:怖いもの見たさなところはあるな
:ロリコーン事件のときよりは酷くないけど胸糞悪い
:クソコラ祭はバカだろ
:VTuberを貶めたい炎上させたい集団が仕掛けたらしい
:やっぱりそう奴らいるんだ
:誹謗中傷を繰り返すバカが一人いてそいつに便乗した形
:なにも知らない人間にこの画像で遊んでいいぞと連投しまくったと
:めんどい
:あいつらVTuber界隈はめんどくさいと思わせるのも目的だから
:他人の足を引っ張れればどうでもいいんだろ
・
・
・
:始まったぁーーー!
:ん?
:開幕はセツにゃんと?
:雨宮ひかりw
:ぽかーんwww
桜色セツナ:「初めましての方は初めまして。いつも応援してくれている方はおはようございます。開幕が真宵アリスさんじゃなくて皆様ごめんなさい。オープニングの司会を務めさせていただくのは、虹色ボイス三期生で真宵アリスさんと同期生。桜色の今を大切にしたい桜色セツナと。……ひかりさんぽかーんしてないで挨拶です」
雨宮ひかり:「えっ!? あっはい! 雨宮ひかりです。虹色ボイス事務所には所属してないしVTuberでもありません。声優です。えーと……私はなぜ出演しているのでしょう?」
桜色セツナ:「この二人でオープニングをお届けします」
雨宮ひかり:「疑問に答えて!? 私は今日の昼に事務所から『真宵アリスさんのライブに行きたい?』と連絡もらって直行してきただけで、番組出演の話とか一切聞かされてないんだけど!」
桜色セツナ:「今日はオフだったのですよね?」
雨宮ひかり:「オフよ! 真宵アリスさんのスタージャムを見るために予定を空けていたからね。当日になってその番組に出ることになるとは思ってない!」
桜色セツナ:「昨晩にそちらの事務所に打診したら面白そうなのでオッケーと言われています。以上、説明終わり」
雨宮ひかり:「全てが雑! はぁ……もう私のことはそれでいいわ。それで今回のスタージャムもそうだけど、真宵アリスさんは大丈夫なの? 色々あったみたいだけど」
桜色セツナ:「珍しく激怒してました」
雨宮ひかり:「そりゃあ……ね。色々好き勝手やられたら怒るよね」
桜色セツナ:「アリスさんの怒りの余波を真正面からで受け止めたため、虹色ボイス事務所の島村専務が検査入院しました。おそらく胃潰瘍」
雨宮ひかり:「想定外の人が大丈夫じゃない!?」
桜色セツナ:「……虹色ボイス事務所で絶対に怒らせてはいけない人はアリスさんです」
雨宮ひかり:「人を怒らせてはいけないのが前提だけど。そんなに怖いの?」
桜色セツナ:「私はアリスさんに喧嘩を売った人たちの命が心配です。今日のアリスさんは殺る気に満ち溢れてます」
雨宮ひかり:「え? ちょっと待って。字幕にサツと読む漢字が当てられているんだけど」
桜色セツナ:「本日のアリス劇場。私達の役割はアリスさんの暴走劇の衝撃を少しでも和らげること。責任重大ですよ」
雨宮ひかり:「……そんなに凄い内容なんだ」
桜色セツナ:「それではアリスさんに出てきてもらいましょう。虹色ボイス三期生真宵アリスさんの登場です!」
雨宮ひかり:「登場です! ……なにも聞かされてないから段取りがわからない」
そしてライブステージに降りていた幕が上がる。
ステージ上からスモークがあふれ出る。現れたのは聳え立つ怪物の箱。その横には小柄な猫耳パーカーの少女が立っていた。
バーチャルではない。全て現実の映像だ。
:相変わらず雨宮ひかり扱いに愛があるな
:急に呼ばれて当日出演決定とか
:オフの理由がこの番組を視聴予定だったから
:俺らかな?
:実際こっち側から当日出演側になっているから持ってる
:一気に人気声優の仲間入りした愛されキャラのピカリン
:やっぱり真宵アリスは怒っているのか
:なんかセツにゃんは冷静だな
:アリスよりも怒ってそうなのに
:島村専務が病院送りw
:虹色ボイス事務所内でなにが起きたんだ
:桜色セツナが喧嘩を売った側を心配している
:なるほど……アリスの怒りを目の当たりにして冷静になれたのか
:殺す気www
:なんかこの話を聞くだけで溜飲が下がるけど不安が膨れ上がってきた
:アリスさんの暴走劇w
:もしかして雨宮ひかりは癒し枠で呼ばれた?
:え……実写?
:リアルのライブステージだな?
:もしかして今日はバーチャルじゃない?
:あのでかい箱は見覚えある
:まさかアリス……リアルに跳ぶのか?
雨宮ひかり:「実写!? え? バーチャルじゃないの? アリスさんステージ上に立っているよね? 顔は見えないけどアリスさんだよね? それに横にある大きなのって跳び箱? なんか見覚えあるよ!」
桜色セツナ:「ひかりさん……新鮮なリアクションありがとうございます。本日呼んだ甲斐があります」
雨宮ひかり:「リアクションのために呼ばれた!? でも今は私のことはどうでもいいや。アリスさんリアルに進出するの? 私達は元々顔が売れているからそういう仕事も受けているけど」
桜色セツナ:「そのつもりは皆無だそうです。むしろ真逆」
雨宮ひかり:「真逆?」
桜色セツナ:「ネット上に顔写真をばら撒かれた。ぼやけていても自分の顔が拡散された。今日アリスさんが現実の世界に顕現したのは、ネット上に拡散された顔写真入りのコラ画像を全てデリートするためだとか。用が済めばまたバーチャルに帰ります」
雨宮ひかり:「一度拡散された画像を消す。……そんなことが可能なの? ネット上には消せは増えるの法則あるとか」
桜色セツナ:「わかりません。でもアリスさんは蹂躙するつもりです」
雨宮ひかり:「じゅう……りん。うん。アリスさんだもんね。できるのかもしれない。それであの巨大な跳び箱は? 昔のテレビ番組で見た覚えがある」
桜色セツナ:「どうせ現実の世界に顕現するなら好きに暴れまわる。今日は現実でやってみたかったことに挑戦するらしいです。手始めに怪物の箱に挑むとか」
雨宮ひかり:「手始めであんなに大きな怪物に挑むの!?」
桜色セツナ:「さてステージ上に聳え立つのは幾多のアスリートの前に立ちはだかった怪物の箱。段数は十七。アリスさんの年齢に合わせてます」
雨宮ひかり:「まさか年齢で段数を決めた? 十七段……かなり高いよね。あんなの跳べるの?」
桜色セツナ:「アリスさんは空中戦で世界を狙えます」
雨宮ひかり:「狙えるかもしれないけど!」
桜色セツナ:「怪物の箱十七段の高さ二メートル四十六センチ。アリスさんよりも一メートルと二センチも高い」
雨宮ひかり:「本当に高い!? あとアリスさんの身長一メートル四十四センチなんだ。……ん? アリスさんは配信で『頑張れば一メートル五十センチに届く』って言ってなかった? 一の桁を四捨五入しても、一メートル四十四センチでは一メートル五十センチに届かないよ?」
桜色セツナ:「……アリスさんは虹色ボイス事務所にも身長を一センチ盛って報告してました。この生放送のために測ったら不正が発覚。身長を一センチサバを読んでいたんです」
雨宮ひかり:「その一センチは許してあげて! 今世界一悲しい不正がネットで暴露されたからね!」
:そのために呼ばれたのかw
:素顔拡散されたからな
:だから出した……わけじゃないのか
:ネット上にばら撒かれた自分の顔の画像を全てデリートは無理だろ
:でもアリスならできるかもと期待してしまう
:蹂躙w
:怪物の箱だな
:やってみたかったのかw
:アリス十七歳なのか
:年齢で決める段数じゃねえ
:高さ二メートル四十六センチは完全に壁だな
:ん?
:アリスの身長一メートル四十四センチ
:サバ読んでたw
:悲報、真宵アリスに不正発覚
:そこは本当に許してやれwww
桜色セツナ:「ちなみに怪物の箱十七段は女子の世界記録です」
雨宮ひかり:「空中戦なら世界を狙えるってそういう意味だった!?」
桜色セツナ:「私達がこうして話している間に、アリスさんのウォームアップが終わったみたいです。今アリスさんが猫耳パーカーを脱ぎ捨てました!」
雨宮ひかり:「え? あぁぁーーーー! 本当にアリスさんの素顔がネットテレビで配信されてる。いいのこれ!? でも相変わらず可愛い。今日は髪まで完全にアバターに合わせているんだ。ここまでやると本当にアバターそのままだね。信じられないほどそっくり」
バーチャルなアバターをそのまま実写化させたような整った容姿。
VTuberが配信で素顔を晒したのとは違う驚きだ。
あまりにもコスプレが決まりすぎていた。
頭にはホワイトブリム。
優しい空を思わせる勿忘草色の髪はサラサラと肩まで流れている。耳部分にはメタリックな巨大イヤーカフが装着されており、猫耳のシルエットにも見える。
身にまとうのはメイド服。黒を基調とし、エプロンからスカートまでふんだんに白のフリルが編み込まれている。メイド服のスカートの長さはショートバージョン。膝上の長さだ。
お尻から伸びる猫のしっぽ型の充電ケーブルは腰に巻かれている。
この少女は間違いなく真宵アリスだ。実写でも間違えることはない。
現在その素顔がネットテレビの配信の電波の波に乗り、全世界に公開されている。
アバターと違わぬ容姿とは以前から配信で語られていた。それが誇張でもなんでもなく真実だったことに、ネット上では衝撃が走っている。
なおコスプレもメイクもプロレベルのコスプレイヤー二人の身内による完全監修だ。
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作者からの連絡。
ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。
重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。
【創作秘話】
VTuberモノの作品じゃなかったのか!
などのお叱りはあると思います。
ある意味禁じ手ですからね。
虹色ボイス事務所自体がリアルにも強い事務所です。
一期生からして顔バレしてますし、桜色セツナも顔は割れてます。
この最終章があったので、今の虹色ボイス事務所が創られたのですが。
もちろん顔写真を拡散されていなければ、真宵アリスは素顔を晒す気はなかった。
作中に書いてある通り、今回限りのつもりです。
舞台としてもリアルとバーチャル両方の演出が組み込まれてますし、リアルの顔を晒す意味も一応あります。
……色々と意味はあるのですが、この話を作った一年と4ヶ月前はVTuberへの誹謗中傷に対する裁判結果がまだ出てなかった影響はやっぱり大きいですね。
VTuberも生身の人間。
物語全体を通して人間として書いてます。
この作品のテーマの一つです。
そのための物語の構成です。
当時はVTuberをやっている演者はどうせ外に出てこない。叩き放題。そう舐めきっている人もいました。演者が外に出なくても誹謗中傷と認められると裁判結果が出たのは良かったです。よい時代ですね。
あと真宵アリスはリアルの業界への進出はしません。跳び箱も意味なく出したわけではないです。
以上、応援や評価★お待ちしてます。
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