第140話 休憩時間の裏話③-お客様から仲間に-
二期生が虹色ボイス事務所の失敗作。
本日のアニバーサリー祭の活躍からは考えられない言葉だった。
一番コメント数が伸びるのは、二期生が配信に登場している時間帯だ。
これだけでファンの多さや人気がわかるだろう。
「ウチら二期生はデビュー当初から不人気やったんや。当時の認識で虹色ボイスは一期生のもん。VTuber事務所やないねん。ファンの目当ては一期生の声優アイドルグループのアルコイリスでしかなかった。そこに無名の新人が二期生名乗ってデビューしたらどうなるか……想像できるやろ?」
「あっ……」
三期生のときとは状況が異なるのだ。
私達がデビューしたときはすでにVTuber事務所だった。個人配信もゲーム配信。他にも色々な企画をしていた。確かに一期生は絶対的な人気はある。メディアへの露出も多い。でも声優アイドルグループの事務所という認識は薄れていた。
その認識を変えたのが二期生。
つまり開拓者だ。
「お呼びじゃない。ウチらが出るのは外れ回。事務所のネームバリューもあったし、ファンになってくれた人もいたよ。でも当時は叩かれた記憶しかないかな。アンチの声の方が目につくし、耳に響くからな。頭に残り続けるんよ」
「それは……その……」
なんと言葉を返せばいいんだろう?
苦労しましたね、と他人事のように返せない。
二期生のおかげで今があります。ありがとうございました。そんな風にお礼を言うのもおかしい。
反応に困っている私に苦笑して、何事もなかったかのようにキツネ先輩が続ける。
つまり気にするな、だ。
「元々虹色ボイス事務所はリスナーに声優ファンが多かった。既存のVTuberのファン層とは異なるんよ。だからアンチも多い。声優がVTuberに真似ごとしてるってな。ウチら二期生はその標的にされたんやろな。それでも続けていれば認められるしリスナーも増える。一期生の先輩方も二期生のことを気にかけてくれていたし。最初に人気が出たんわアオリンや。歌があったからな」
「歌ですか?」
「ああ。歌が上手い奴は叩かれへん。だって聞けば実力わかるからな。歌の世界は実力主義や。プライベートで不祥事とかなければ認められるんが早いんよ。わかりやすい勲章を下げている奴を認めへんのはダサいやん。事務所がアリスちゃんに歌手活動を優先させているのも同じ理由やろな」
「え……そうだったんですか?」
「たぶんな。知らんけど」
「……知らんけど」
突き放されているわけではない。
『確認したわけではないので正確かわからない個人的な意見です』
そんな意味をもつ関西の方言だ。
言われてみればその可能性はある。
歌を出したことで注目された。仕事は増えた。かけられる声も多くなった。歌を否定されたことはない。身を守るための肩書として機能している。
歌のレッスンを開始するときもマネージャーから「実績があった方がいい」とは言われていた。あれは売れるためではなく、身を守るためだったのかもしれない。
ちゃんと説明されていないのでわからない。でも間違っている気はしない。知らんけど。
「その次はカレンや。あいつはデビューで飲酒配信したバカやからな。アンチも多かったはずやのに、いつの間にかファンの方が多くなってた。凄い奴やねん」
「嬉しそうですね」
「そうか? まあええわ。アオリンとカレンが認められると、まとめ役やったヴァニラも人気が出てきた。当時はロリっ子お母さんとか言われていたな。常識人でツッコミ役で。決して順風満帆ではないけど、皆は徐々に徐々に受け入れられていった。あいつらは本当にキラキラ頑張っていたからな」
「キツネ先輩は?」
「ウチもいつの間にかリスナーがついていたな。でもウチが行動したからやない。一期生を含めて他のメンバーがゲーム配信する度に呼ばれる。ウチがいれば周りの助けになるという認識や。虹色ボイスのサポート要員やな。つまりお客様として認められただけやった」
「お客様ですか」
「そうお客様や。だから他のメンバーが前に進むほどに、ウチの疎外感も酷くなっていった。ゲーム関連で呼ばれる以外やと、ウチは逃避するために黙々とゲームの耐久配信してたな。ゲームせんときも一歩も家から出ず、ネットを巡回して匿名で書き込んだりとか。かなり生活が破綻してた。だから今でもリスナーから『キツネ寝ろ』とか言われるんや」
「そのリスナーさん達はずっとキツネ先輩を見ていたんですね」
「……ありがたいことにな」
そう呟くとキツネ先輩は缶コーヒーを飲む。
今度は顔をしかめなかった。甘さに慣れたのかもしれない。
「ウチが腐っている間も一期生の先輩方には世話になった。リンリンランラン先輩は騒がしく巻き込んでくれた。ゲーム好きなレナ様から攻略情報とオススメをよく聞かれたな。そしてミワ先輩は真面目に相談に乗ろうとしてくれた」
「なんだか想像ができます」
「二期生の仲間も声かけてくれた。それでもウチの中の疎外感は深まる一方や。去年のアニバーサリー祭のときも、ウチは見学している時間が長かった。皆は必死で頑張っていたのにな。ただそのおかげで去年と今年のアニバーサリー祭の違いを客観的に比較できる。雰囲気が全く違うで。ウチだけやなく一期生含めて全員が違うんやけどな。アリスちゃんは去年の映像見たか?」
「資料として確認させていただきました」
「お客様やったウチが言うのもなんやけど、あんまり盛り上がってなかったやろ」
「いえ! そんなことは!」
「配信としてはそれなりの成功やった。でもウチはその場にいてつまらんかったんや。盛り上がりは今年と比べたら全くの別物。たぶん一期生含めて、誰も成功の手応えがなかったと思う。舞台袖でずっと見学してたからな。皆の頑張りは知ってるつもりや。でも歪やった。去年のリスナーが求めていたのは一期生や。二期生はおまけ。演者のやりたいとリスナーの見たいが違ったんや。かみ合わへん。去年は一期生もヴァニラ達も、今日のアリスちゃんみたいに必死に役割に徹していた。表情から大変さと忙しさばかりが伝わってきたんや」
「今日の私みたいに」
つまり余裕がない。
今日の私はリスナーさんに楽しんでもらおうとは思っている。けれど自分の役割に集中しすぎて、周りが見えていなかった。
元々がボッチだ。集団行動の経験があまりない。不得意と断言していい。慣れていないのだ。空回りしてしまったのはそのせいでもあるのだろう。
だが私と違って先輩方は経験豊富だ。余裕のない姿なんて想像できなかった。
配信では笑顔の部分しか映されない。綺麗な部分しかわからない。
そのときに現場にいた人にしかわからない空気があるのだろう。
あえて今年との違いに言及すれば、内容も時間割も杓子定規だった気がする。サプライズもアドリブも少なかった。むしろ今年がサプライズの連続すぎて参考にならない。
去年のメインが一期生だったのは間違いない。一期生が揃っているときは盛り上がっている。コーナーによって当たりはずれがあった。一期生が全く出ないシーンだと、露骨に盛り下がっている時もあった。
やりたいことができないもどかしさ。キツネ先輩の言う歪さがあったのかもしれない。
「でも今年は違うで。やりたいことと求められてることが一致しとる。皆が笑ってんねん。一期生の先輩方が楽しそうや。リスナーも笑ってる。三期生のおかげやな。総合司会を一期生以外がやるなんて、去年やったら考えられへんことやねん。今年のアニバーサリー祭でよくわかったわ。一期生の求めていたイベントはこれや。自分たちが主体のイベントやない。皆で一体となれるお祭り騒ぎをずっとしたかったんや」
それが去年と今年の違い。
三期生がデビューして、二期生が再起の大躍進を遂げた。
三期生のおかげと言われたが、決して三期生だけの力ではない。
一期生がいてくれるから安定する。二期生が暴れてくれるから賑やかになる。だから三期生は安心して務めを果たせる。
「先輩方は今年のメンバーなら大丈夫。そう判断してメインどころを後輩に譲ったんやろな。今のウチらなら誰が主役を張っても盛り上げれる。ウチら信じてくれたんや。一年越しリベンジ成功や。もちろんウチら二期生も尋常やないくらい楽しい。充実してる。でも一期生の先輩方の心からの笑顔がなにより嬉しいな。ああ……活動続けててよかった。今日は心底そう思ったわ」
本当に嬉しそうに。
キツネ先輩は去年ではなく今年のことを語った。
羨ましい。達成感はある。でも残念ながら今年の私は純粋に楽しめていない。
仲間の笑顔を眺める余裕まではなかった。
だからさっき言われたのだ。
周りに頼れ。気負わず失敗しろ。今を楽しめと。
総合司会のリズ姉もミサキさんも、ちゃんと周りに頼って自分の仕事をしている。頼れる先輩がいるから安心して舞台の上に立っているのだ。私は周りに頼ることができていなかった。
私も皆の輪に入りたい。お祭りを楽しみたい。ただ配信を成功させるだけでは駄目なのだ。
終わり間際になって、ようやくアニバーサリー祭の楽しみ方を理解できたのかもしれない。
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