第94話 塗り替えられていく収録現場④_side雨宮ひかり
イリアは演技していて、とても楽しい主人公だ。
事態に振り回されて繊細な心が引き裂かれていく。受け止めきれない現実に慟哭をあげながら変貌を遂げる。その過程がどうしようもなく悲しくで健気だ。
『アームズ・ナイトギア』は最初はよくあるファンタジー学園モノ。美少女が怪物と戦うライトノベルだと思われていた。
序盤はイリアも前向きで明るい典型的なヒロインだ。
ある意味テンプレートな設定。アニメ化するまで人気が出た理由は、テンプレートの設定を裏切るハードな展開にある。
天真爛漫だったヒロインが人間兵器と恐れられるまでに豹変する。
タイトルにあるアームズ――つまり兵器は主人公イリアのことを指す。
そのタイトル回収がなされるまでの序盤の流れを第一部と呼ぶ。
(物語の主人公として背負う重い過去。その過去に負けずに明るく振る舞う人柄。始まりはやはり定番かもしれない)
人類の敵アモーポスに住んでいた都市を襲われて両親を失う。
危機に瀕した少女イリアは魔力が覚醒して抗う。
その抵抗があったからこそ救助が間に合うのだが。
(このときにイリアは故郷と両親を失い、代わりに様々なモノを得る。無力感。憎しみ。高い魔力の発露。ナイトへの憧れ。そして守るためとはいえ妹に後遺症が残るほどの火傷を負わせてしまったトラウマ。自らの力である炎に対する忌避感が植え付けられる)
叔父夫婦に引き取られたあとのイリアは高い魔力の資質を買われて軍の訓練生となる。憧れはあったが正義感などない。妹の治療費目的だった。負い目もある。
けれどイリアは妹の火傷の件がトラウマとなり、炎属性が発動できなかった。
自分の属性も満足に使えない落ちこぼれ。他と協調できないはぐれ者が集う第八訓練小隊に配属されてしまう。
そこで運命と出会うのだ。
(この頃のイリアは諦めが悪いだけ。空元気で明るく振る舞う。内心は焦りが強く、気持ちばかり先走って前のめりになっている)
やる気のなさそうなプレシア教官から課される過酷な命令。そのほとんどが魔力の制御能力に重きを置かれた基礎反復訓練だった。全ては炎の暴走を恐れるイリアのためだ。
どんなに考え抜かれた訓練内容だろうと未熟なイリアには伝わらない。
本当に意味があるのかと反発する。でも炎属性の発現を強要されないことに内心では救われていた。
それがプレシア教官の過去を知ることで変わっていく。尊敬するようになっていく。信頼は成果も現れてくる。
(通常ならばここで不器用な師弟関係が構築されていく。しかし、そうはならなかった)
プレシア教官が倒れるのだ。
余命幾ばくもないことをイリアは知ってしまう。
再び戦えば死ぬ身体。今も延命治療を受けている状態。日常生活にも支障が出ている。
本来ならば死期はもっと先。少なくとも後方で退いた時点では余生を教官職に費やす時間は残されているはずだった。
ここまで悪化したのは教官職に就いてから無理をした結果だ。
壊滅しつつある近隣都市からの救援要請に応えて出動した。
そこで運命に抗う少女の炎を見た。助けるために無茶をした。
イリアのことだ。
イリアの命の恩人で憧れたナイトはプレシア教官だった。プレシア教官もまた配属前からイリアを知っていた。再会できていたことよりも救助の裏側で消費された命に涙を流す。
そこでプレシア教官が初めて笑みを見せた。
『絶望的な状況の中。必死に抗う命の輝きを見つけたんだ』
病との戦い。迫りくる死の恐怖。それに立ち向かうための勇気を貰えたと。
プレシア教官の言葉でイリアは炎のトラウマを克服する。
そして教え子として恥じないように強くなろうと決意するのだ。
(炎属性を解放したイリアは最優秀訓練生に選ばれるほどに成長する。ここまでは行き過ぎた尊敬の念こそあれ健全な師弟関係。もしもこのままプレシア教官の寿命が尽きるまで寄り添えていたら……そう思わなくもない)
イリア達がいる都市がアモーポスに襲撃される。
奇しくも相手はイリアの故郷を壊滅させた偽装型。アモーポスは通常であれば力を増すほど巨大になっていくのだが、人間サイズで圧倒的な力を誇る変異種だった。
守備隊は壊滅し、本隊の救援がたどり着くまで訓練生も動員された。
イリアを中心に訓練生は立ち向かう。見せ場はあった。不意を突いて渾身の一撃も与えた。だが死力を尽くしても外装一枚も貫くことができなかった。ただ蹂躙されて絶望する。
故郷を奪った同じタイプの相手への敗北に心が折れる。
(故郷壊滅の再現。絶望的な敗北。両親の死のフラッシュバック。イリアは強くなった。強くなったはずなのに……なにも意味がなかった。無力感が心を蝕む。だが救いの手もまた再現される)
あってはいけないプレシア教官の背中だった。
『よく頑張った』
それが最初で最期の誉め言葉になる。
戦えるはずのない身体。装着しているのは出力の低い練習機。魔力はすでに訓練生にも劣る。
そのはずなのに圧倒する。
積み上げた技量で猛威を受け流し、わずかな魔力を極限まで研ぎ澄ました小さな刃でアモーポスを切り刻んでいく。
理不尽なほどの強者であった敵がただ狩られるだけの弱者に転落する。
全てを覆す人類最強。その名を冠した背中にイリアは理想を抱いた。
このまま押し切れば勝てる。だが出力不足で決定打に欠けた。アモーポスに自爆する隙を与えてしまう。その破壊力は都市を壊滅させるのに十分だった。
プレシア教官は生命維持のためのリミッターを解除し、本来の力を開放する。命を代償とした一撃は都市外縁部に向かって、自爆するアモーポスごと全てを消し飛ばした。
そして治療を終えたイリアはお墓の前で慟哭することになる。
感情が擦り切れるまで。
(これが第一部の流れ……アニメでは一クールの折り返し。おそらく第七話辺り。次のシーンでは時が流れて、天真爛漫だったイリアが無機質な人型兵器として恐れられる。ビジュアルも腰まで長かった金髪がバッサリ切られて、肩までの短さに変化する。それが第二部の始まりだ)
当初の私の演技プランでもシナリオ上の問題はない。
私の想定していたプランではプレシア教官と対等にぶつかり合う。構築されるのは家族愛に近い師弟関係。イリアは両親に失っているので、プレシア教官に姉や母親に近い憧憬を抱いていてもおかしくはない。
プレシア教官死後の豹変は、二度も家族を奪ったアモーポスに対する復讐心が引き金となるだろう。
真宵アリスの演技プランではプレシア教官とは絶対的な上下関係がある。構築されるのは尊敬や崇拝の師弟関係だろうか。最後まで対等に向かい合うことはない。不器用過ぎたプレシア教官は全てを背中で語る。その最期は人類最強として信仰の対象になるのは十分だろう。
豹変の理由も復讐心ではない。狂信者としての豹変だ。
(一見すると当初の私の演技プランの方が人間味に溢れている。でも今考えると……弱い)
感情の流れは理解しやすい。
けれどアモーポスに対する復讐心を抱く人が作中の世界にどれだけいるのか。復讐心だけで変貌し、強くなるのはあまり面白いとは言えない。
それに血の繋がった家族である妹が生存している。豹変の理由として弱い。
復讐とは突き詰めれば破滅願望だ。
対象が明確であり、末路が悲劇的である。この二つの要素が復讐劇を成立させる。
未知の怪物に対する復讐心だけでは空しいだけだ。残された妹をどうする。
今後の成長性も発展性も乏しい。
視聴者がキャラクターの感情を理解しやすいのはいいことだ。共感を覚えやすい。でも簡単すぎれば驚きがない。面白くない。魅力的な人物像ではない。『こういうキャラだよね』と飽きられてしまう。
(対してアリスさんの演技プランならばどうなる)
狂信者として理想を追求して、どこまでも強さを求める。
その根底にあるのは身を蝕む無力感ともう追いつくことがないプレシア教官の背中。
劣等感と理想だ。
実はこちらの方が人間味が出ている。
イリアの歪んだ精神構造の現れ。
失うことへの恐れ。強さへの渇望。理想の追求。
死者に自分を重ねて異常な訓練を繰り返す姿はとても人間らしい壊れ方だ。
どうしてこうなったのだろう、という裏切り。
プレシア教官は望んでいないはず、という否定。
視聴者は感情移入しつつも『幸せになってくれ』と祈ってしまうのではないだろうか。
(同じ言動でも全ては魅せ方だ。どうして自分でこのイリアにたどり着かなかったのだろう? いや……たどり着くはずがない。この流れはプレシア教官が絶対的な存在感を放つことが前提になっている。アリスさんが演じるプレシア教官の声を聞いたからイリアが狂信者でいいと思えただけだ)
全ては真宵アリスのプレシア教官の演技が前提となっている。
あれだけ圧倒的な存在感を放つ演技ができると想定してない。
顔合わせの日のプレシア教官の演技では弱い。イリアが崇拝するような説得力が生まれない。そんな演技しか想定していなかった私に思いつくはずがない。
(結局はアリスさんの演技頼み。主人公のイリアはどこまでも引き立て役になる)
第一部でもイリアの努力はする過程は描かれている。見せ場もたくさんある。主人公に相応しい活躍をしている。
だがイリアが頑張れば頑張るほどプレシア教官の活躍が輝く。衝撃的な死を彩られる。悲劇を演出される。イリアの慟哭と絶望が深くなる。
反発から尊敬へ。尊敬から崇拝へ。崇拝から信仰へ。
イリアの弱さも強さもプレシア教官への依存が前提だ。
だんだんと肉付けされていく演技プラン。
形が見えたところで心が落ち着いてきた。内に向かっていた思考がようやく外を認識しだす。
「――やひかり君? おーい」
「やっぱり聞かせるべきでは――」
目の前で石館監督が手を振っている。
とっくにアリス劇場は終わっていた。
どれだけ熟考していたのかはわからない。
ぼんやりする頭は機能せず、つい思ったことがそのまま口から飛び出た。
「――石館監督いたんですね」
「……うん。いたね。ずっといたよね。戻ってきてくれてよかったよ。短期間に二度もこんな扱いされるとは思わなかったけど」
言ったあとにまずいとは思った。
同時に石館監督なら問題ないと判断する。
演技の世界に入り込んでいた。そう本当のことを言えばどんな暴言でも許してくれる人だ。共感さえ得られるかもしれない。
そんなことよりも気になることがある。
「短期間に二度?」
「生で真宵アリス君の演技を見た直後の桜色セツナ君にも言われたんだよ。さっきの雨宮ひかり君みたいに急に黙り込んでね。呼びかけたら『石館監督でしたっけ?』と首を傾げられたんだよ。君達二人は似てるね。自然に他人の存在を消し去るところとか」
「ありがとうございます」
「褒めてはいないんだけどね。それで……聞いてみた感想はどうかな?」
監督の問いかけにどう答えるべきだろう。
いや表情を見ればわかる。私がなにを思ったのか確信を持っている顔だ。
それなら長々と自分の考えを語るのは時間がもったいない。
だから伝えるべきことだけを端的に。
「アリスさんの演技プランに従います。そのあとは好きにさせてもらっていいんですよね?」
「ふむ……うん……うん! いい回答だ! すでにプレシア教官が死んだあとのことにまで思い至っているなんて最高だよ。普通はどう対応するか頭を悩ませるところなのにその先に行っている! 俺はどれだけプレシア教官の死を華やかに! そして悲劇的に演出するかばかりを考えていた! プレシア教官の最期を描けることが楽しみ過ぎたからだ。正直に言おう。そのあとの展開にあまり期待してなかった。でも違った。君なら期待できる! さすが雨宮ひかり君だ! この現場は最後まで楽しめそうだね!」
「……そうですね」
気に入られたらしい。嬉しくない。賛同もしたくない。
いくら実在しない劇中のキャラクターでも、その最期を楽しみにしている人とはお近づきになりたくない。
まあいいや。
演技プランが変わった。
あとはどれだけ煮詰められるか。
石館監督ではないが、第一部はプレシア教官の死をどれだけ鮮烈に描くか。そこが見せ場だ。
その死を引き立てるのがイリアの演技。私の役目だ。
怒り。反発。好意。尊敬。依存。崇拝。悲しみ。絶望。
イリアの感情の全てがプレシア教官の死に重い意味を持たせる。
そしてその最期に私は感情が振り切れるくらい慟哭するだろう。
演技の境目もなくなるぐらい感情移入しているかもしれない。
今ならどこまでもイリア役に没入できる感触がある。
それが今から楽しみだ。
……目の前の人と同類とは思われたくないけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます