第85話 真宵アリスのスランプ脱出会議②

 セツにゃんのにっこり笑顔に慄くしかない。

 それにしても自分らしさ。

 自分のことがあまり好きではない私には逃げたくなる言葉だ。

 どれだけ考え込んでも答えはでない。思考を放棄したくなる。

 そんな消極的な思考を察したのか、空気を変えるようにリズ姉が手を上げた。


「はいはいはーい!」


「リズ姉どうしたの?」


「あたしもアリスちゃんのこと好きだよ」


「ほぇ?」


「私もアリスちゃんのことが好きだからね」


「え? え? え? ミサキさんまでなんですか一体?」


 唐突に訪れた告白タイムに混乱する。

 二人とも妙にニヤニヤして私を見てくる。


「ここでアピールしておかないと。いつもアリスちゃんにはお世話になっているし、あたしたちも役に立つぞと」


「だね。これでも一応年上だし。頼りにならないかもしれないけど」


「そんなことないです! いつもお二人を頼りにしてます」


「ありがとうね。でも三期生のコラボだといつも推進力のある未成年コンビに任せきりだから」


「特に私は生配信とかあまりしないからね。口数も多いわけじゃない。それなのにコラボではいつも美味しいところを譲ってもらっている気がするし。負担になっていないか心配だから」


「負担なんてとんでもないです。お二人がいつも場をまとめてくれるから私も安心して暴走できるんですよ」


 こちらの意図を的確に察して、いつも律儀にツッコミを入れてくれるリズ姉。

 ここぞという大事なところでフォローを入れてくれるミサキさん。

 この二人がいるから自分勝手に動いても大丈夫なのだ。


「そうですね。やっぱりリズ姉とミサキさんがいると安心感が違います。こうしてアリスさんからも頼りにしていると言質も取れましたし」


「言質!?」


「セツナちゃん人聞きが悪いよ」


「だからアリスさんも一人で考え込んではダメですよ。ここには頼りになるリズ姉とミサキさんがいますから」


「……セツナちゃん。自分だけアリスちゃんから『頼りにしてます』の言葉がないからってそんな拗ねなくても」


「拗ねてません」


「あー……そういう嫉妬なわけね。ほらアリスちゃん。セツナちゃんに一言」


「えーと、セツにゃんのことも凄く頼りにしているよ」


「『凄く』いただきました!」


「……凄くわかりやすく満面の笑みを浮かべたわね」


「やる気もみなぎってきたところで自分らしさです。まずリズ姉。自分のことを好きですか? 嫌いですか?」


「唐突な質問ね。狙いは……あーそういうこと」


 セツにゃんの質問に少し首を傾げたあとリズ姉は頷いた。

 自分らしさとの関連があるのだろうか。

 リズ姉は頼りになる立派な大人だ。答えは聞かなくてもわかると思うのだが。


「あたしはあまり自分のことが好きではないわね」


「えっ!?」


 予想外の答えに思わず声を上げた私にリズ姉は優しく微笑んだ。


「最近は好きになったかもしれないけどね。でも以前は好きではなかった。それに自分のことが好きな人の方が少ないと思うわよ。特にVTuberをやろうとする人は顔とプロフィールを隠して活動している。転生とは上手く言ったものだと思うわ。生まれ変わりたい。そんな願望があるのはコンプレックスがある証拠よ。あたしの場合は容姿かしら」


「リズ姉は綺麗なお姉さんだと思いますよ。スタイルもいいですし」


「……そうよね。派手な容姿よね。でも性格はどちらかと言えば大人しい方なのよ。あたしがアダルトゲームの声優をやっていたのは知っているよね?」


「はい。それはもちろん」


「まあ元々は普通のアニメ声優志望だったんだけど仕事なくてね。親戚の伝手でお世話になっていたんだけど。その声優を目指すきっかけは友達の言葉だったのよ」


「どんな言葉だったんですか?」


 夢を志すきっかけは友達の言葉だった。

 素敵なエピソードを期待させる話のはずなのにリズ姉は自嘲気味に笑う。


「『少し脱げば簡単に成功できるんじゃないの?』って」


「……え?」


「うわぁ」


「……また凄い話に飛び火したね」


「中学高校と演劇部でね。演技することは好きだったわけ。それなりの規模でちゃんと発表もしていた。あたしよりも上手い子は他にもいた。でも主役は私だった。……まあヒロイン的な容姿だったからなのよね。陰口どころか誉め言葉みたいな感じで『美人はいいよね。人生楽できて』とか言われたこともあったわね。確かに一般的に美男美女の方が得するでしょうね。そこは否定しない。けれどその得する部分が自分の求めている評価かは別。どれだけ演技に打ち込んでも『やっぱり美人は華があるわね』で済まされるのが悔しかったし」


「……リズ姉もだいぶ溜まっているね。長くなるなら今度呑もうか?」


「呑む! ミサキさんと一緒に呑む!」


「凄い勢いで食いついてきたね。呑み会は約束ね。それで?」


「あっ……コホン。まああたしは容姿がコンプレックスなわけ。容姿ではなく中身を評価して欲しいという願望があった。で、高校時代に進路で迷っているときにさっきの脱げば発言をされたわけよ。擁護すると友達に悪気はないのよ。あたしが華やかな芸能界に入りたいんだと勘違いしただけで。親しいから冗談交じりの軽い言葉だったのよ。でもちゃんとした友達の言葉だったからこそ、その発言はかなりショックでね」


「うんうん。第三者からの悪口陰口もつらいけど、信頼している人の悪意のない言葉もけっこう重いよね」


「そうなの。それで半ば意固地になってね。声優なら顔を隠して評価してもらえるはずだ! と期待を抱いて上京したのよ。……結果あまり上手くいかず親戚の伝手を頼って声の仕事をもらっていたわけだけど。上京するとスカウトとかは来たわよ。断ったけど。傍目から見れば贅沢な悩みなのはわかっている。でもあたしにとって中身で評価されるのが重要だったわけよ」


「それじゃあVTuberになった今は充実しているんじゃないの?」


「その通り! だからあたしは今の自分のことが割と好きかもしれない。あたしらしく生きている気がするから。VTuberなら容姿はアバターデザインだしね。否定的な声も含めてこれがあたしに対する評価だと納得できる。でも少し前まで嫌いだったのは本当よ」


「もちろんそれはわかっているよ」


「あたしも自分らしさなんてわからない。でもあたしの場合は容姿を隠すことでようやく自分らしさが解放されたかなと思っている。こんな感じでいいかな? アリスちゃん。セツナちゃん」


「は、はい!」


 色々と予想外だったリズ姉のお話が終わった。

 どうやらセツにゃんの好きか嫌いかの質問の意図は正確に伝わっていたらしい。

 容姿を隠すことで自分らしさが解放された。

 私は『自分らしく』とは『自分を否定するな』『自分の嫌いな部分も受け入れなさい』そんな話だと思い込んでいた。本当に予想外だ。

 セツにゃんも満足そうに頷いている。


「さすがリズ姉です。想定外のディープなお話でしたけど満点回答です。やっぱりリズ姉は頭の回転が早いですよね。私の求めているモノを……いえ想像以上のお話ありがとうございました」


「あっ! リズ姉ありがとうございました」


「いいのいいの。お礼を言われることではないし。半分以上ミサキさんが聞き上手なおかげだったから」


「そんなことはないよ。それで次は私の番かな?」


「それではお願いします」


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