第61話 相席できない公式生配信④-ミワちゃんまさかの暴走-

 沈黙が流れていた。

 皆が一様にメニューが表示されている手元のタブレットを凝視しているからだ。

 本物の居酒屋と遜色のない豊富なメニュー。

 少し本格的過ぎて思考停止しながら眺めてしまうメニュー数だった。

 この中から個人で好き勝手に注文すればテーブルも配信も収拾がつかなくなる。

 交差する視線。


『最初は無難なメニューだよね』


 そんな暗黙の了解のもとに注文は出揃う。


翠仙キツネ:「ウチ……アリスちゃん舐めとったわ。まさかメニュー数が五十超えてくるなんて」


紅カレン:「私は確信していたよ! アリスちゃんは呑み屋料理マスターだって! 何度もそう言ったのに」


翠仙キツネ:「……まさかその言葉に同意する日が来ると思わんかった。鶏の唐揚げもわざわざザンギ表記やったし。北海道の呼び方やったっけ?」


紅カレン:「北海道だね。最近は北海道以外でも味濃い目で漬け込まれた鶏の唐揚げをあえてそう呼ぶことがある。あとトリ軟骨揚げが入荷できず申し訳ありませんってメニューに謝罪が書かれていたのは悲しかった」


翠仙キツネ:「本格的に居酒屋メニューを再現する気やったやろな」


リズベット:「注文が出揃ったようなので読み上げますね。ザンギ(鶏の漬け込み唐揚げ)レモンはつけるので好みでどうぞが十個。割と自信作のフライドポテト五人前。シーザーサラダに温泉卵を添えて黒コショウをかけるカルボナーラ風が五人前。え……カレーライスが一人前。以上でよろしいですね」


翠仙キツネ:「ええよ」


リズベット:「では厨房に伝えてきます」


翠仙キツネ:「ん? 最後のカレーライスってなんや? メニューに載ってたか?」


黄楓ヴァニラ:「あ……見つけた。ご飯モノのメニュータブの釜飯から下にスクロールすると出てくる」


翠仙キツネ:「そんなわかりにくい場所に。ん、カレン頭抱えてどないしたん?」


紅カレン:「……この居酒屋メニューの中にカレーがあったなんて。珍しい。見逃してた」


翠仙キツネ:「いや居酒屋にカレーなんて別に珍しくはないやろ。カレーはどこの店にもあるイメージやで」


紅カレン:「甘い! その認識は甘いよツネちゃん! カレーがメニューにある店は確かに珍しくない。子連れファミリーのためにカレーを置いている店は多い。でもここはファミリー向けチェーン店じゃないんだよ! アリスちゃん個人経営の店なの! 隠れ家居酒屋アリスなの!」


翠仙キツネ:「経営はしとらんな」


紅カレン:「つまりカレーを置く必然性がない。だから個人経営店だと珍しいの。なのにカレーがある。これを飲食店業界で起こる『なのにカレー』現象と呼ぶ。バーなのにカレー。居酒屋なのにカレー。ラーメン屋なのにカレー。中華屋なのにカレー。あげれば切りがないけどカレー好き店主のこだわりカレーの可能性が高い!」


翠仙キツネ:「つまり当たりメニューの可能性が高いわけか」


紅カレン:「そう! 誰が見つけて頼んだんだろ?」


翠仙キツネ:「初手でこういうのぶっこんでくる奴いうたら」


黄楓ヴァニラ:「リンちゃん?」


 三人の視線が碧衣リンに集中する。

 けれど首を振られた。


碧衣リン:「私じゃない。ずっとおばんざいとデザートメニューを見てた。あとでジャンボパフェ二分の一アリスサイズ高さ七十五センチは頼むつもり。だけどカレーは頼んでない」


翠仙キツネ:「アオリンやないんか。……いや流しそうになったけどちょい待て! デザートまで見てなかったけどアリスちゃんそんなネタメニューまで用意しとるんか!? ……マジやん」


黄楓ヴァニラ:「一人で無理だったら手伝うね」


碧衣リン:「うん。パーティサイズだと思うからよろしく」


紅カレン:「じゃあカレーを頼んだのは……ミワ先輩?」


 白詰ミワが顔を真っ赤にして小さく手を上げていた。

 まさかの人物の暴走だ。


白詰ミワ:「私……カレーが好きなの」


紅カレン:「そんな恥ずかしそうにしなくても。私も好きだよ」


白詰ミワ:「さっきカレンちゃんが言った『なのにカレー』が好き。初めてのラーメン店でもカレーがあったら頼むくらい好き。特に焼肉屋系列のカレーが好き」


紅カレン:「ミワ先輩……焼き肉屋系列のカレーを出してくるのはガチすぎる。スパイス派ではなく肉の旨味を味合うための煮込み本格派カレー好きと見た」


白詰ミワ:「そんな私がカレー見つけたら頼むでしょ! なのにカレーだよ! アリスちゃんのこだわり手作りカレーかもしれないんだよ! 気づいたら配信のことを考えず注文に入れていたんだよ!」


翠仙キツネ:「ええんよ。好きやったらしゃーない」


紅カレン:「うん。呑み会で食べたいものを注文できないことほどつまらないものはないからね。この店なら割り勘とかも気にしなくていいし」


白詰ミワ:「ごめんね皆。勝手なことをする先輩で」


 白詰ミワがテーブルに突っ伏す。

 暴走しないストッパーとして呼ばれていただけに居たたまれなくなったのだろう。

 主催の二期生組としては先輩が率先して暴走してくれて助かるのだが。


翠仙キツネ:「謎も解けたところで乾杯の準備しよっか。店側では用意できひんのやろ」


紅カレン:「アリスちゃんの店だし、アルコール類は持ち込みだね。さすがにジョッキは準備してもらっているけど。ふふん私のビアショルダーが泡を吹くよ」


翠仙キツネ:「本当に泡を吹きよるからな。このジョッキ冷たっ! キンキンやん」


紅カレン:「さすがうちのスタッフわかっているね。じゃあビール注いでいくからツネちゃん配って」


翠仙キツネ:「了解。おー綺麗に注ぎよるな。七割ぐらい泡だけになることもあるのに」


紅カレン:「それは注ぎ方ではなくジョッキが冷えてないからかな。ビールとジョッキの温度差がありすぎると過剰に泡が発生しやすくなる。夏場は注意が必要」


翠仙キツネ:「そうなんか。さすが酒のことには詳しいな」


 各人の前に白い泡がふんわり帽子になっているビールジョッキが置かれる。

 そこにタイミングよくリズ姉が戻ってきた。

 手にはシーザーサラダとあらびき黒コショウの容器と温泉卵。大皿ではなく深めの中皿で一人一皿。温泉卵や黒コショウは自分で混ぜなさいというスタイル。


リズベット:「まずはシーザーサラダに温泉卵を添えて黒コショウをかけたカルボナーラ風です。ザンギとポテトもすぐにお持ちします」


紅カレン:「注文してからが早い!」


リズベット:「どうせ注文入るだろうと事前に準備していたらしいです。注文を伝えに言ったらすでにサラダはできていてザンギを二度揚げしている最中でした。だから本当にすぐですよ。カレーもすぐに持ってきます」


翠仙キツネ:「……段取りが素人やないな。本当に美味そうやん」


 普段おっとりした印象だが料理を機敏に置いていくリズ姉。

 その姿は熟練のバイト戦士を彷彿とさせる。

 実際に呑み屋のバイト経験があるだけなのだが。

 テーブル席が唖然としている中リズ姉は素早く厨房とテーブル席を三往復。

 ザンギとフライドポテトとケチャップ。

 そして白詰ミワのカレーライスが出揃った。


翠仙キツネ:「この二人だけで本当に呑み屋できそうやな」


紅カレン:「ツネちゃん無駄話しない! もういい加減待てないよ! 乾杯だよ! お酒だよ! ミワ先輩挨拶をお願いします!」


白詰ミワ:「はい! では乾杯!」


翠仙キツネ:「幹事の挨拶短っ! それでええねんけど」


―――――STOP―――――


桜色セツナ:「メニュー眺めていたらお腹が減ってきました。アリスさんこんなに準備したんですか?」


真宵アリス:「一通りは準備したよ。一品ずつではなく他の料理にも流用できるように下処理も色々と」


桜色セツナ:「大変でしたよね」


真宵アリス:「『配信で注文されなくても準備した食材はスタッフが食べますから』と言われたからたくさん仕込んだの。するとあの日の収録はいつもより多くのスタッフが現地入りしていたらしくてマネージャーも頭抱えてた」


桜色セツナ:「できることなら私もスタッフ枠で参加したかったです!」


真宵アリス:「実はあのカレーも……ん? はい、わかりました」


桜色セツナ:「アリスさんなにかあったんですか? スタッフさん慌ててましたけど」


真宵アリス:「カレーに関しては次の動画の内容だからネタバレ厳禁みたい。えーと現在うちのホームページで当日のメニュー表公開中です」


桜色セツナ:「注文された料理のレシピも随時公開していきます」


真宵アリス:「それでは次からとうとう先輩方が呑みますよ! ここから呑んだくれの生態観測の本番です!」


:いや……これは草

:完全に呑み屋のメニューやん

:品数多い

:真宵アリス本当に呑み屋を経営している疑惑

:まあサラダに唐揚げにフライドポテトは鉄板

:ザンギな

:メニュー名でちょこちょこ笑い取りに来てる

:え? カレーライスあったの?

:なのにカレーw

:ジャンボパフェ二分の一アリスサイズ高さ七十五センチwww

:メニューで見栄張るなよ

:百五十センチ届いてないのにw

:身長百五十センチを大台と呼ぶ奴が届いているわけない定期

:今更だけどなぜ身長百五十センチが大台なんだ?

:ヒント四捨五入

:つまりアリスの身長は一メートルか

:切り捨ててやるなw

:白詰ミワ「私……彼が好きなの」紅カレン「私も好きだよ」ここで萌えた

:改変して燃やすなw

:炎上確定の会話になっててワロタwww

:こいつら飯と酒の話しかしてないな

:ミワちゃんはカレーに恋する乙女

:アップされた写真の料理が普通に美味そうなんだが

:ザンギでかくね?

:拳大の肉塊とか一人二個でも多い

:カレーの写真はまだなんだ

:スタッフ食う気満々じゃねーかw

:レシピも公開か……家呑み頑張ろうかな


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