第54話 第九種接近遭遇生配信④-翠仙キツネの自己紹介アフレコ-

 できること。

 やりたいこと。

 やらなくてはいけないこと。

 重要な要素は実はもう一つある。

 やり甲斐だ。


 個人のやりたいこととは違う。

 自分以外の誰かのために尽くすこと。

 集団の中で個々が役割に徹して一つの目標に挑む。

 当然ながら全員がやりたいことをやれるわけがない。

 目立ちたくないのに責任ある役を押し付けられることもあるだろう。

 主役に憧れながらも目立たない裏方に追いやられることもあるだろう。

 だが集団で目標を果たしたときは充実感で満たされる。

 それを幼いうちから体験させるのが学校行事かもしれない。

 私は集団行動が苦手だった。

 けれど自ら身を粉にしても仲間を支えたい。

 そんな姿勢は眩しく見えた。


「最後を飾るのは虹色ボイス唯一の生粋ゲーマー。虹色ボイスでは珍しく声優の養成所などは一切関係ありません。虹色ボイス事務所の弱点だったゲーム枠を補うスカウト人材。実は無口でシャイなただのゲーマーだった。配信者は向いていないと自覚していた。それなのに大学の友人だったカレン先輩に引きずり込まれたVTuberの世界。紆余曲折あり今や集団まとめてツッコミ倒す立場に大躍進。二期生ツッコミ役の翠仙キツネ先輩です」


 声はキツネ先輩に寄せて。

 明るいのにどこか哀愁と自嘲が混じる。

 関西弁で鋭くツッコミを入れる明朗な喋り口。

 本来ならきつく聞こえるはずのツッコミがとても優しい。

 キツネ先輩が人一倍仲間を大切に思っているからだろう。

 その芯の部分にどこまで迫れるかわからない。

 ただできる限りの表現をしよう。


『虹色ボイス二期生の翠仙キツネや。よろしゅうな。

 主にゲーム配信やゲーム批評などを投稿させてもらってます。

 ……これで終わりやとアカンのか?

 ウチは口下手やねんけど。

 いやなんでやねん!? なんでウチがそんな恥ずかしいことを。

 ウチが話さんかったらあることないことを付け加える? ってやめい!

 はあ……仕方ない。

 お願いやからカレンは黙っとれ。

 ヴァニラもアオリンもニヤニヤすんなや。

 

 えー色々あって黄楓ヴァニラが活動休止。

 碧衣リンも一時期配信業から遠のいてリスナーの皆さまにはご迷惑とご心配をおかけしました。

 申し訳ございません。

 虹色ボイス二期生は無事再始動を致しました。

 皆さまからいただいた数多のご声援のおかげです。

 ありがとうございます。

 感謝の言葉しかございません。

 再始動後は二期生内のコラボ企画を中心に活動しております。

 以前の活動との変化に戸惑いもあるかと思います。

 活動休止に関しては我々も思うところがありました。

 大切な仲間ともっと一緒に活動したい。

 そのために変わらなければいけない。

 そんな強い意志で再始動させていただきました。

 結果として多くの好意的なお声をいただけております。

 散々迷惑をかけた私たち二期生を見捨てずに応援してくださったリスナーの皆さま。

 本当にありがとうございます。

 少しでも皆様に恩返しできるように努力します。

 これから面白いと思っていただける配信を届けたいと思います。

 また配信で会いましょう。

 以上、二期生全員からのメッセージでした』


 一番緊張した。

 余計な要素はなにもいらない。

 私のミスで純粋なメッセージを濁らしてしまわないか怖かった。

 演説や魔法少女番宣風の方が技術的には難しい。

 声の作り方一つとっても難解だ。

 でも純粋に想いを伝えることの難しさは言い表せない。

 リスナーの皆様にそのままのメッセージを届けたい。

 技術や脚色では届かない心の表現だった。


「実のところキツネ先輩はどちらかと言えば私寄りの人です。陰キャなコミュ障気質。一人でなにかやっている方が気が楽なタイプ。陰キャ仲間認定です。それでも虹色ボイス二期生として活動するのが好きだった」


 私も虹色ボイス三期生として活動するのが好きだ。

 帰属意識だろうか。

 寄る辺のない個人の配信は自由があるかもしれない。

 短期的には楽かもしれない。

 でも孤独だ。

 長期的になるとしんどいだろう。精神的に摩耗して、いつか配信を続ける気力が尽きてしまう。

 仲間がいると安心できるし、頑張ろうと気力が湧く。

 その仲間が大変なときには駆けつけられる存在でありたい。

 支えるために誰かの弱い部分に踏み入る勇気が欲しい。


「だから二期生の枠組みが壊れようとしたときに繋ぎとめようと動きました。たぶんキツネ先輩は自分からは語りません。けれど復帰後の二期生の活躍はキツネ先輩の努力があってこそです。もちろん他の二期生のメンバーもなにもしなかったわけではない。変わろうと。同じ想いを抱いていたからキツネ先輩の想いに応えた。だからあんなにも楽しそうなのでしょう」


:キツネ……お前関西弁以外も喋れたのか

:……少し目薬を差し過ぎたかな?

:仲いいとは思っていたけどキツネをVTuberに誘ったのはカレンだったんだな

:あの流れなのに四人目で泣かされた

:お笑い集団だと思っていたら

:他の三人がふざけ倒していたのさえ引き立て役か

:事故紹介でぶっこみやがって

:ツネェェーーーーーーーー好きだぁーーーーーーーー!

:一番まともに自己紹介しているのにある意味一番自己紹介ではない

:二期生仲良さそうだな

:なんつーかツネ愛されてる

:一番いい役どころを押し付けられているのがまた

:アリスが認めるってことはキツネはマジで陰キャなコミュ障なのな

:このアリス劇場を見て一番悶えているのはツネ

:二期生の配信を見直したくなってきた

:たぶん次回の二期生コラボではアリスの二期生事故紹介振り返りをやるんだろうな

:絶対に見るw

:究極の羞恥プレイ


 コメントの流れの速さでは他の三人に劣るかもしれない。

 でもメッセージはきちんと伝わったみたいだ。

 安堵の息を漏らす。


「これにて虹色ボイス二期生の先輩方から預かった自己紹介ボイスのアフレコは終了です。けれど本日のアリス劇場はまだ続きます。実は二期生の先輩方から預かった宿題がもう一つありましてですね」


:まだ終わりの時間じゃないからな

:ヤバい凄いしんみりしてしまった

:笑いと感動の振り幅が

:さすがアリス劇場

:二期生からの宿題?

:先輩から無茶振りされるのも信頼の証だな

:確かに技術がなければ四人を演じ分けてあのメッセージは無理


「二期生復帰後の躍進の裏にキツネ先輩の努力あり。これからするのはその努力につながる前日譚です。実は事件当時のヴァニラ先輩はすでに引退を決意していた。事務所にもその話を通していた。けれど踏みとどまった。それはなぜか?」


 私はヴァニラ先輩から受け取った紙を手に取る。

 もちろん配信で映すつもりはない。

 ……ばっちし個人情報が記載されていて映せない。


「そこには一枚の紙が関わっていました。その紙は現在私の手元にあります。私に供養と処分してほしいとヴァニラ先輩から押し付けられました。今からするのはそのお話です。話を終えたら私はその紙をシュレッダーにかけて燃やします」


:ヴァニラの引退を止めた紙?

:なぜアリスの手に渡された

:供養と処分

:この時点でろくでもない予感しかしない

:押し付けられたw

:シュレッダーにかけて燃やすとか念入りな

:二期生はアリスに何個爆弾を抱えさせたんだ?

:無茶振りは信頼の証だよな?

:さすがアリス劇場……不穏だ



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