第26話 勝利報告生配信③ー同期アフレコ_七海ミサキの成長ー

 虹色ボイス三期生は全員収益化を達成した。

 スタートダッシュで登録者が万超えすることもある企業VTuber。

 最短での収益化は珍しいことではない。同時期にデビューすれば同じタイミングで収益化を果たすことが多い。


 けれどその道のりは千差万別だ。

 特に虹色ボイス事務所では、意図的に異なる方向性で売り出している。収益化までの期間で自分のスタイルを確立させるのが目的だ。

 配信の世界は生存競争が激しい。強い個が認められなければ埋もれてしまう。


 デビューから収益化までの約一か月。

 個々の成長や心境の変化などは当然あった。

 三期生内のグループチャットは活発で仲間意識も強い。配信の外での素顔にも触れる機会も多かった。内面を深く知っているので、気をつけないといけない。

 ただの再現ではない。声にその人の想いを乗せて演じなければ、アフレコとは言えない。


「最初は七海ミサキさんです。わたしと同じ虹色ボイス三期生のアウトドアお姉さん。私は人付き合いが苦手なうえに虫もダメです。だから釣りもキャンプも苦手意識があります。常に自宅にいたい引きこもり。そんな私でもミサキさんの投稿動画に影響されて、アウトドア趣味に憧れました。紹介された一人用テントと寝袋を購入して、部屋に設置したテントでぬくぬく丸くなったぐらいです」


:わかる

:配信を見ると欲しくなるよな

:簡易的な秘密基地

:テント内でプラネタリウムしたり


「真面目で頑張り屋。いつも常識的な反応をありがとうございます。三期生を姉妹で例えると気配り上手な次女。ミサキさんはなにも言っていないのに『まったくもう』『仕方ないな』などの心の声を想像しています。そんなミサキさんの収益化記念配信の二分十秒からアフレコスタート。冒頭から泣いてます」


『――グズッ。ずいません。いぎなり泣き出して。動画投稿が多くてライブ配信に慣れてないんです。ライブ配信って怖いですね。感情の波が一気に押し寄せてきて。ちょっと待ってください』


「このあと落ち着くまで少しの間音声がありません。もちろん配信は続いています。配信を見ていただければ、暖かい空気感やコメント欄は流れは感じられるでしょう。こればかりはアフレコで再現できないですね。『今月のキャンプ代』『釣り代』『大漁だったのでお裾分け』『動画のおかげで子供と釣りに行きました』などのスパチャが飛び交い、リスナー層の違いも新鮮でした」


:急なアリスの泣き真似にビビった

:アフレコだといきなりスイッチ切り替わるよな

:配信見てたからもらい泣きタイムだったのを知ってる

:前より同期生のアフレコ上手くなってる


「上手く聞こえるなら私の功績ではないですね。ミサキさんの声の使い方が、格段に上手くなっているんです。凄くアフレコしやすくなりました」


:なるほど

:確かに聞き取りやすくなった

:キャラ声というよりナレーション寄り

:その変化に気づいて合わせられるアリスも凄いけどな


「もうそろそろミサキさん復活ですね」


『中座して申し訳ありません。デビューから今日まで本当に学ぶことしかない怒涛の日々でした。事務所から「ライブ配信ではなく投稿中心で行きましょう」。そう言われたときも、その違いからわからない。そんなド素人だったんです』


:相変わらず一言一句ズレなく合わせてくるな

:七海ミサキはデビュー配信から比べると本当に成長したよな

:丁寧で細かい気配りが行き届いた動画ありがとうございます

:初心者向けとか揶揄する声もあったけど初心者向けにわかりやすくが難しいんだよな


『趣味のレクチャー動画。趣味レベルの知識ではダメでした。生半可な知識では炎上すると言われて、動画制作の手順も勉強ですが、アウトドアの知識も事務所が呼んでくれた専門家の監修の下で常に勉強でした。……大学受験のときよりも必死で机にかじりつきました』


:元から博識ってわけじゃないのか

:動画見ると監修、引用元、参考文献が大量に並んでいるからな

:専門用語を使わず内容を噛み砕いて説明してくれるからわかりやすい

:単に方法を説明するのではなくどうして必要かを解説してくれて勉強になる


『三期生の仲間の活躍に焦りました。数字でわかりますから。今も一人だけ登録者数少ないです。このままでは大好きな仲間に置いていかれてしまう。足手まといだ。そう思い悩む日々でした。事務所はライブ配信と動画投稿では伸び方が違うだけ。焦らなくていいと言ってくれました。でも焦らないわけがないんです。心が折れそうでした。そんなときです。事務所から私が行きつけだったアウトドアショップに行くように言われました』


 話を切って溜めを作った。

 ここから暗から明に切り替わる。

 配信のこの部分。ミサキさんは画面まで華やぐような笑みを浮かべたのだ。


『見慣れた店。レイアウトが少し変わったことにすぐ気づきます。入口の目立つ場所になかったはずモニターが置かれていたんです。そのモニターには推奨動画として私の動画が流されていました。しかも何人か足を止めて見ている。目でわかる形としての成果がそこにありました。嬉しかった。努力は無駄じゃない。存在が認められている。その光景で自分の活動に実感が持てたんです』


 始まり。苦難。そして転機を経て、喜びに転じる。

 起こったことを時系列順に話す。ただそれだけのことに様々なテクニックが注ぎ込まれている。喋る速さから溜め。伝わりやすい言葉選び。聞き取りやすい話し方。一言一言の感情の込め方。声色の使い分け。

 配信でリスナーを引き込む。配信者としてミサキさんが努力した証だ。


:動画はマジでおススメ

:そういや店頭で流れていたな

:努力が認められてよかった

:動画投稿は数字の爆発力だとライブ配信に敵わないけど活用方法が違うからな


『事務所が教えてくれました。店内での動画の利用について店側から問い合わせがあった。問い合わせはこのショップだけではない。他の店やキャンプ場。なんとボーイスカウトからも連絡が来た。予想超える反響だよ、と』


 マネージャーがお酒の席で漏らしていた。

 一番の出世頭になるのはミサキさんかもしれないと。

 ターゲットが明確でマーケティングしやすい。特に投稿された動画が子供にもわかりやすいのがいい。VTuberの動画だからか実写よりも子供受けがいいのだ。

 子供が自主的に興味を持てば親も動かせる。新規開拓はどこの市場でも命題だ。アウトドアの知識やマナーの動画から市場拡大できるのであれば企業案件が多くなるだろうと。

 事務所としては狙い通り。でも想定を超える大成功だったらしい。


『私は一人ではなにもできない素人でした。大変な世界に飛び込んでしまった。すぐに後悔しました。挫折もしました。そんな素人が収益化配信するまでに成長できたのは、全て支えてくれた皆様のおかげです。感謝しかありません。事務所の手厚いバックアップ。相談に乗ってくれた凄い同期仲間。実は今日の配信でもアドバイスもらいました。凄かったです。配信テクニックどころか考え方が根本的に違っていました。そこまで考えて配信しているの!? と驚愕の連続です。配信に臨む姿勢から違うんです』


 配信の組み立てについて。なぜか私がミサキさんから相談を受けていた。

 役立つアドバイスなんてほとんどできなかった。全部ミサキさんの実力だ。ただほんの少しでも手助けになったのだとすれば嬉しい。


『今は本当に充実しています。まだ同期の背中を追う立場ですがもう挫けません。立ち止まるのが勿体ない。今も未熟で至らぬ点が数々あると思います。それでも区切りとして、本日の収益化配信にお集まりいただきありがとうございます。応援してくれるリスナーの皆様には本当に感謝してもしきれません。これからも日々成長。頑張りますのでよろしくお願いします』


「以上、七海ミサキさんの収益化配信アフレコでした。興味を持たれた方でまだしていない方はチャンネル登録をお願いします」


:チャンネル登録しようとしたらすでにしてた

:デビュー配信から比べるとほぼ別人レベルで成長したな

:素人っぽさが抜けて聞き取りやすくなった

:俺はアリス以外見てないんだけどもしかして今日も涙腺崩壊する感じ?

:全員見ろよ

:リズ姉は泣けなくはないんだけど腹捩れた

:ネタバレになるから詳細は控えるがリズ姉のは酒が欲しい

:アリス好きなら桜色セツナは必見だぞ


「それでは次はリズベット・アインホルンさんです。もうリズ姉ですね。リズ姉という呼び名しか勝たん。リズ姉としか呼ばれていません。本人もこの前チャットで『私の名前なんだったっけ?』と言ってました。そんなリズ姉の収益化配信。すでに見た人は知っていると思いますが、虹色ボイス事務所としては問題作です」


:リズ姉

:リズベット・アインホルンって誰だっけ? リズ姉だろ

:本人が忘れるなw

:リズ姉は被害者

:まさかの収益化配信でまさか呑んだくれに強襲されるとはな

:それを笑って対応できるところが本当にリズ姉


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