第25話 勝利報告生配信②ーあの人から連絡が来たー

 事務所からの警告カウントはすでに十三。二桁だけど気にすることはない。

 首輪システムの先達。尊敬する二期生碧衣リン先輩はこんな迷言を残している。

 

『数は数字でしかない。無視しよう。……どうせ増えることはあっても減ることはないし』


 すでに加算された警告カウントは気にしないに限る。

 碧衣リン先輩は寝坊の常習犯であり、寝落ちの常習犯でもある。

 時間通りに配信が開始されたらスパチャが飛ぶ謎の習慣があるほどだ。

 ある日の生配信で二時間の予定枠のわずか三十分ほどで寝落ちしたことがあった。起きたのは十二時間後だ。その間ずっと寝息が流れていた。

 凄いのは起きたあとの対応だ。


『これは神が二十四時間配信しろと言っているに違いない』


 寝起きで謎のお告げを受信し、本当にそのまま二十四時間配信した猛者である。

 この配信の詳細な内容は残っていないので、私も詳しくは知らない。

 十二時間以上の動画はアーカイブに残せない仕様に引っかかるので残っていない。けれど残念という概念の擬人化という称号が与えられた神回だと伝えられている。

 碧衣リン先輩と比べれば、警告カウント十三など可愛いものだ。最高記録は四桁台。一五八二回を記録している。


 頭の中でそんな言い訳を並べながら、配信の軌道を元に戻す。

 書いた『勝訴』はスキャナーを用いて画像として取り込み済み。配信画面に落とし込み、テロップを縦置きしてかけ軸風に飾り付ける。

 声はいつもの天真爛漫妹ボイスに戻す。メンタル小動物には警告カウントの圧が強い。テンションで乗り切らないとやってられない。

 戦いに挑むなら勢いが大切だ。士気の高さが戦局を左右する。


「そんなわけで『勝訴』です。チンコロ事件は許されました! 私はバンされません!」


:チンコロ言うなwww

:許されたわけじゃないだろw

:見逃されただけで配信で言っていい言葉ではないw

:警告カウントがまた増えた


「今日は皆様に色々とご報告があります。最初は残念な豆知識から」


:ご報告?

:すでに勝訴報告もされているが他になにかあるのか

:なぜ最初に残念な豆知識


「裁判の判決結果報道でお馴染みの勝訴敗訴の紙。なんとレンタルが多いらしいです。弁護士さんは書いてません。判決結果に合わせて複数用意してます。勝ったときも負けたときも準備しています。ただのマスコミ用演出らしいです。特にルールもないとか」


:確かに残念w

:普通に考えればそうだな

:裁判所で書道の準備して書くわけにもいかんし

:判決出て裁判所から走り出す前に「これ」「違うこれじゃない」とか選んでいるのか


「それを知ってとても残念に思ったので、直筆で書いてみました。イモ判も含めて我ながら良くできた思います。どやです」


:字上手い

:ドヤ顔するのもわかる勝訴

:手の小ささとイモ判のインパクトが強かったw

:プロイラストレーター本気のイモ判

:スタンプで欲しい


「実写は荒れる可能性が高いと聞いていたので緊張しました。暖かいお言葉の数々ありがとうございます。だからこそあの許されないコメントさえなければ。そう思わずにいられません。あれさえなければ私が叫ぶ必要もなかったでしょう」


:まったく幼女に向かって小学生とは失礼な奴らだ

:レディの年齢を高く見積もるのは大罪だからな

:時代はランドセルではなく園児服なんだよ

:お前ら喧嘩売るなw


「更に下を行くだと! また吠える必要があるのですか? 今度は本気で怒りますよ」


:すみません

:調子に乗りました

:もっと罵ってください

:一部やべー奴がいるな


「……まったくもう。これ以上脇道にそれるわけにもいかないので放置です。本日は収益化記念配信からこの一週間で起こった出来事に関してお話します。まず私のリアルから。なんと身バレしました。昔の同級生からわんさか祝福のメッセージ届いたのです」


:身バレ?

:おめでとう……でいいのか

:祝福だからおめでとう

:あれだけ過去を語ればわかるか


「ありがとうございます。危惧していたネット晒しなどもなさそうなのも含めて、感謝しております。ただ皆様に紹介しなければ! そう思わせるメッセージがいくつかありました。ちゃんと配信で使用する許可ももらっています。まずはこれ」


『一生に一度は言ってみたい台詞。あの子はいつかやると思っていました。これって割と万能だと思わない?』


「……私のネット冤罪って解けたのですよね?」


:糞ワロタwww

:小学生時代の友達かw

:これだけでわかるインパクトw

:確かにいい意味でも悪い意味でも使えるな


「小中高全ての同級生から応援と祝福のメッセージがありました。特に高校の同級生からは友達だけではありません。本当に名前も知らない同級生から連名で嬉しいメッセージが届いたのです。二つ目紹介します」


 これが届いたときにすぐに配信で流そうと思い至った。

 正直言えば高校に愛校精神などはない。数ヶ月しか通ってないので。

 それでも学校のイメージアップに貢献できたら嬉しい。私の配信で在校生の助けになればいい。

 だからできる限り想いが伝わるように声を作る。

 冒頭を暗くして、徐々に明るく希望が持てるように。


『あの事件が発生してから学校全体の様子がおかしくなりました。一時に詰めかけたマスコミ。神経質に生徒を監視するようになった先生方。どこか息の詰まる空気のまま一年が経過しました。でもアリス劇場のおかげで、生徒の間では笑っていい空気が流れ始めています。あの事件も裏ではチンコロ事件と呼ばれるようになりました。タブーだった話題のはずなのに、一部では笑い話に変わりました』


『一人で苦しんでいたことにも気づかずに申し訳ありませんでした。ネット冤罪は気づいている人もいました。事実でないことが好き勝手書かれていると。けれど見ないふりをしてしまいました。助けようともしなかった私たちが言うのは烏滸がましいのはわかっています。でも感謝を言わせてください。あなたが真宵アリスとして元気で活動していることで私たちも救われました。本当にありがとうございます』


:……在校生も被害者だったな

:コンプライアンスがうるさい時代だし保護者からの突き上げもあっただろう

:有名私学の付属だからなおさら神経質に

:あれ目から雫が

:なんの罪もない高校生に暗い影を落としてはいけないよな


 コメント欄には在校生を応援するメッセージが多く流れている。

 ネット冤罪も問題だが、ネットの悪評は根深く残る。事件に関係ない人も悪評被害を被るのだ。これが励みになれば嬉しい。

 そして一番救済が必要な人のメッセージの紹介がまだ残っている。


「次が最後のメッセージ紹介です。最初は私も相手が誰かわかりませんでした。もの凄く謝ってくるなこの人、と少し引いたぐらいです。名前を見ても思い出せない。でも本当に『ずっと謝りたかった』と必死にでした。思わずこちらから連絡を取ろうとするほど、真摯に謝罪してくれたんです」


:名前がわからない人からの謝罪は怖いな

:アリスが名前を思い出せないってまさか

:察し

:補完計画の被害者?


「とても失礼なことに私は誰かわからない。幾度かの問答を経ても埒があかない。とうとう業を煮やした相手は自ら名乗ってくれました。……勘違いゴリラと」


:勘違いゴリラwww

:キターーーーー

:やっぱりか


「実物の勘違いゴリラさんからのコンタクトです。顔を確認するためにすぐにテレビ電話を繋ぎました。画面に映ったのはもちろんゴリラではありません。美人さんです。私を掌底で吹き飛ばしたとは思えないほど彼女は痩せ細っていました。実物を見てもゴリラインパクトで固定された私の記憶は戻りませんでしたが」


:記憶は戻らなかったか

:ゴリラインパクトw

:新世紀な奴に引きずられてる


「謝罪をもちろん受け取りました。実のところ、勘違いゴリラさんに遺恨はないんです。掌底で病院送りにはされました。でもその前に『勘違いゴリラが』と言い返しています。私の中ではその場かぎりの喧嘩扱いです。そのあとの出来事は彼女も被害者です。そんなわけで完全に和解しました。ただ気になっていたので、事件について本当の当事者から色々と聞きました。私は本当に部外者というか、ネットの情報しか知らないので」


『ずっと謝りたかった。言い訳に聞こえるかもしれないけど、当時の私はどうかしていた。高等部に進学して、憧れの先輩と恋人になれて舞い上がっていた。周りが見えなくなってた。友達はちゃんと忠告してくれたのにそれも聞いてなくて。本当に嫌な奴だった』


「補足しておきますと、件の先輩とは高等部進学後から。特に深い付き合いでもなかったみたいです。ただ事件が起こる直前。五股バレした先輩から『お前のせいで大変なことになった』と罵声を浴びせられたらしいです。一方的に頭のおかしい女扱いされて、別れを告げられて、心を病む。ネットの捏造話だと思っていたら、周りに当たり散らす行為をあの先輩は本当にやっていたらしいです。対象が私ではなく勘違いゴリラさんでしたが。もちろん彼女は犯人ではありませんよ。私の中で嫌悪感が深まる胸糞エピソードでした」


:……ドン引きした

:本当にクズ

:ネットの捏造じゃなかったのかよ


『事件が起こってからはマスコミにもネットにも騒がれて塞ぎ込みました。学校も辞めようかと思いました。でもこんな私を見捨てずにいてくれた友達に支えられて、今も通っています。実は私も学校で笑い者にされるんじゃないか、怖くて少しの間は不登校になりました。再び通えるようなったときにはアリスさんが学校を辞めたあとです。あのときのことは本当にごめんなさい。ずっと謝りたくて。今謝らないとまた後悔すると思って連絡しました』


「早々に逃げ出した私と違ってちゃんと学校に通い続けている尊敬すべき強い人です。今度会うときは震脚と掌底を伝授してもらう約束をしました。実はあの件で拒食症気味になってしまい、本当に当時より痩せているらしいのです。伝授してもらうためにもちゃんと食べて健康になってもらわないとダメですね」


:ダメな男に引っかかっただけなのに代償重いな

:いい友達がいてよかった

:前回の配信で糞女とか思ってしまい申し訳ありません

:……あれゴリラが薄幸美少女に見えてきた


 今も学校内で腫れ物を触るような扱いをされることはあるらしい。

 スクールカースト上位からの転落。離れた友達も多かった。自業自得だと本人は笑っている。それでも学校に通い続けている。

 私の配信を見ている在校生が多いのならば、今回の配信が救済になってほしい。


 どのように配信をしていくのか。向かう先はまだ見つけられていない。

 それでも配信でこのメッセージを紹介したことは間違っていないと信じている。

 本当に大事なことはそう多くない。見てくれる人を笑顔にすること。面白い配信をすること。そのうえで誰かの救いになれればいいと願う。

 そんな配信を重ねていきたい。目指す配信の輪郭が見えた気がする。


「有名になると親戚や友達が増える。知らない知り合いも増えてしまう。けれど今回のように一度途切れてしまった人間関係の線を新たに結び直せる。そんな機会になるのであれば、悪いことばかりではないのかもしれませんね」


:アリスは全てを絶ってねこグローブ宅に引きこもったらしいからな

:新たな人間関係の構築か

:これは駄目じゃないけっせん型メイドロボ

:無線だろうと有線だろうと色々結線しないとメッセージは届かないからな


「はい! リアルの話はここまでにして次はアフレコです。三期生仲間の収益化記念配信で振り返る実質コラボです」

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