第20話 収益化記念生配信➈ーThe Show Must Go On後編ー
『The Show Must Go On』
あなたはこの言葉にどんな意味を乗せますか?
決意表明は結家詠がするべきだろう。
相手は顔の見えないディスプレイの向こう側。数字としては十万超え。十万人に伝わる言い方なんてわからない。
わからなくても心がけていることはある。
神様に願うときは誰も言葉を飾らない。本当に届けたい言葉はいつも真っすぐ素直だ。その方が想いが伝わると信じている。
息を長く吐いて呼吸を調える。余計なことは考えない。アフレコや歌う前のルーティーンに従い、頭の中で音楽用語を唱える。今回はプレガンド。意味は『祈るように』。それだけで頭の中でスイッチが切り替わった。
ただ祈るように詠え。
「一つ目は直訳です。The Show Must Go On」
『ショーは続けなければならない』
「一度幕を開けたショーはなにがあっても演じ切りなさい。台詞が飛んでしまった。用意されているはずの小道具がない。衣装が破れてしまっている。停電により舞台が真っ暗になってしまった。様々なトラブルが起こります。けれど舞台を止める理由にはなりません。舞台に立つのならば最後まで演じ切りなさい」
:かっけー
:鳥肌たった
:急に声がかわった
「これは舞台に立つ者の心得として用いられます。おそらく最初はこの意味だけだった。けれどアメリカのショービジネス業界では若者に贈る言葉として意味が深くなりました」
:若者に贈る言葉
:そうなの?
:アメリカのショービズ用語とは聞いてるけど
「二つ目は意訳です。The Show Must Go On」
『夢を諦めるな』
「舞台に夢見た若者よ。スターになることを志した若者よ。舞台に立つことを許された若者よ。どんなときでもショーの幕をあげなさい。誰もいない観客席。見てももらえないつらさ。冷たい視線。浴びせられる野次。ショーを投げ出す理由にはなりません。今日はダメでも明日はあなたの舞台を見に来る客がいるかもしれない。評価してくれる人がいるかもしれない。舞台に立つ資格を与えられたあなたがショーを止めることは許されない。スターを夢見るならばどんなに不遇でも公演を続けなさい。いつチャンスが訪れてもいいようにショーを続けなさい」
:そんな意味だったのか
:ショービズに限らないメッセージ
:必ずしも諦めなければ夢は叶うわけじゃないけど行動しないと叶わない
:アメリカのショービズが強いわけだ
「ほとんど人のいない観客席。それでも公演期間を休むことなく演じ切った。そして迎えた最終日。最後までまばらな観客で幕を閉じる。その苦悩が演技を磨き、その姿勢が観客やスポンサーを魅了することもある。この言葉は多くのVTuberに向けたメッセージにもなりそうですね。私には視聴者数ゼロから這い上がる自信はありません。それを成した人は強いと思います」
:なんか圧倒される
:……簡単じゃないけどアリスならゼロからでも思わなくもない
:アリス劇場
:今も努力している人に本当に刺さりそう
「三つ目は視点が違います。The Show Must Go On」
『ショーには全てが詰まっている。だからショーの幕を上げよう』
「今は亡き日本の有名プロデューサー。若き頃、彼はアメリカのショー文化に憧れた。ショーこそが最高のエンターテイメントと確信した。その文化を日本に根付かせたい。そう尽力した偉大な方です。どんなときでもショーの幕を上げよう。平和を願うならショーの幕を上げよう。平和を維持したいならショーの幕を上げよう。望む人がいる限りショーの幕を上げよう。夢も希望も愛も勇気も哀しみも平和への願いさえもショーには全てが詰まっている」
:誰かわかった
:確かに視点が違うな
:演者じゃなくてプロデューサーか
:慕われていた理由がわかる
「四つ目は私が尊敬するロックスターの一曲です。The Show Must Go On」
『この身がどんな悲鳴を上げようとも私は歌う。命ある限りショーは続けてやる』
「多く語る必要もないでしょう。病魔に侵されて助かる見込みがない。身体はずっと悲鳴をあげている。病気以外にも様々な困難に襲われる。もう終わりは近い。苦しみの果てに狂気への序曲は始まっていた。それでも輝ける日々を胸に彼はロックスターであり続けた。そんな偉大な歌手の生き様です」
いつのまにかコメント欄の流れが止まっている。デビュー配信のときも結家詠で話し出すとコメントが少なくなった。なぜだろうか。でも伝わっていると信じている。
最初はカッコいいから『The Show Must Go On』が好きだった。
ただの憧れ。トラブルが起こったらショーを止める自信がある。視聴者ゼロで生配信ライブをする自信はない。そこまで強い夢もない。ショービジネスの発展に尽力する気概はない。VTuberに特別な思い入れもなかった。ロックスターの生き様にはただただ圧倒される。
全てが自分に当てはまらなくて憧れただけ。
覚悟もなくショーの幕を上げた。
あったのは後ろ向きな自己救済の願望と数の力を利用したいという目的だけ。それでも楽しかった。大勢の人が集まってくれた。大勢の人が真剣に私の話を聞いてくれたのが嬉しかった。どれもショーの幕を開けなければ得られなかった。
数の力を利用しようと始めたなら、ちゃんと数の力に応えよう。
ようやく『The Show Must Go On』を自分の中に落とし込むことができた。
「最後は私の座右の銘です。The Show Must Go On」
『あなたが望んでくださるならば私はショーを続けましょう』
「これは夢も気概も覚悟もなくショーの幕をあげてしまった。そんな愚か者が後付けの理由を必死に考えた決意表明です。配信していて楽しかった。目的を果たしても辞めたくないと思った。これからなにがしたいのかもわかりません。ただ続けたい。けれど皆様を数の力としか見ずに利用しようとした愚か者です。舞台に立つ資格があるのかも自分ではわからない。結局その答えさえも誰かに委ねた受動的で後ろ向きな愚かな者の言い訳です」
:いいと思う
:楽しいから続けるでいいのに
:応援すればいいんだろ
:ある意味一番共感できる理由かも
決意表明は終わった。あとはいつも通り名乗りを上げよう。
「それではやる気充電完了。お仕事モード起動。皆様改めてよろしくお願いします。世界への叛逆を成功させたけど、反省ばかりの新型駄メイドロボ真宵アリスです。本日は私の収益化記念配信にお集まりくださりありがとうございます。今から収益化を開始します」
口調はいつも通りの妹ボイス。頭を下げながらカーテシーを決める。それはアバターだけではなくて。
設定を変更させたあと、誰もいない配信部屋で結家詠も同じポーズを決めていた。単純にディスプレイを見る勇気がなかっただけ。ここまで収益化を引っ張って誰にも応援されなかったら新たなトラウマでしかない。
結家詠はそっと顔を上げてディスプレイを見る。
……そしてドン引きした。
:感動した――50000円
:最後ずるいだろ――11874円
:今日色々あり過ぎた――20000円
:散々待たされたご祝儀――50000円
「え? コメント欄が真っ赤ですけど。皆様大丈夫ですか? 赤はダメでしょ赤は!」
:この幼女札束で叩けるぞ――20000円
:絶対に笑ってはいけないと言ったのアリスだろ――50000円
:上限以上にわらったから仕方ない――50000円
:一笑い百円レートです――8888円
「誰が幼女ですか! 絶対に笑ってはいけない企画は冗談です。本気にしちゃいけません。あと百円レートで一と十の桁が入っているのはおかしいです!」
:ナイスツッコミ代――10000円
:すみません笑いの数を数え間違えたので追加で――11112円
:今月の治療費です――30000円
:応援しなければ引退と言われたので――50000円
:――50000円
「合計二万円は絶対に数えてませんよね。治療費は振り込まないで! 応援は嬉しいですが赤スパチャは重いです。重いのはダメです。無言上限もいけません」
:三期生がそろって無言上限してるのが笑える――3333円
:一期生もいた――1111円
:二期生は……ヴァニラ以外か――222円
:――50000円
:ヴァニラ参戦した!――2222円
「えっ! 同じ事務所間でなにやっているんですか? 私も投げるべき? 手数料を取られるだけでは? って黄楓ヴァニラ先輩!?」
:マナー違反すまんヴァニラ復帰待ってるぞ――10000円
:俺も甘党として待ってる――10101円
「ヴァニラ先輩へのメッセージはご自由にどうぞ。でもスパチャはいりません。普通のコメントでお願いします。ここで投げてもお金はヴァニラ先輩に届きません!」
:配信主のお許し出たヴァニラ待ってるから――30000円
:見たことなかったけどヴァニラさんに応援します――4649円
:復帰待ってます――50000円
「だからスパチャはいりません! 赤スパチャは本当に重いんです。もっと気軽に配信させてください!」
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収益化記念のご祝儀祭りは配信予定時間終了ギリギリまで続き。新たなトラウマが生まれようとしていた。
「……スパチャ怖い。期待が重い。夢も気概も覚悟もない幼女を札束で叩く世界が恐ろしい」
:ついに自分で幼女言い始めたなこれで上限――1000円
:トラウマ持ち引きこもりの未成年に酷いことをこれで上限――3939円
:スパチャ連投して上限アピールする悪い大人もいるからな上限――2828円
【ねこグローブ】:お祭り騒ぎももう終わりかな?
:ねこグローブ先生来た――5151円
【ねこグローブ】:なぜ私でスパチャ? じゃなくてアリスちゃん呼び出しかかってるよ
「……ねこ姉。呼び出し?」
【ねこグローブ】:デビュー配信でやらかしたからパソコンに事務所との直通通話機能入れたでしょ
:事務所からの呼び出しw
:なんか真面目な話?
:デビュー配信でやらかしてたな
【ねこグローブ】:ミュートにしているみたいだけど配信切らずに出なさいと圧力が……私に
:ねこグローブ先生不憫――4949円
「事務所から? 着信件数が九十九プラス……上限超えてる」
:それはwww
:早く出なさい――8484円
:最後になんかあるのか
「……怖いけど出ます。もしもしマネージャーな――」
『生配信でチンコロチンコロ連呼していいわけあるかぁーーーー!』
キーンとするハウリング音。
配信にもコメント欄にも沈黙が訪れる。
あまりの切実な叫びに理解が追いつかない。ただ理解できなくてもなんとか常識と照らし合わせることはできた。
「……ごもっとも?」
『わかるならなんで言った! あれだけ発言には気を付けてって注意したよね。天然なところあるから。配信内容は良かったよ。面白かったよ。最後私も感動したよ。でもずっと気が気じゃなかったよ。冒頭三分でチンコロ言ったよね。ずっと電話かけていたけど無視されるし、ねこグローブの奴は笑い転げてるし――』
マネージャーがまだ何か言っているが耳に届かない。ようやく理解が追い付いてきた。
チンコロはヤバい。チンコロ事件は確かにヤバい。
「BANですか! もしかして収益化配信でBAN? チンコロBANですか? せっかく今から頑張るぞって応援もらったのに収益化取り消しで削除ですか!?」
『だからチンコロ言うな!』
「マネージャーも言ってるのに!」
『……ごほん。まだわからないけどうちの担当と協議して、センシティブな意味はなく事件の名前。固有名詞で通すつもり。審判を待ちなさい』
「……はい」
あまりの正論に呆然としているとコメント欄が大草原になっていた。
:草しか生えんwww
:ヤバい糞ワロタwww
:すでに上限で送れるスパチャがないwww
:冒頭からチンコロ事件はいいのかと思っていたけどwww
:最後にマネージャーのツッコミがwww
:チンコロの意味もストレート過ぎたw
:これはアウトwww
「えーと……もしかすると収益化取り消しで一から再スタートかもしれませんけど。皆様応援してくれますか?」
:おう!
:当たり前w
:こんな凄い配信初めて見た
:怪物新人現る
:マネージャー面白過ぎたw
:約束された面白さ
:最後で全部持って行かれたけど全体的良かった
:伝説になった
:応援するしかない
:応援する限りやるんだろ
:なら永遠に辞められないな
:歌もトークもよかった
:今度は歌も待ってる
:だから続けてくれ
もう笑うしかない。
この応援があれば収益化が飛んでも大丈夫だろう。どんなにバカやっても続けられる気がする。
これにて本日の公演の幕は降りる。けれどまたすぐにショーの幕は上がる。公演期間の終わりは決まっていない。望んでくれる人がいるならばショーは続けなければならない。
『The Show Must Go On.』
「はい! それでは予定時刻です。お仕事モード終了。今日は長く付き合っていただきありがとうございました。やっぱり世界に叛逆しなくてはいけない気がする反省が必要な新暴走型駄メイドロボ真宵アリスでした」
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第一章をお読みくださり誠にありがとうございます。
フォロー、評価★、レビュー、応援などお待ちしております。
第一章は主人公真宵アリスの一人舞台でした。
この物語は完結まで作り込んでいました。
全体で言えばまだ序章。各章ごとにお話としては完結していますが、全て五章と六章(最終章)につながる物語です。
第二章からは一気に世界が広がります。登場人物も増えて、場面転換も流動的に。配信中心ですが全体的に動きが活発になります。
虹色ボイス事務所というVTuberの箱の世界をお楽しみがください。
※登場人物それぞれにドラマと成長はありますが群像劇ではなく、あくまで主人公真宵アリスの成長物語です。
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