第10話 茶会毒殺事件
名指しされた白暘は声を落として喋り始めた。悲壮感漂うその姿は、一見すると心の奥底から悲しんでるようにも見える。前回よりも格段に演技が向上しているので、彼が人形だと知ってる雪玲でさえも騙されそうになった。
「我々はあなたを妃として迎えに来たわけではございません。その腕とその体質が必要なのです。……事の発端は、今から三年前、後宮で起きた事件からでした」
それは〝茶会毒殺事件〟といわれていた。
当時、
すぐさま調査の結果、果物の砂糖漬けに毒が仕込んであることが発覚。
その後、使用された毒物を特定するため、果物の砂糖漬けを調べたところ鴆毒の反応があった。亡くなった八人の体液を調べると、同じく鴆毒の反応があり、調査にあたった奚官局は、これを鴆毒を使用した毒殺だと断定した。
管理不足の責で、茶会の菓子を用意した
(どういうことでしょうか)
話を聞きながら雪玲は冷や汗をかいた。
三人はその様子を恐怖からくるものだと判断したようだ。翔鵬はどこか嬉しそうに、護衛の二人は——片方は演技だろうけど——心配そうな表情を浮かべた。
「肝が据わっていても、さすがにこれは驚くのだな」
翔鵬の言葉に、白暘は「女性には辛い話ですから」と返すと心配そうな目で雪玲を見た。
「気分が悪くなるのも仕方ありません。少し休憩を挟みますか?」
「いえ、大丈夫です。驚いてしまっただけですので」
雪玲は首を振る。
「使用されたものは、確かに鴆毒ですか?」
「春燕どのは月光石という石をご存じですか?」
月光石は名の通り、真っ白な鉱石だ。月の光を浴びると仄かな光を発するのでその名が付けられた。
「鴆毒に反応し、色が変わる鉱石です」
鴆毒が付着するとその部分が黒ずみ、輝きが失われてしまうのだ。そのため、銀に反応しない鴆毒に唯一反応するとして重宝されていたが、董家が没落し、鴆毒の商品が世に出回らなくなった今、その価値は石ころへと変わってしまった。
「ええ、検死の際、亡くなった八人の血液と唾液を月光石に付着させたところ反応がありました」
では、鴆毒が使われたのは事実だ。月光石は鴆毒にしか反応しない。
「そして、茶会から三月が経つ頃、高位の妃二名が死亡しました」
まず、最初に遺体で見つかったのは徳儀の妃位を与えられた
その二週間後には
「彼女達の直接的な死因は毒であることは間違いありません。ですが、使われたのは鴆毒ではなく、別のものと考えられます」
「皆様の見解としては、事件の犯人は複数いるということでしょうか?」
「確かに茶会とは違い、二名の妃の死亡状況は酷似していますが、そう考えるには証拠が足りません」
「使用されたものが茶会で使われた毒と違う点はどういったお考えなのですか?」
「董家が没落した今、鴆毒の入手は非常に困難です。犯人がどういった経緯でそれを入手したのかは、まだ分かっていませんがそれなりの量を確保することはできないと考えています」
「つまり、同一人物である場合は茶会で鴆毒を使い切った、または少なくなり他の毒物を使用したとも考えれるのですね」
矢継ぎ早の質問を終えると雪玲は頬に手を添えた。
(月光石が反応したのならば茶会で鴆毒が使われたのは事実なのでしょう。けれど、なぜ今頃、白暘様に鴆の採取を命じたのでしょうか?)
普通なら、茶会で鴆毒が使用されたと分かったときに調べるはず。恵華山の
雪玲は危険を承知で賭けにでることにした。
「鴆毒を扱えるなんて〝雪玲〟でしょうか?」
彼らの話や身振りから自分が雪玲だとバレていないことは分かっている。
けれど、理解できない点が一つあった。鴆毒を採取できるのは生き残っている董雪玲だけだ。後宮で、鴆毒が使われたとなれば真っ先に疑う存在を、彼らは口に出さなかった。
「〝雪玲〟など存在しない」
雪玲の質問に、今まで傍観に徹していた翔鵬が答えた。
「董雪玲は九年も昔に鬼籍に入った」
続いての言葉に雪玲は驚き顔をあげた。頭の中で翔鵬の言葉を
(私が死んだ……?)
確かに翔鵬は雪玲が死んだと言った。聞き間違いのはずがない。
「死んだと言ったのだ。なぜ驚く?」
「……私の
「雪玲の死は公表してないからな」
「彼女は確かに亡くなったのですか?」
「なるほどな。やはり、お前も知らないのか」
翔鵬は忌々しそうに両目を細めた。
「俺の父——先代が董沈に殺され、俺が王位を継いだ時に真っ先に戸籍を調べたのさ。名前はもちろんのこと、性別、年齢、その他全てを」
実父である先代を思い出しているのか、口調は荒々しい。特に、董沈の名は口にするのもおぞましいと言いたげに吐き捨てた。
「董雪玲は九年前、病がもとで四つにして亡くなっている。元々、体が弱かったらしいな。現に董沈と交流のあった者全員が、雪玲が幼少時以降、会ったことはないと証言しているからこれは確かだろう」
「まあ、それで……」
「娘が俺を殺すというのは董沈の狂言だ。亡者の名を使い、俺を怖がらせるとは本当に性根が腐っている」
大好きな父を侮辱され、雪玲が固く拳を握り感情を抑え込んでいると、白暘が静かな動作で前に進みでた。
「雪玲が亡くなったのは事実です。戸籍を偽ることはできません。特に董家に関しては」
そして一冊の本を手渡してきた。表紙に書かれた言葉から董家の戸籍表のようだ。
「それは義父から聞いております。毒を食し、溜めることができる体質を外に出さないために厳しくしていると」
「ええ。ですので、董家は全員が亡くなったのは事実です。雪玲を含め、
「……でも、誰が鴆毒を用意したのでしょうか?」
「毒に耐性を持つ人間ならばいる。そこにいる白暘や
急に口を挟んだかと思えば、鋭い目付きで雪玲を見定めた。
「——で、どうするんだ?」
整った爪先で卓を叩く。その音が大きく室内に木霊した。
「我が後宮に入り、一連の事件を解決するか、ここで首を斬られるか好きな方を選べ」
その無情な言葉に、雪玲は悩むことなく了承の意を伝えた。
すると大男が近づいてきた。何事かと身をこわばらせた雪玲を無視して担ぎ上げる。道具のような扱いだが、その手は至って優しかったのと、大男が小声で謝罪を口にしたことから、これが彼の意志ではないと知る。
まさかと思い、担がれた体勢のまま翔鵬を見ると玩具が手に入った子供のように笑っていた。雪玲が断っても、こうして大男に担がせて連れ去る予定だったのだろう。
「さあ、帰るぞ!」
意気揚々に叫ぶと扉を蹴破る勢いで外に出る。このまま連れて行かれそうになり、雪玲は冷や汗をかいた。
(ヤバいです。これは、すごくヤバいです)
だらだらと滝のように流れる汗を不快に思いながら、考える。
(木槿はどうすれば、香蘭なら世話もしてくれるでしょうけど、嫌々とですが……)
いくら無毒といえ、鴆である木槿を香蘭含む鳴家の者達はよく思っていない。ただ一人、紫雲だけは木槿を可愛がってくれているが、彼は跡取りとして多忙な毎日を送っている。
かと言って自然に帰すなんてできない。馬酔木達は歓迎するだろうが、毒を持たず、見た目も派手な木槿が自然界で生き残ることは不可能に等しい。
(それに仕事道具も持って行かないと)
いくら雪玲が鴆毒に詳しかろうが道具がなければ何もできない。
(この方達に中身を知られるわけにはいきません)
薬草や鉱石なら問題はないが、鴆の骨や羽、乾燥させた内臓は絶対に見られるわけにはいかない。硝子瓶で保管してあるため、一見してそれが鴆の一部だとは分からないが彼らが月光石を持っていたら一発で分かるだろう。
もんもんと考えに耽っていると門が見えてきた。その前には翔鵬が乗ってきたと思われる軒車が置いてある。
「お待ち下さい!」
軒車に乗せられる前に雪玲は叫んだ。三人は足を止める。
「お前、大声を出せたのだな」
翔鵬が驚いた表情を浮かべた。
「どうした?」
「荷物を取りに行きたいのですが」
「必要ない。衣装も全てこちらで用意済みだ」
「いえ、道具が欲しくて……」
煮えたぎらない様子の雪玲に苛立ったのか翔鵬は片眉を持ち上げる。
「いらん。こちらで用意する。もちろん、お前の世話をする女どももな」
つまり、道具も、誰も連れて行くなということか。
(本当に横暴な人……!)
周囲の意見に耳を傾けず、自分の好きなように生きるなど子供の——否、子供の方が分別がついている。そんな男がこの瑞国を統べる王だと信じたくない。
「その道具の中に
その問いかけに翔鵬は首を捻った。
「白暘、どうだ?」
「
「でしたらグレープフルーツはございますか?」
「ぐれぃぷ?」
「異国の果物ですね。少々お時間はかかりますが取り寄せることはできます」
「果物なんかを何に使う気だ?」
「グレープフルーツは特定の薬の作用を強化したり、副作用を引き起こすので、解毒薬に活用できないかと研究中でして、後宮でも続けたいのです。あと、鶏冠石やシャタバリ、ジャボクも欲しいのですが、これらはございますか?」
「……白暘」
「両方、取り寄せれば用意はできますが最低でも三月はかかるかと」
「最後に鴆毒が使用されたのが三年前でもいつ解毒薬が必要になるか分かりませんので、持っていきたいのですが……」
翔鵬は顔を覆うと大きく息を吐いた。
「すぐ戻ってこい」
不本意だと顔にでかでかと書いてあるが、わざわざ取り寄せて商品の到着を待つよりも雪玲の自前の道具を持っていく方がいいと判断したようだ。
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