第96話 弟子二人、アジトへ

 ドーナの案内で、一番近くの大陸が見えてきた。

 と言っても、本来なら船で四日もかかる距離。

 その距離を、魚人族と兎人族の速さがものの半日で埋めた。 

 これもすべてクロアとの特訓のおかげだが、今はそれに感謝している暇はない。

 久方ぶりに陸に上がったミオンは、少しばかりの安心感を覚えて息を吐いた。



「それにしても、例の三人は見ませんでしたね。まさか、もう陸に上がったのでしょうか?」

「多分そうっすね。ディプシーの王国軍は、スピードをかなり重視して鍛えられるっすから」



 なるほど、どうりで見かけないわけだ。

 いくら二人のスピードが常人離れしていても、先に出た三人に追いつくのは無理ということだろう。

 ということは、ここからは陸の探索になる。

 だが、海のギャングのアジトの場所はすでにわかっている。

 ミオンはウィエルから貰った地図を取り出し、浜辺から森林へと入っていった。

 後からドーナも追いかけてくるが、陸が珍しいのか辺りをキョロキョロと見渡している。



「はぁ〜……ティプシーとはまったく違うっすねぇ……」

「確かに、海底にはこういった木々はありませんでしたね。私としては、ディプシーの方が違和感がありましたが。えっと、ここがこうなってるから……多分あっちですね」



 ミオンの独り言に、ドーナは首を傾げた。

 今までミオンと一緒にいて、ミオンが道に迷っている姿を見たことがない。

 地図があるのに、迷うなんてないと思うが……。

 そう思い、ミオンの持っている地図を覗き込むと。



「ぶっ!?」

「きゃっ!? な、なんですか、いきなり!」

「い、いや、すんません。……それ、なんすか?」

「え? ……地図?」

「無理がある」



 ミオンの手に握られているもの。

 それはとても地図とは言えない代物だった。

 よくて子供の落書き……いや、見ようによっては芸術のようにも見える。

 ぐしゃぐしゃに描き殴られているのに、どこか神聖みを感じるのは気のせいだろうか。

 ミオンは苦笑いを浮かべ、地図をドーナに見せた。



「ウィエル様って方向音痴なんですよね。だから場所はわかるけど、地図を描かせるとどうしてもこうなってしまうんです」

「よくこんな地図でわかりますね、姉弟子……」

「あなたも亜人ならわかると思いますけど、私たちは方向感覚はずば抜けていますから。それに加えて、聴覚探知である程度の地理は把握できますし」



 ミオンの言う通り、この地図でもなんとなく方向だけはわかる。

 だけどこれで辿り着くのは、ウィエルをよく知るミオンだけだろう。



「まあ、安心してついてきてください。といっても、私も探り探りなのでちょっと時間は掛かりますが」

「お、押忍。よろしくお願いしますっす」



 今のドーナは、陸での方向感覚はほとんど機能していない。

 だからミオンだけが頼りだ。

 ここでミオンとはぐれたら、間違いなく干からびて干物になる。

 若干の緊張感を持ちつつ、ドーナはミオンの後ろをついて行く。



「それにしても……海上っていいっすね。一年のほとんどを海底で過ごしてると、たまの陸が新鮮で気持ちいいっす」

「魚人族でもそう思うんですか?」

「そうっすね、意外と」



 魚人が外に出たら干からびそうな気もするけど。

 そう思うもミオンはぐっと飲み込んだ。

 ウィエルの地図(?)とミオンの案内で歩くこと数十分。

 水辺からかなり離れた場所まで来ると、ミオンが立ち止まって身をかがめた。



「あそこですね。ドーナさんと同じ、魚人の気配がします」

「洞窟か……あの中に、海のギャングがいるんすね」



 ドーナの心にふつふつと湧き上がる負の感情。

 暗く、重く、どす黒いものが煮詰まり、今にも爆発しそうになる。

 が、しかし。



「ドーナさん、ステイ」

「ッ……姉弟子……?」



 ミオンもそれを察したのか、震えるドーナの手を強く握った。

 負の感情には正の感情、なんて生易しいことは言わない。

 ただ、一人じゃないと思わせる。それだけでいい。

 ミオンの温かい手に包まれ、ドーナの負の感情が少しずつ収まっていった。



「落ち着いて、目の前のことだけに捕らわれないでください。視野が狭まりますよ」

「でも……!」

「気持ちはわかります。ですが、それは心の奥底にしまってください。心を燃やし、そして頭は冷静に。いいですね?」

「……押忍」



 ミオンの言う通りだ。

 ドーナの目標は、復讐の達成。決して、復讐心に支配されて暴れるのが目的じゃない。

 目を閉じて心を落ち着かせ、ゆっくりとまぶたを開いた。



「大丈夫そうですね。それでは……行きましょう」

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