第94話 勇者の父、送り出す
「無理です」
謁見の間から出ると、ミオンはクロアに対して抗議していた。
当たり前だ。いきなり実戦を指示されたら、誰だって抗議の一つや二つするだろう。
しかも、これが冗談じゃないというのはよくわかる。
何故なら、提案したのが他でもないクロアだからだ。
クロアが冗談を言うはずがない。
案の定、クロアはキョトンとした顔をしていた。
「何故だ?」
「いやいやいや、私とドーナさんでどうにかなる問題を超えてますよね!?」
「出来る、出来ないじゃない。やるんだ」
「やる、やらないの問答ですらないんですか!?」
顎をあんぐりと開けて愕然とするミオン。
確かにクロアの性格ならわかるが、だからといってたった二人でならず者と戦うなんて、正気じゃない。
だがドーナは、真っ直ぐな目でクロアを見つめていた。
「師匠。これは俺たちならやり遂げることが出来るってことですか?」
「ああ。俺が保証する」
クロアの力強い言葉と眼差しに、ドーナは体の内側から震えた。
これは恐怖ではない。
海のギャングへの復讐心でもない。
燃え上がるような──武者震いだ。
「……俺、やります。やってみせます」
「マジですか。はぁ、弟弟子が頑張るのに、私がやらない訳にはいきませんよね……わかりました。わかりましたよぅ……」
「それでこそだ」
クロアの力強く、大きい手が二人を撫でる。
一ヶ月近く二人を殴り続けた地上最も硬い拳が、二人の頭を包んでいる。
それだけで、何故か勇気が湧いてくるようだった。
「死を間近で感じる戦闘は、訓練の数倍、時には数十倍の経験値を生む。しっかり学べ。これも勉強だ」
「押忍!」
「はい」
気合を入れた二人は、近くで待っていた軍団長と共に駆けていった。
ウィエルはにこやかに去っていく二人に手を振ると、少しだけ不安げな顔になった。
「でも、本当に大丈夫でしょうか? ミオンちゃんはともかく、ドーナくんは……」
「それは、復讐心についてか?」
「はい」
その気持ちはわかる。
確かにドーナは強くなった。
でも戦闘面や能力的に成長しただけで、精神面はまだ危ういところがある。
クロアもそれは感じていた。
その上で、クロアは二人に行かせる決断をしたのだ。
「ミオンちゃんの時と同じだが、今回は事情が異なる」
「なるほど、時間ですね」
「流石ウィエル。よくわかってる」
ウィエルの言う通り、ミオンとドーナは同じ復讐心を持っている。
が、ウィエルは事が起こってから時間は経っておらず、まだ救うことは出来た。
しかしドーナに関しては、時間が経ちすぎて復讐心が煮えたぎってしまっている。
今のドーナに何を言っても、こちらの声は届かないだろう。
復讐は何も生まないとか。
復讐の連鎖が続くだけとか。
復讐をしても家族は生き返らないとか。
──そんなものは、恵まれている者の言葉だ。
復讐を胸に王国軍にしがみついて、復讐を糧に過酷ないじめに耐え抜き、復讐を原動力に訓練に耐えた。
それほど濃密で熟成された【復讐】を、止めることなんて出来ない。
「復讐を復讐のまま、仇をとる。今のドーナにはそれが必要だ」
「ですが、それが達成されたら? 生きる糧を……目標を失ったら、どうなるのでしょうか」
「知らん」
「そう言うと思いました」
ウィエルはクロアをジト目で睨めつける。
なんとなく気まずくなったクロアは、そっと目を逸らした。
「復讐を達成したらポイって、ちょっと身勝手すぎません?」
「そうか? 世の中には復讐以外の目標なんて、山ほどあるだろ。守る、稼ぐ、旅をする、戦う。ドーナにはこれから先、色んな道が待っている。そう考えると、これは次の世界に行くための試練みたいなもんだ」
「……そうですね。そうかもしれません」
クロアの言う通りだ。
ドーナの人生は、ドーナのもの。目的を果たした先まで口出しするのは、度が過ぎている。
「あなたって、結構考えてますよね」
「俺は思慮深い方だぞ」
「何も考えず私にプロポーズしてきたのは、どこのどなたですか?」
「燃えるような恋というのは、人を盲目にさせる」
「ぅ……口が上手いんですから」
ウィエルは頬を染めると、ピトッとクロアの腕に擦り寄る。
クロアも満更ではない様子で、ウィエルを抱き寄せた。
「なるほど、これが世にいう寝盗られというやつか。しかし何故だ。余、キュンキュンする」
「そこ、黙りなさい」
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