第87話 魚人の弟子、話す
翌日。ミオンとドーナがいつも通りクロアにボロクソにやられていると、中庭に誰かが入ってきた。
騎士の恰好をした魚人だ。恐らく王国軍だろう。
だがミオンたちに絡んだ三人でなく、もっと屈強そうな男だった。
男を見て、ドーナは慌てたように敬礼する。流石のクロアとミオンも動きを止め、男を観察した。
「ふむ、強いな」
「あ、当たり前っすよ。国王軍団長ですから……!」
緊張した面持ちで、ドーナが答える。
国王軍団長。道理で感じる圧が濃いはずだ。
突然中庭に入って来た国王軍団長に、ネプチューンが首を傾げた。
「団長、どうしたのだ?」
「失礼いたします、女王陛下。少々ドーナに聞きたいことがありまして」
「ふむ……クロア、よいか?」
「ええ、問題ありません」
クロアはここでは部外者だ。身内同士の話に介入するつもりはない。
ミオンと共に下がると、団長がミオンへ視線を向けた。
「申し訳ないが、君もだ。昨晩のことについて聞きたい」
「昨晩?」
意味がわからずミオンを見ると、あからさまに顔を逸らされた。
絶対何かあったな……クロアはミオンの頭に手を乗せ、無理やり自分の方に向かせた。
「ミオンちゃん、正直に話しなさい」
「わ、私たちは悪くないです。あいつらが悪いんです」
「ふむ……何があった?」
「……私とドーナさんが訓練後の反省会をしていたら、向こうが絡んできたんです。だからちょっと腕を握って……」
ミオンの説明に、クロアはため息をついた。
絡んできたということは、以前ドーナに暴力を振るっていた三人のことだろう。性懲りもなく、またドーナに絡んだらしい。
しかし事情はどうあれ、騎士に手を上げるのはまずい。下手をすれば不敬罪で捕まる恐れもある。
案の定、団長は目を吊り上げ、ミオンを見下ろした。
「おかしいな。私が聞いた報告では、自分たちが訓練をしていたら絡まれ、不当に暴力を振るわれたと聞くが?」
「そんな! 私たちがそんなことをするはずないじゃないですか!」
「ミオンちゃん、落ち着くんだ」
明らかに激昂している。このまま掴みかからんばかりの勢いだ。
クロアがミオンの肩に手を置くと、ミオンは鼻息荒く団長を睨み付ける。
すると、ネプチューンがつまらなそうに口を開いた。
「団長。貴様はクロアの愛弟子が、むやみやたらに力を使い怪我をさせた……そう言いたいのか?」
「事実、一人の腕には剛腕で握られた跡があり、痣になっています。理由はどうあれ、騎士に暴力を振るったことには変わりないかと」
「ではドーナに対し、そやつらが暴力を振るっていたことはどう説明する? もしミオンとドーナに制裁を加えるのであれば、そやつらにも制裁を加えるのが道理では?」
「彼らからは、自主訓練中の事故による怪我があったと報告を受けています。訓練では怪我は付き物ですから」
ネプチューンの眼差しを真っ直ぐ受ける団長。
決して間違ったことは言っていない。事実と報告を元に、淡々と話しているだけだ。
ネプチューンと舌戦を繰り広げている団長に、クロアが近付いた。
「軍団長殿、聞きたいがよろしいか?」
「なんだ?」
「三人の報告が、本当に正しいと?」
「……何が言いたい」
クロアの言葉に、団長が圧を強める。
だがクロアはその圧を、涼しい顔で受け止めた。
「貴殿は女王陛下のお客人だとは聞いているが、我らの問題に首を突っ込まれるいわれはない」
「ミオンは俺の身内だ。身内に何かあるのなら、相手が魔王だろうが神だろうが、誰であろうと必ず守る」
クロアと団長の視線が交錯する。
近くにいるミオンとドーナの体が震える。殺気や闘気ではない。純粋な圧が場を支配する。
と――不意に、団長の圧が霧散した。
「はぁ……すまない。別に制裁を加えに来たわけではないんだ。本当に、ただ事情を聞きに来ただけなのだ」
団長が懐から紙を取り出す。分量がおかしい。明らかに、本一冊分に相当する。
「これはあいつらが今まで報告してきたものだ。我らは自主訓練の後も、訓練内容と怪我の有無を詳細に報告させる。ほとんどの報告書では四人での訓練と書いてあるが、ドーナの怪我の有無がほとんど『無』になっている」
「そ、そんな……!?」
団長の言葉に、ドーナは愕然とした。
確かに、いつも報告書は三人が提出していた。ドーナ自身は書いたことがない。
だがその理由が、事実の隠蔽だとは思わなかった。
「昨夜の報告を受け、改めて報告書を確認した。流石に違和感があってな。ドーナの口から、直接話を聞きたい」
「お……俺……いえ、私は……」
ドーナは震える体を押さえ、ゆっくりと口を開いた。
ほぼ毎日のように、自主訓練と称した暴力を受けていることを。
このことを話せば、今まで以上の暴力を加えると脅されたことを。
だからこそ、今の現状を変えるためにクロアの下で修行をしていることを。
全てを話し終えると、辺りは静寂に包まれた。
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