第61話 勇者の父一行、海へ繰り出す
翌日。準備を万端に整えた三人は、服を着たままビーチへとやって来ていた。
人気のない岩場からの出発だ。見られても問題はないが、出発方法が特殊なだけに、騒ぎになると厄介だから。
今日も今日とて晴れ。太陽光が燦々と照り付けている。
ただ少しだけ波が高い。いつもミオンが修行していた時より、かなり荒れている。
生唾を飲み込んで、寄せては返す波を見つめるミオン。若干緊張しているようだ。
そんなミオンの肩を優しく叩き、ウィエルが笑みを浮かべる。
「ミオンちゃん。どれだけ波が荒れていても、魔力コントロールは一定ですよ。あれだけ頑張ったのです。ミオンちゃんならいけます」
「は、はいっ!」
ミオンとしては、ただでさえ出発を一日送らせてしまった負い目もあって、ここで失敗はしたくない。
深呼吸を繰り返し、目を閉じて魔力コントロールに集中する。
いつも通りの魔力量を足に流し、ゆっくりと海へ歩みを進めると、まるでフカフカのカーペットの上を歩いているかのような感覚と共に、一歩一歩海面を歩けた。
ただ立つのと歩くのでは感覚が違う。変な感じがする。
だが問題ない。いつも通り歩ける。
妙な感激で、ミオンはクロアとウィエルの方へ振り向いた。
「で、出来ました!」
「うむ、上出来だな。流石ミオンちゃん、筋がいい」
「そうですね。いい魔力コントロールです。足裏だけでなく、魔力の膜で全身も覆っていますね。これなら誤って落ちても濡れることはないでしょう」
「…………」
おかしい。手放しの賞賛だ。
起きた時に、クロアから「これからの修行は密度三倍だ」と聞かされていたから、もっと鬼のような状況を想定したのだが。
「ミオンちゃん、勘違いしていないか? これも立派な三倍だ」
「え?」
ミオンの思考を読んだかのようなクロアの言葉に、ミオンは首を傾げる。
これも三倍。どういうことだろうか。
「厳しくするところは三倍厳しく。褒めるところは三倍褒める。密度が三倍というのは、そういうことだ」
「な、なるほど」
なんとなく納得した。
確かにクロアとウィエルは、褒める時は褒めてくれる。だから今も、いつもより褒めてくれるのだ。
だがそれは、飴と鞭が三倍になるということ。
これから自分を待ち受ける鞭に、ミオンは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「さあ、出発しよう」
「ですね」
クロアとウィエルが、ミオンに続いて海面を歩く。
三人は振り返らず、海を歩いて旅だった。
――それを見ていた一つの影。
楽器を片手にさまよっていた吟遊詩人が、偶然にもその姿を目にしていた。
「ぉ……おぉっ。一柱の男神に二柱の女神が、海の上を歩いている……!? 創作意欲が湧いて来たァ!!」
この名もなき吟遊詩人によって紡ぎ出された【海神の戯れ】は、何世代にも渡り後世へと語り継がれたという。
◆
「クロア様、最初はどこに行くんでしたっけ?」
海へ出て数時間。日が少し傾いて来たタイミングで、ミオンが口を開いた。
疲れは見えない。魔力の循環もうまくいっているようだ。
クロアはポケットから地図を取り出すと、それをミオンへと渡した。
「ここから一ヶ月は海の上だ」
「い、一ヶ月……」
途方もない距離に、思わず顔をしかめてしまった。
それも仕方ないだろう。この先一ヶ月、寸分の狂いも許されない魔力コントロールを強要されるのだ。
ある意味で地獄である。
「目的地はレオド国。聞いたことは?」
「確か、鍛冶産業が盛んな国でしたっけ。小さい国だけど、鍛冶の腕前は世界一と噂の」
「よく勉強してるな。レオド国にウィエルの知り合いがいる。その人に、ミオンちゃんの武器を作ってもらうんだ」
「武器……わ、私のですか!?」
思わぬ言葉に驚いてしまった。
まさか自分の武器を作ってもらえるとは思ってもみなかったから。
しかもウィエルの知り合いということは、実力も相当なものだろう。
そんな人に武器を作ってもらえる。それだけでテンションが上がって来た。
「ミオンちゃん、魔力コントロールが乱れていますよ」
「ひゃいっ」
ウィエルから氷のような圧を掛けられ、すぐに魔力コントロールに意識を戻す。
心が浮つく程度で魔力コントロールが乱れるのは未熟な証拠だ。
ミオンは自戒し、魔力を一定量足裏に流し続ける。
「途中、ある国によって食料を補給する」
「え、国ですか?」
地図を見ると、目的地であるレオド国へ到着する前に、海上のある場所に丸が付けられていた。
「小さな島でしょうか?」
「いや、島じゃない。国だ」
「????」
意味がわからない。
島じゃない。でも国である。何かのとんちだろうか。
「ま、着けばわかるさ」
「凄い場所ですよ。楽しみにしていてくださいね」
「は、はぁ……?」
一抹の不安を抱えつつ、ミオンは二人の後についていった。
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