第54話 勇者の父、容赦なし

「うげ」

「しっ。ミオンちゃん、反応してはいけません」

「はぃ……」



 余りにもわかりやすい輩たちに、ミオンはつい顔をしかめてしまった。



「おいおい、ひどいじゃーん?」

「うちらこー見えても冒険者でさ、金と腕っ節には自信があんのよねー」

「勿論、女の扱いにもな。ぎゃはははは!」



 鍛えられた男たちの体と下品な会話に、誰もウィエルとミオンを庇おうとしない。

 目を合わせず距離を取り、中には風呂場から逃げ出す始末だ。

 下手に庇ったりしたら、目をつけられかねない。

 特にこういう輩は、人を傷付けても平気でいられるような奴らだ。

 自分の身を守るため、無視か距離を取るというのは適切な対処だった。

 勿論二人も無視。ミオンはウィエルの腕に抱きついて震えている。



「無視すんなよー。ちょっと遊ぶだけだってぇ」

「そーそー。ちょっとだけ酒飲もうよ。ね?」

「おねーさんたち、どこから来たん?」



 二人が風呂に、一人がウィエルたちが逃げられないように後ろに座り込む。

 だがウィエルたちは動かない。ただ無表情で風呂に浸かっている。



「どうよ俺らの筋肉。結構イケてるっしょ?」

「魔物相手に実戦で鍛えられた筋肉だぜ。普通女に触らせる時は金取るけど、おねーさんたちならただでいいから」

「結構評判なんだよ。ほれほれ」



 無駄に筋肉を動かしたり、大胸筋をピクピクさせる三人。

 それが滑稽で、愚かで、ついミオンが吹き出してしまった。



「ミオンちゃん」

「だ、だってっ。あの程度の筋肉で……!」



 遂に腹を抱えて笑いだしそうになってしまう。なんとか我慢出来ている状態だが。

 ウィエルも窘めてはいるが、心の底ではミオンと同じ気持ちだ。

 そんな二人の反応を見て、輩の三人の顔は怒りで真っ赤になる。



「テメェら……女だからって調子乗ってんじゃねーぞ!」



 そのうちの一人が激昂するも、ウィエルとミオンは全然怖がらない。

 むしろ、却ってミオンは冷静になってきた。

 真の筋肉と真のパワー、そして真の恐怖というものを知っているミオンにとって、この程度の怒りと恫喝はそよ風にもならない。

 知らず知らずのうちにメンタルまで鍛えられていることに、気付いてはいないようだが。



「クソが……!」

「ちょっと顔がいいからってふざけやがって」

「少し痛い目をみせねーとな」



 三人が、ゆっくりとウィエルとミオンに手を伸ばし──






「何をしている?」






 ──世界が凍りついた。

 湯船に浸かっているのに、体の芯から凍るような声。

 まるで捕食者に睨まれた弱者のように、声の主に目を向けたまま動かない。

 そこにいたのは、まるで巨人のような『漢』だった。

 自分たちの比にならない程鍛えられた肉体に、日に焼けた肌。

 ドラゴンですら視線で射殺せそうな眼力。

 ある種、尊敬と畏怖の念を抱くほどだ。



「あら、あなた。おかえりなさい」

「クロア様……!」

「ただいま、二人とも」



 悠然と二人にシャンパンを渡すクロア。

 それなのに、三人の輩は微塵も動くことが出来ない。

 そこでようやく悟った。

 自分たちは、触れてはいけないものに触れてしまった、と。

 ウィエルとミオンにシャンパンを渡したクロアは、ここで三人に目を向ける。



「さて、そこの三匹。ついてこい」

「……ぇ、ぁ……」

「そ、その……」

「聞こえなかったか? 俺はついてこいと言った」



 有無を言わせぬ、本能へ直接命令する言葉。

 三人の中に、逆らうという文字はなかった。



「あの三人、大丈夫でしょうか?」

「さあ? もう私たちには関係ありませんよ」

「それもそうですね」



 貰ったシャンパンで乾杯し、喉を潤す。



「ふぅ……一つ言えるのは、この世で最後の思い出が私たちのような美人を目に出来た、というところでしょうか」

「哀れですね。真面目に生きていれば、こんなことにはならなかったのに」






 壁際に移動したクロアと輩三人。

 人影もなく、壁もある程度の高さしかない。といっても、三メートル近くのクリアガラスだが。

 三人は察した。

 ここは処刑場。そして自分たちは死刑囚なのだと。



「自ら飛び降りるか、俺に投げ落とされるか。選べ。三秒で決めろ」



 想定通りの言葉が投げかけられた。

 が、拒否するという選択肢はなく……三人は無言のまま俯いている。

 死の覚悟を三秒で決めることなんて当然出来ず、一人の輩が床に膝を着いた。



「すっ、すみませんでしたぁ! まさかあの二人が、あなたの連れと知らず……!」

「す、すんませんっ!」

「許してくだせぇ……!」



 それにつられ、二人も土下座をする。

 勿論そんな所を見せられても、クロアの心は微塵も揺らぐことはなく。



「俺の連れじゃなければ手を出していいと? お前ら、何様だ?」

「ぅっ……も、もうこんなことは金輪際やりませんっ!」

「冒険者として真面目に働きます……!」

「本当ですっ! 嘘つきません!」

「ほう、お前ら冒険者なのか」



 三人の話を聞き、クロアの目の色が変わった。



「俺も昔冒険者でな。そりゃあいろんな所を旅したもんだ」

「そ、そうなんですね……!」

「じゃあ俺らの先輩……!?」

「そうじゃないかと思ったんすよっ。オーラが違うというか……!」



 そこに勝機を見出したのか、三人はクロアを持ち上げる。

 クロアもうむうむと頷き、腕を組んだ。



「そうだな。冒険者としてかなり無茶をした。──例えば、生身で断崖絶壁を飛び降りたりとか」

「「「……ぇ……?」」」

「先輩としてアドバイスしてやろう。これも冒険者としての経験だ」



 一人の頭を鷲掴みにし、軽々と持ち上げる。



「上空から水面に叩き付けられた際、水面はとんでもなく硬くなるらしい。まあ鋼鉄に叩きつけられる訓練と思え」

「ま、待っ──!?」

「ほれっ」



 クロアが、遠投のフォームで一人の男を海の方へ投げる。

 八十キロ近くある男が、まるでゴミのように投げ捨てられるのを見て、他の二人は何も出来ずに固まっていた。



「さあ、あとはお前らだ。──気張れよ、俺の大切な人に手を出そうとした罪は重いぞ」

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