第47話 勇者の父、娼館に出向く
◆
宿を出たクロアは、港町アクレアナの北地区へ向かっていた。
それだけなのに、周囲からは物珍しいものを見るような目を向けられる。と言っても、クロアにとっては日常茶飯事だが。
筋骨隆々で二メートルを超える大男が街を闊歩しているのだから、それも仕方ないことだ。
観光地である南地区から、港である北地区に移動するには、幅が百メートルにも及ぶ大通りを通らなければならない。
しかも観光地と港の間だから、住人と観光客でごった返している。ここの賑わいは、どれだけ時が経っても変わらない。
そんな大通りを抜けて一本道に入ると、今までの人通りが嘘のようにいなくなった。
喧騒が遠くに聞こえ、まるで外界と遮断されたような感覚になる。
更に一本。もう一本と進んで行くと、更に雰囲気が変わっていく。
道を歩く者は、男、男、男。
そんな男を、色気のある女たちが誘うようにして立っている。
ここは色街──男と女の欲望が渦巻く、花の街だ。
ここであっても、クロアの存在感がなくなることはない。
却って、見た目通りクロアの
だがクロアはそんな視線は意に介さず歩いていき、一つの建物の前で止まった。
色街の中でも一際大きく、豪華な作りの建物だ。圧倒的に格が違う。
クロアは首を傾げ、周囲を見渡す。
「おかしいな。前はおんぼろ娼館だったはずだが」
過去に見た娼館とは似ても似つかない。
廃業したか、それとも売れたか……どちらにせよ、中に入って確かめる必要がある。
扉を開けて中に入ると、受付にいた一人の初老の男が目を見張った。
「これは……驚きました。クロア様ではありませんか」
「む? ……ガーノス、か?」
「はい。お久しゅうございます」
初老の男──ガーノスが恭しく頭を下げる。
「老けたな。心労は尽きないか?」
「はは。十数年という月日は、人を老いさせるには十分です。むしろクロア様はお変わりないようで」
「筋肉は全てを解決する。若さを保つ秘訣だ」
「それは興味深いお話ですね」
ガーノスは朗らかに笑い、クロアを応接室へと案内する。
昔のような板間とちゃぶ台ではない。ふかふかの絨毯に、細かな装飾が施されている椅子と机。壁際には調度品や芸術品が飾られている。
部屋を見渡し、ガーノスの方へ振り向いた。
「ガーノスがいるということは、廃業したわけじゃないんだな」
「ええ。ナックスの手腕により、今ではアクレアナでも最高級娼館としての地位を頂いております。クロア様がよろしければ、何人か見繕いましょうか?」
「俺はウィエル以外抱かん」
「ほっほっほ。相変わらず仲のいいご夫婦ですな。では少々お待ちを。ナックスをお呼び致します」
ガーノスは恭しく頭を下げ、応接室を出た。
なんとなく居心地が悪く、窓から通りを見下ろす。
女の肩に手を回して歩く男。
女に手を引かれて裏路地に消える男。
一人の女を取り合って争う二人の男。
はっきり言って、この手の空気感にはいつまで経っても慣れない。
待つことしばし。控えめなノックと共に、一人の女性がトレーにグラスを乗せて入ってきた。
絶世という言葉がかすむ程の美貌。純白の肌に、エメラルドグリーンの瞳。ブロンドの長髪。そして特徴的な、
この特徴は他でもない、別名長命種と呼ばれる亜人。ハイエルフだ。
そしてこのハイエルフの女性に、クロアは思い当たる節があった。
「む、君は……まさかサキュアか?」
「はい、クロア様。お久しゅうございます」
サキュアと呼ばれたハイエルフは、太陽のような笑みを浮かべた。
当時の記憶を掘り起こすと、最初にサキュアと会った時はまだ子供だった。アクレアナのビーチで倒れていたところを、ウィエルと共に助けたのだ。
信用出来る友人であるナックスに預けたのを最後に、めっきり話は聞かなかったが……。
当時とは似ても似つかないほど、肉体的に成熟している。ウィエルという超が十個くらいつく絶世の美女を知らなかったら、クロアでもときめいてしまうほどに。
(ハイエルフが成長した姿をみるのはこれが初めてだが……なるほど、貴族がこぞって手に入れたくなるわけだ)
サキュアがテーブルにお茶を置くのを待ち、話しかける。
「久しぶりだなぁ、サキュア。こんなに大きくなって」
「はい。あれから十九年と六ヶ月十八日経っていますから」
「こ、細かいな……」
「ハイエルフは記憶力がいいのです」
胸を張って「むふー」鼻息を荒くするサキュア。
その目は、どこか期待した目をしている。
サキュアがこういう目をする時は、決まって褒めて欲しいという表れだ。
「残念だが、もう頭は撫でないぞ。サキュアもそんな歳じゃないだろう」
「そんな歳ですっ。ハイエルフは長命ですが、私はまだまだお子ちゃまですっ」
「こんなに色気のあるお子ちゃまがいるか」
「欲情します?」
「しないけど」
「しょんなっ……!?」
四つん這いになって項垂れるサキュア。
なんか面白い子に育ってるな。月並みにそう思うクロアだった。
「うぅ。お客様からは大金を払ってでも身請けしたいと言われるほどなのに……やはり、ウィエル様には勝てないのですね……」
「ウィエルに勝とうだなんて、あと数万年早い」
「流石のハイエルフも数万年後には骨ですよ!?」
「スレンダーでいいじゃないか」
「骨をスレンダーと表現する人初めて見ましたです!?」
そんな小粋なやり取りをしていて、気付いた。
「お客様? サキュア、今娼婦なのか?」
小さい頃から知っている女の子が娼婦をしていると思うと、なんだか複雑である。
「あ、いえ。パパ……ナックス様には娘のように思われているので、お店のお手伝いだけです。ですが……」
「美貌に惹かれて、求婚してくる男が後を絶たないというわけか」
「まあ、そのお陰で通ってくれるお客様も多いので、嬉しい限りですが」
だが本当に困っているのか、そっとため息をつくサキュア。
どうにかしてやりたい気持ちはあるが、クロアに出来ることはない。
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