第13話 勇者の父、進撃する

 扉をくぐると、地中に向かって階段が伸びている。

 松明も電灯もないのに明るい。階段は下りやすいように整備されているし、手すりまで付いている。間違いなく人工的なものだ。

 扉から覗き込み、ミオンは緊張で唾を飲み込んだ。



「な、なんだか怖いですね……」

「確かに嫌な気配がします。負の気配がビンビンに伝わってきますよ」



 ウィエルも油断せず階段の先を見ている。

 ここまで濃密な負の気配を感じたのは、クロアやウィエルをもってしても初めてだ。



「俺が先に行こう。ミオンちゃんは真ん中。ウィエルはしんがりを頼む」

「わかりました」

「は、はいっ……!」



 ゆっくりとした足取りで階段を下りていく。

 下に下りて行けば行くほど、濃密な負の気配がまとわりついてくる。いつ感じても、この空気には慣れない。

 ミオンはカビの臭いが気になるのか、顔をしかめて鼻を押さえている。



「ミオンちゃん、大丈夫ですか?」

「ふぁい」

「大丈夫じゃなさそうですね……臭いだけなら遮断出来ますので、お待ちください」



 ウィエルが指をくいっと曲げると、ミオンの体が淡い光に包まれた。

 臭いを遮断する魔法なのか、全く気にならなくなった。



「あ、ありがとうございます、ウィエル様」

「いえいえ。兎人族は五感が人間より優れていますからね」

「そうなんですよ。でも嗅覚を遮断されると不安になりますね……」



 兎人族の五感は人間より優れていて、特にミオンの嗅覚は兎人族の中でも頭一つ抜きん出て鋭い。

 今までも臭いのおかげで、何度も危機を脱して来ている。

 信頼を置いている嗅覚の一つが遮断されているのだ。不安にならないはずがない。


 そんな不安そうにするミオンの頭を、ウィエルがそっと撫でた。



「大丈夫ですよ。私と旦那がいるのです。ミオンちゃんには指一本触れさせませんから」

「ぁ……ありがとう、ございます」



 二人の強さは知っている。

 だから心配する必要はないのだが、いつまでも守ってもらうわけにもいかない。

 自分が強ければ、仲間を殺されることも、拐われることもなかった。


 自分の弱さが──憎い。



「それでいい」



 不意に、クロアが意味深な言葉を発した。



「な、なんですか?」

「その感情を忘れるな。だが、呑まれるな。飼い慣らせ」



 クロアの言っている意味がわからない。

 今ミオンが秘めている感情は、限りなく負に近いものだ。

 それを忘れるなと。呑まれるなと。飼い慣らせと。

 困惑顔でウィエルに助けを求めるが、ウィエルも意味深な笑みを浮かべているだけで答えてくれない。



(……意味がわかりません)



 そっとため息をつき、気持ちを切り替えて階段を降りていく。


 しばらく降り続けると、ある所で階段ではなく通路になった。

 大人がギリギリすれ違えるほどの幅だが、天井は高い。クロアには狭そうだが、動き回るには苦労しなさそうだ。

 通路の壁には扉が一定の感覚で並べられ、更に分かれ道もある。



「正式なルートは、私の探知に任せてください」

「わ、私も聴覚探知でお手伝いします……!」

「ありがとう。ウィエル、ミオンちゃん」



 ウィエルは手をかざし、ミオンは耳を澄ましてルートの確認をする。

 すると、二人揃って眉がピクリと動いた。



「罠だらけですね。正しいルートを辿らないと罠が作動する仕掛けのようです」

「それに、待ち構えている人間が沢山います。百や二百じゃききません」

「ふむ。ここまでおびき寄せて、逃げられなくさせたようだが……考えが甘いな」



 クロアが歩みを進める。

 まるで心配事がないように、軽快な足取りだ。



「あなた、そこの扉です」

「ああ」



 ウィエルに言われた通りの扉を開ける。



「死ねああああああああぁぁぁ!!」



 次の瞬間、扉の先にいた大男が、クロアに向けて斧を振り下ろす。



「よっ」



 振り下ろされた大斧に向け、クロアが拳を振るう。

 直後、大斧が粉々に砕け散った。



「……へ? あぎゃっ!?」



 呆然としている大男の頭を鷲掴みにし、片手で軽々と持ち上げる。

 大男の体重は余裕で100キロは超えているだろう。

 クロアは大男を掴んだまま大きく振りかぶり──



「ふんっ!」



 ──通路の先へ向け、投げ付けた。

 超高速で投げられた大男は、巨大な砲弾のように通路の奥にいる人間を木っ端微塵に粉砕する。



「ま、待っほげっ!?」

「ぎゃっ」

「ぺきゅっ」

「ぽぺっ」



 数にして五十人ほどだろうか。

 通路にいた敵は全て肉片となり、最後に大男も壁に衝突して爆散した。



「よし」

「ナイスボール」

「もう私、ツッコミません」

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