第10話 勇者の父、謁見する

「おーっ、クロアの旦那!」

「旦那、今日はいい野菜入ってるよ!」

「クロアさん、今日も素敵……」

「おじちゃん遊ぼー!」



 クロアが大通りを歩けば歩くほど、色んな人に声を掛けられる。

 みんなの顔は爽やかで、心の底からクロアを信頼しているようだ。

 クロアの後ろ姿を見つめて、ミオンがウィエルに話し掛けた。



「クロア様、凄い人気ですね」

「月に一回は、木材を売りに来ていますから。その時は一泊して、街の皆さんの手伝いをしているらしいですよ」



 クロア程の肉体と力があれば、どんな手伝いでも出来るだろう。

 妙に納得してしまった。

 一人一人に挨拶しながら大通りを進む。

 街の人全員と知り合いなのか、ひっきりなしに呼ばれている。



「これ、どこに向かってるんですかね?」

「わかりませんが、旦那のことです。宛はあると思いますよ」



 ウィエルもクロアを信頼しきっているのか、微笑みを絶やさずついて行く。

 ミオンとしては、こんなに呑気で仲間を助けられるのか心配で仕方ないのだが。

 でも今は、二人を信じてついて行くしかない。


 歩くこと一時間ちょっと。

 三人の目の前に、巨大な屋敷が姿を現した。



「こ、ここは……?」

「領主の家だ」

「領主……って、貴族様ですか!?」

「ああ。行こうか」

「行こうかっ、て!?」



 クロアとウィエルが警備兵へと話し掛ける。

 と、直ぐに鉄扉が開き、中へ通された。

 こんなあっさり貴族と面会が出来ることに、ミオンの思考と体は硬直した。



(英雄クロア様、凄すぎます……)

「ん? ミオンちゃん?」

「ぁっ。い、今行きます……!」



 急いで後について行く。

 警備兵が敬礼で三人を迎え入れると、鉄扉が音を立てて閉まった。

 と、庭先には既に初老の男性がいた。

 傍らにはメイドが待機していて、恭しく頭を下げている。



「クロア、久しいな!」

「お久しぶりです、ガルド卿。お元気そうで」

「がははは! なぁに、まだまだ若いもんには負けんよ!」



 親しげに話す初老の男性──ガルドの名前を聞き、ミオンは背筋を伸ばした。

 アプーやここら一体の統治を任されている、ガルド・ロゼイア辺境伯。

 正真正銘、本物の貴族だ。



「ガルド様、お久しぶりでございます」

「うむうむ。ウィエル殿も相変わらず美しいな。若さの秘訣を教えて欲しいものだ。がはははは!」



 二人と話すガルドの態度に、ミオンは目を瞬かせた。

 貴族と聞いていたから、もっとプライドが高いと思っていたが、全くの逆だ。

 親しみやすく、旧友に接するようにクロアとウィエルと話している。


 ガルドはひとしきり笑うと、二人の後ろにいたミオンに気が付いた。



「む? その娘は兎人族か?」

「はい。兎人族のミオンです」

「は、初めまして、ロゼイア様! み、ミオンと申しますっ、です、ます……!」



 緊張に緊張を重ねて変な語尾になっている。

 ガルドはニカッと笑うと、ミオンの肩を力強く叩いた。



「がはははは! そんなに緊張することないぞ! クロアの友人なら、俺の友人だ!」

「は、はい……」



 無礼講というのだろうか。ちょっと気が緩んだ。

 だがミオンはその言葉を信用していない。

 貴族と平民は天と地ほどの身分の差がある。それは絶対にわかっていないといけない。



「それでクロアよ、今日はどうした? 飯でも食うか?」

「いえ。実は急用がありまして」

「ほう、急用?」

「はい。実は──」



 クロアがガルドに、今までの経緯を話した。

 さっきまで見せていた笑顔が消え、怒りに満ちた顔に変貌していく。



「……それは本当か?」

「恐らく」

「……ここじゃまずい。中に入ろう」



 ガルドはクロアの背を押し、中に入るよう勧める。

 三人は抵抗することなく、ガルドと共に屋敷の中に入っていった。



   ◆



「この街で奴隷オークション、か……信じられんな」



 ガルドは椅子に座り込み、頭を抱える。

 この街を統治して数十年。そんな情報は一回も聞いたことがなかった。

 しかし、クロアの言っていることが嘘だとは思えない。クロアとは昔馴染みだ。こんなことで嘘をつく人間じゃないことは、ガルドもよく知っていた。



「それが本当だとして、どうやって中に入れているのだ?」

「ここに来る途中、山賊を拷問しました。どうやら、外部と内部を繋ぐ地下道があるらしいです。奴隷オークションに参加する貴族も、そこから入っているのだとか」



 自分の統治している街で非合法なことが行われている。

 ガルドは深々と息を吐いた。



「ガルド卿。お聞きしますが……この件にあなたは関わっていないのですよね?」

「当たり前だ」



 二人の目が交錯する。

 時間にして数秒。二人は揃って破顔した。



「嘘はついていないみたいですね」

「ああ。俺が非合法なことが嫌いなことくらい、お前も知っているだろう」



 二人の仲は浅くない。ガルドが非合法なことに手を貸さないのは知っている。

 ガルドは紅茶を飲み、気持ちを落ち着かせた。



「何故この街なのだ?」

「憶測ですが。この街は国の端にありながらも様々な物資が届き、尚且つ交通の便もいい。そして重要なのが、亜人の住む地方へすぐ行けるということです」



 クロアの言う通り、ここはアルバート王国の端にありながらも、恵まれた物資と交通の便がある。

 憶測と言ってはいるが、まず間違いないだろう。


 ガルドは憤怒に染まった顔でグラスを床に叩きつけ、更に机を殴り砕いた。



「この俺を舐めおって……根絶やしにしてやる! クロア!」

「ええ。俺もそのためにここに来ました」



 奴隷オークションを潰し、奴隷商を殲滅する。

 二人は力強い握手をし、まだ見ぬ敵に向けて殺意を向けた。

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