第9話 勇者の父、顔パスで通る
◆
「やはりもう売られてしまった後らしい」
リーダー格の男と肉体言語でお話をし、クロアが戻ってきた。
手には麻袋に入った大量のアルバート王国金貨が握られている。
数にして数百枚。クロアの年収が金貨一枚だから、数百年分の稼ぎになる。が、言い換えればこの程度の額で人が売り買いされているのだ。
怒りの感情が煮えたぎり、粘度が高まってくる。
その感情を押さえつけて麻袋をミオンに渡すと、悲しそうな顔で俯いた。
「ミオンちゃん。さっきも言った通り、奴隷として捕まった者はオークションに掛けられるまで身の安全を保証される。助け出すならそこを狙うしかない」
「……はい。私、諦めません」
こぼれ落ちそうになる涙を拭い、ミオンは気を引き締める。
ここで泣いても仲間は帰って来ない。
泣いてる暇があったら少しでも行動しないと。
覚悟を決めた目を見て、クロアはゆっくり頷いた。
「それでいい。強い子だ」
「あ、ありがとう……ございます……」
突然褒められて恥ずかしくなったのか、今度は別の意味で俯いた。
ミオンの変化にクロアは首を傾げたが、今はそれどころじゃない。
馬を《ストーンウォール》の外に出し、装備を全て外して野生へと放った。
「これでよし。それじゃあウィエル、後始末を頼む」
「わかりました」
ウィエルの手が石の壁に添えられる。
と、石の壁が崩れ落ちると共に、肉片を巻き込んで地中深くへと沈んでいき……最後には何も無い更地と化した。
「かなり深くまで埋めたので、野獣や魔獣が掘り返すことはないでしょう」
「ありがとう、ウィエル」
ここまで来れば、アプーの街まではあと一息。
三人は街へ向かって走ると、ようやくアプーの門が見えて来た。
クロアたちの住む村は、木で作られた塀と門が周りを囲っている。
しかしアプーの街は、見上げるほどの石のブロックで作られた堅牢な塀に、人間一人では絶対に動かないであろう重厚な門に守られている。
アプーはアルバート王国でも大きな街の一つで、国中から様々なものが集まる都市として知られている。
今も行商人が、検問を通るべく列を作っていた。
「アプーに入るには、必ず検問を通る必要がある。行商人とは別に、旅人用と観光客用に検問は分かれてるんだ」
「クロア様、私たちはどこで通ればいいのでしょうか?」
「いい質問だ。俺たちは別の入口から入る。こっちだ」
クロアは列から外れ、検問ではなく衛兵の駐屯所へと向かった。
駐屯所の入口で、欠伸をして立哨している衛兵。
だがクロアの姿を見ると、衛兵は背筋を伸ばして敬礼した。
「こ、これはクロア殿とそれに奥方様! お疲れ様です!」
「お疲れ様です。申し訳ない、速やかに中に入りたいので、許可を貰えますか?」
「そ、それはもう! どうぞ、お通りください!」
「ありがとうございます」
緊張した面持ちで敬礼する衛兵を横目に、三人は駐屯所を抜けてアプーの街へと入っていった。
あまりの待遇の違いに、ミオンは目を白黒させている。
それもそうだ。ミオンも仕事の手伝いで何度かアプーに来たことはあるが、手続きが面倒で相当待たされたのを覚えている。
そんなミオンを見て、ウィエルが笑顔を見せた。
「どうして、って顔ですね」
「か、顔に出てましたか?」
「ええ。分かりやすく説明すると、旦那はこの街の英雄なんですよ」
「英雄……!?」
英雄なんておとぎ話の中でしか聞いたことがない。
思いもしなかった二つ名に、ミオンは頭を殴られたような衝撃を覚えた。
英雄ゼノは、剣一本で数千もの魔獣の大軍を食い止めた。
英雄ミシェルは、魔法で死の疫病を浄化した。
英雄カレアは、精鋭を率いて魔王軍を蹂躙していった。
どれもこれも、信じられないような偉業ばかり。
偉業を成し遂げた者が英雄と呼ばれ、後世に語り継がれる。
だが思い返すと、クロアはパンチ一発でドラゴンを絶命させた。
確かにそれなら、英雄と呼ばれるのも不思議じゃない。
「クロア様は、どのような偉業を……?」
「この石の塀です」
「……ん? え?」
「二十数年前。身一つで石を切り出し、一晩のうちに街を囲う石の塀を作ってしまったのです」
「……は?」
自分の耳を疑った。
否、疑わない人はいないだろう。
たった一晩で、この巨大な石の塀を作った。しかも一人で。
偉業と言えば偉業だが、あまりにも突拍子もなさすぎる。
「二十数年前、アプーは街ではなく村でした。村から街へ発展させるため、当時村を統治していた貴族が、旦那に依頼したのです。その力を使い、出来るだけ早く石の塀を作って欲しいと」
「それを一晩で……?」
「はい」
デタラメすぎる。偉業というより異常だ。
今のクロアの年齢は四十歳に届かない程だ。二十数年前となると、まだ十代そこそこ。今のミオンよりも年下だ。
(クロア様……一体何者なんだろう……?)
ミオンの疑問は、更に膨れていった。
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