04-03-07 晋四 桓温 終

 孝武帝こうぶていの元に、桓温かんおんが来朝することになった。


 孝武帝は謝安しゃあん王坦之おうたんし新亭しんていまで出迎えをさせた。建康けんこうのひとびとはざわめき、語り合う。「桓温はあの二人を殺した上で簒奪を目論んでいるのではないか?」と。

 王坦之は大いに恐れおののいていたが、一方の謝安は泰然としていた。


 そこに桓温がやって来る。百官はみな道の側に退き、その間を桓温が兵を率い堂々と進む。そして出迎えにやってきた朝士と向かい合う。このとき王坦之は動揺のあまり流れ落ちる汗で着物をすっかり濡らし、笏を逆さまに持つなどの失態を演じていたが、謝安は落ち着いた様子で席に着いていた。それどころか、桓温に対して言う。


「私めは左伝さでん昭公しょうこう二十三年にて諸侯有道、守在四鄰なる語句に巡りあったのですがね。春秋しゅんじゅうの昔、は区々として守りを固めようとしたことで却ってにつけ込まれたと伺っております。桓公ほどのお方がそうした故事をご存じないとも思えぬのですが」


 桓温が笑って言う。

「それができぬせいで、こんな事態に陥っておるのだ」


 そして自らが率いた兵に解散を命じた上、しばし謝安と何日かにわたり談笑を交わした。

 この対談を、郗超ちちょうがベッドのカーテンの裏に潜み聞いていた。そこに風が吹き、カーテンがめくれ、郗超の姿があらわとなる。謝安が笑って言う。


「郗どのこそ入幕の賓とお呼びすべきなのでしょうな」


 桓温は謝安にすっかりやり込められたことに恨みを抱きつつ姑孰こじゅくに帰還。やがて病が重くなったため九錫きゅうしゃくを早くもたらすよう請求したのだが、謝安や王坦之はわざと九錫授与についての議論を先延ばしとした。


 そうしている内に、桓温は死んだ。

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