第511話 雪駄の前坪と非現実的な夢

先週、私は成城での案件を済ませ、晩御飯を買って


帰る途中、雪駄の鼻緒の前坪が切れた。


何とか繋げようとしてみたが、どうにもならなかった。


引きずるように歩いていく途中、警官と目が合ったが、


「大丈夫ですか?」の一声も無く、まるで怪我人のように


歩いていた為、周囲の注意を引いた。


私は雪駄を片方、手に持ち、片足は裸足で歩いて


タクシー乗り場まで向かった。


一番驚いたのは、アスファルトの熱だった。


高温では済まないほどの熱さで、一瞬でもその熱は伝わり、


タクシー乗り場までは僅かな距離であったが、火傷した。


案件は済ませていたので助かったが、東京はどこも


アスファルトな上に熱がこもりやすい。熱を逃がすような


開けた場所もあまりない為、温度が下がる事は無い。


もうすぐ7月だ。本当の夏がやってくる。


毎年、暑さにより死者が出ている。


もう今年も半分が過ぎようとしているが、私はこのままでは


いけないのは分かり切っている。


私は以前、私に必要なのは何か答えを出した。


私が自分自身に必要なのは何か? 


答えは出たが受け入れて貰えないものだった。


カウンセラーや、ネット上で友人となった人にも言われたが、


私に必要なのは楽しむことだ。つまりは自分の好きな事をする事であり、


理解者ならば、この答えに行きつくが、理解出来ない人のほうが


圧倒的に多い答えな為、なかなか踏み切れない。


しかし、現実的に私は今までの人生を捨てなければ、治らない病に


冒されている。医師会病院でも検査はしたし、国立病院でも検査した。


私の体は病に冒されていたが、原因不明だった。


まだ父親が生きていた頃だった為、薬も何も出ず、私は精神的な事が


原因だと分かっていると言った。


母は私がそう言った事を知ると、恥じて、いつものように不機嫌になった。


私は昨夜、夢を見た。生まれて初めて見た夢だった。


私は第三者目線で自分も見ていた。父親とも母親とも弟とも仲の良い夢だった。


現実でも一度も無かったし、夢でも非現実すぎて今まで見た事もなかった。


愛犬や愛猫の夢なら何度か見た。懐かしい想い出だ。


よく生前にもっと良くしていれば良かった等と、愚かな事を言う人はいるが、


入院して明日をもしれない状態にならないと会わないのかと、私は度々思った。


実際、古くからの金持ちは秘密主義が多い。


私が父親の兄弟の中では一番仲良くしてくれた叔母でさえ、癌で入院していたと


死後に知らされた。わざわざ言う理由は葬式に出てほしいからだ。


もう何年も会ってなかった理由は癌で、死んだ後に顏を見た所で、私とってそれは


無意味な事だ。だから私は家族というものを知らない。お互いの利害の一致でしか


動かないものが家族と呼ぶなら、私の家は家族であろう。


テレビで不正や犯罪を非難はするが、自分も悪事に手を染めるのが、


私の父母だった。幼い頃から私に、まるで悪意が正しい事のように、平然と悪事に


手を染め、逆らおうものなら、殴る蹴るは当たり前で、拷問部屋に閉じ込められた。


明かりも無い、コンクリートむき出しの一畳もないほどの部屋に閉じ込められた。


それが平然と繰り返されていた。そしてそれが私にとっての現実だった。

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