第498話 喧嘩稼業 喧嘩師・工藤優作

工藤優作は猛毒を食らった。呼吸が徐々に困難になり、


足元がふらつき、そしてリングの上に倒れた。


工藤は意識を失った。


そして自分の中にある世界に、死の間際、


喧嘩をする時はいつも降り積もる積雪に倒れていた。


一匹の狼が、どこからともなく現れた。


そして工藤優作に話しかけた。


「俺の事はいい。お前はこのまま死ぬのか?」


「身体に毒を入れられた。最も警戒していた事なのに、

身体が死ぬ準備を始めている。細胞が壊れていくのを感じる」


工藤はそう答えた。


「——で? まさかそんな事で立てないとは言わないよな。

俺はこんなヤツを知っているぞ。ションベンを漏らしながら、

命乞いをした情けない野郎だ。

そいつは立ち上がったぞ——立ち上がって、立ち上がって、立ち上がった。

お前はそいつの眼前で言えるのか?! 

身体に毒を入れられたから、身体が死ぬ準備を始めたから、

細胞が壊れていくのを感じるから、もう立ち上がれませんと……」


「死んでも! 灰になっても! 消滅しても!

言ってはいけない言葉がある!!! 譲ってはいけない事がある!!!」


「自分を曲げる事だけは許さない!! お前は決意したはず!!!

誰にも媚びず、誰にも従わないと」


工藤優作は死にゆく中、孤独な狼に怒鳴られていた。


「死ぬ事はすでに避ける事はできないが、殺される事は許されない!!!

殺される事を唯一回避する方法は存在を無くす事——死ぬ前に殺せ!!!」


「最後の仕事だ。笑いながら潰してやれ」


工藤優作は孤独な狼の声を聞きながら、狼は自分自身だと気づいた。


「そうか……この雪原は俺……お前は俺——雪……強くなってきたな……」


左目を失いながらも、猛毒で死ぬ間際でも、工藤優作は立ち上がった。



それは工藤優作の信念であるから、立ち上がった。

どんな時でも、信念を貫く事を諦めれば、死人となんら変わらなくなる。


守るものの為ならば、新たな信念を築き、守るために命を使い果たす。

強い意識の塊である信念とは、そういうものだ。


私は今、弱っている。自分で分かる。再び下血が始まった。

昨日も今日も、血だけが私から離れていく——まるで私を見捨てるように。


私の信念はまだ貫き続けている。例え命と信念のどちらを取るか? と、

問われれば、信念を取って命はくれてやる。


私が踏み出すスタートに立つには、生命の危機にひんしているからと言って

立たなければ二度と立てなくなる。


私は予定よりは長く生きるだろう。心不全の事を調べた。入院が前提でしか何も

書かれていなかった。入院しても低くはない確率で、2年以内に死ぬらしい。


だから尚更、私は私にならなければならない。

強い意志を持ったあの頃に、戻らなければ何の意味も残せず死ぬだけだろう。


私は命について多くの人に、何故大切なのか聞いた。誰もが曖昧な答えだった。

自分は自分の命に対して、大切だと思っていないからだ。


その答えは自分で分かった。私は本当に命を捨てる覚悟で闘い、敗れ去り、

考え抜いた末、命を使って私の意地を見せる予定だった。


その覚悟を今も持っているから、私は自分の命を大切だと思えないと気づいた。


覚悟と意地と信念は繋がっている。工藤優作が立ち上がったのも同じ理由だろう。


己の信念も貫けないようなクソッタレになるくらいなら、全てを見せてから死ぬ

つもりで立ち上がったのだと思う。

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