第23話 問い詰める

 俺を遠くから見ていたのは男――顔は見たこともない奴だ。

 見た目は完全に日本人、変哲なところは幾分たりとも感じない。


 だが確実に殺気を放っている。

 俺と戦おうとしている。

 俺を殺そうとしている。


 相手は俺が迫っていることに感づき、さらに遠くにある山の方へと逃げていく。

 これは都合がいい。

 目立つようなことはしたくないからな。


 俺は相手が山に足を踏み込むのを待った。

 その方がこちらとしても動きやすい。


 そして相手が山に入った瞬間――俺はその距離をゼロにする。


「ううっ!」


「お前は誰だ? なんで俺に殺意を抱いてる?」


 そこは足場が悪く、少し衝撃を与えれば崩れてしまうような崖。

 普通の人が落ちれば間違いなく死んでしまうであろう景色が下方に広がっている。


「お、お前を殺さないと俺は……俺は!」


 男の手の爪が、急に肥大化する。

 なんだその能力は?

 

 エレノアたちにしてもそうだが、俺の知らない力ばかり。

 こいつもエレノアが来た世界から来たのか?

 

 まるで獣のような動きで俺に接近してくる男。

 左に飛びこちらに爪を突き立てると後方に引く。

 そこから右に飛び、再び俺に攻撃を仕掛けて来た。


「くそっ! 攻撃が当たらない! どうなってるんだ!」


「どうなってるって、その程度の実力で俺に勝てるわけないだろ」


「……実力が段違いということかぁ!!」


 男は死に物狂いで両手の爪を振るう。

 だがそれらはただの一つとして、俺を捉えることはできない。


「人を操って俺を襲って……最初から自分でかかってこいよ」


「んふっ!?」


 奴の腹部に拳を当て、衝撃を体内に置いてくる。

 さっきと違って今度は魔力も込めているので――相手はダメージを負う。


 男は膝をつき汚物を口から吐き出し、そこから身動きできなくなっている。


「ば、化け物か……」


「化け物はどっちだよ。そんな爪生やして、そんな殺人鬼みたいな顔をして」


 それでも俺の方が化け物なのだろうか?

 男の顔は青く、怯えた様子で俺を見上げていた。


「で、お前の目的は? なんで俺を襲った?」


「お、襲ってなどいない……」


「襲っていない? だったらあれはなんのつもりだったんだよ」


「あ、あれは……俺は関与していない」


「関与していないって……」


「蒼馬、大丈夫!?」


 話をしている最中、エレノアが空からこちらに駆けつけて来る。

 エレノアは俺に笑顔を向けるが、倒れた男を見下ろし怪訝そうな顔をしていた。


「どうした?」


「んん……なんだから変な気がするんだ。幻覚……? 説明しにくいんだけど、そんな感じがする」


「幻覚って……おい、お前何かしてるのか?」


「…………」


 男は観念したような表情を浮かべたかと思うと――その姿を変化させる。


「あ……」


 さっきまで日本人にしか見えなかった姿が……獣のように変貌を遂げたのだ。

 しかし完全な獣ではなく、人間のような形も残している。

 これは漫画やゲームなどで出てくる、言わば獣人のような姿。

 ライオンと人間のハーフのような姿をしている。


「ああ、なるほど。姿を隠蔽してたんだね」


「ああ……この世界では元の姿では目立って仕方がないからな」


「その姿……目的はなんだ? 俺に殺意を抱いて、操った人をけしかけて」


「そ、それは誤解だ……俺には人を操るような真似は出来ない」


「なんだって? だったらあれは?」


「あれは俺じゃない。戦っているお前を見て……その、あんな力を持った奴が俺に気づいたら殺される……だから殺さないと俺はここでは生きていけないと思ったんだ……」


「……だったら俺を見ていたのは」


「偶然だ。たまたま見かけただけなんだ」


 偶然……

 まさか俺を狙っていたのはまた別の人物だったとは。

 俺は見込み外れだったことにガックリし、深く嘆息する。


「だったらお前はどこから来たんだ? セルブターミルか?」


「ボクの世界にこんな人はいないよ」


 セルブターミルじゃないとすれば……マールバランド?

 いや、でもあそこにもこんな奴はいなかったはずだ。

 この世界の住人じゃないのだけは間違いないはず。

 本人もそれらしき事を言っているし、こんな存在この世界に存在しないし。


「お、俺が来たのはメリーサ。あそこの生活環境が悪すぎて、こっちに逃げて来たんだよ」


「メ、メリーサって……また違う異世界か」


 どれだけあるんだよ異世界。

 俺はまた面倒な事実が発覚したことに唖然とする。


「お、お願いだ、俺を殺さないでくれ。もう元の世界に戻りたくないんだ」


「ああ、いいよ」


「へ? いいのか……?」


「ああ。他人を傷つけないって約束するならな」


「や、約束する! 絶対に人を傷つけない!」


 男から殺気を感じない。

 言っていることは事実なんだと思う。


 今言ったことが嘘で、不意打ちを狙っていたとしても、この男ぐらいの実力だったらどうにでもなるだろうしな。


 それにこの男は、優しそうな目をしている。

 経験上、こういう目をしている奴は本当に人を傷つけないと思う。


「怪我させて悪かったな」


「いや……この程度で済ませてくれてありがとう。何かあったら俺に言ってくれ。見逃してくれたお前のためならなんでもするよ」


 男は俺に連絡先を手渡し、またこちらの人間の姿の化けて山を下って行った。


「まさか他の異世界の人もいるなんて、思ってもみなかったね」


「全くだ。面倒が起こらなければいいだけど」


 まさか異世界が他にあるとは。

 だがこれで、ある可能性が浮上することになる。


 それは他にも沢山、異世界が存在するのでは?

 ということだ。


 もしかして、これから数々の異世界人がこの世界に訪れたりして……

 なんてことを考え、俺は苦笑いをする。


「そろそろ学校行こうか。もう遅刻だろうけれど」


「そうだな」


 エレノアは跳躍するために足に力を入れる。

 だがその時、足場が急に崩れ出してしまった。

 力を入れたことに、地面が耐えきれなかったのだろう。


「え?」


 崩れたのはエレノアの足元だけ。

 決して崖崩れが起きるだとか、そんな規模ではない。

 しかし彼女は崖から落ちてしまいそうになっており、俺は咄嗟にエレノアの体を抱き寄せた。


「あ……ぶないな。大丈夫か?」


「う、うん。ありがとう。助か――っ!?」


 彼女の体を抱き寄せて助けたのはいいが……俺の手はなんと、エレノアの大きな胸を鷲掴みしてしまっていた。

 

 俺の腕の中で固まるエレノア。

 急速にその顔は真っ赤になり、俺の腕の中から飛び出す。


「な、なな、ななな、なんでボクの胸を触るのさ!」


「いや、不可抗力だ。わざとじゃないから許してくれ。な?」


「に、二回だよ、二回! 蒼馬は二回も胸を触ったんだよ!」


 胸を両手で隠し、俺を涙目でジッと睨むエレノア。


「こうなったら、責任取ってもらうしかないな……」


「責任?」


「そう、責任だよ! ぜーったい責任取ってもらうからね!」


 そう叫んでエレノアは一人、学校に向かって飛び去ってしまった。


「責任ってなんだよ?」


 俺は何をさせられるのだろう……

 お願いだから面倒なことは止めていただきたい。

 これ以上問題が増えるのは勘弁だ。

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