第8話 穏やかな休日と変わる日常

 エレノアとマナを完全にまいた後、買い物を済ませてさっさと自宅に戻った。

 買ってきた服を着て、モモにも可愛らしい洋服を着てもらう。


 それは女の子らしい、リボンの付いたワンピース。

 うん、メチャクチャ可愛いぞ。

 ロリコンじゃないけど、ときめきを覚えるほどだ。


 俺はボーッとしたモモの顔を見ながら今日あった出来事を思い出す。


「こっちに帰って来てからも、平穏からは程遠いな」


 新庄に絡まれるしモモが来るし勇者と魔王が来るし。

 初日からトラブルの連続だった。


「モモ、邪魔?」


「邪魔なわけないだろ。モモはここにいていい。いや、いてくれ」


「蒼馬がそう言うならいる」


 嬉しそうに少しはにかむモモは可愛かった。

 実際、モモがいてくれたら俺も嬉しい。

 最初は面倒かなと思った瞬間もあったけど……独りよりモモがいてくれた方が安心する。

 本来なら、独りで寂しい思いをするところだったんだろうが、モモが来てくれたおかげで暇してる時間がなくなった。

 

 それはきっと感謝することなのだろう。

 だから今は、モモがいてくれることに礼を言いたいぐらいだ。


「蒼馬、お腹減った」


「ああ、そうだな」


 窓の外は真っ暗闇。

 今日は昼から何も食べてないからお腹はペコペコだ。


 俺はコンビニで購入してきた弁当をレンジに投入する。

 数分待つと、チンッという音が鳴り、熱々の弁当の出来上がりだ。


「トンカツ弁当だ。美味いぞ」


「いただきます」


 初めて見る食材を前にしたモモは、なんだか感動気味に見えた。

 俺も久々のこちらの食事に心を躍らせる。

 ご飯の中央に乗っている梅干を見て、ここでようやく本当に帰って来たんだなという実感が湧いてきた。

 なんで梅干しにそんなこと感じたのかは全く分からないが。


 モモはトンカツをフォークで刺し、一口でパクリと食べる。


「うん。美味い」


「だろ? 結構イケるんだよ、コンビニ弁当って」


 甘いソースのかかったトンカツとホクホクの白飯を同時に口に放り込む。

 口の中が美味さに振るえるようだ。


「やっぱ美味いな! これが食いたかったんだよ」


 お腹が減っていたということもあり、俺は一気に弁当をたいらげた。

 味は問題なし。

 しかし、量が全く足りなかった。


 以前ならコンビニ弁当一つで十分だったのに、今はもう一つほど欲しいところだ。


「蒼馬、おかわり」


「ははは、もうない」


「え……」


 ガーンとショックを受け、絶望的な表情をするモモ。

 モモはこんな小さい体だと言うのに、成人男性の何倍も食事を取る。

 そのことを完全に失念していた俺は、彼女の頭を撫でて立ち上がった。


「ってことで追加分購入して来る。ちょっと待っててくれ」


「モモも行く」


 モモはゆっくりと立ち上がり、靴を履いて抱っこをねだってくる。


「はいはい」


 俺はモモを抱き上げ、壊れたドアからまた買い物をしに出掛けるのであった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 翌日の土曜日は日用品の買い出しに一日使い、平和なひと時だった。

 俺が求めていたのはこれだったのだ。


 だがしかし、そのまた翌日の日曜日。


 天気は自然に笑顔が出るほどの快晴。

 雲なんてどこにもないような良い天気だった。


「これ面白い」


 モモはタブレットでアニメ動画を見て微妙に笑っているようだった。

 大笑いするようなことはないけど、こうやってちょっとだけ笑うことがある。

 モモを楽しませるなんてどんな動画だ?


 俺は気になり、モモの横から動画を覗き見する。

 するとモモは俺の膝に座り、一緒に動画を見る形になった。


「ははは。確かに面白いな」


 一緒に見始めるとこれが案外面白く、何時間でも見れそうな勢い。

 こういうのって見だしたら止まらないんだよな。


 ああ、異世界に行く以前の記憶が蘇ってくる。

 このままモモとのんびり平和な生活を送っていこう。

 まったりした空気の中、俺はそう考えていた。


 しかし。


 ビーッとチャイムの音が鳴る。

 

「何?」


「誰か来たんだろ。新聞屋か?」


「新聞屋? 何それ?」


「情報を売りに来るんだよ」


「情報……スパイ?」


「いいや。善良な市民だろ」


 モモを膝から下ろし、俺は玄関に向かう。

 どうやって追い返そうかと考えながら、俺は扉を開けた。


「あ、どうも。103号室に住むことになった、エレノア――」


「……え?」


「あ、あれ? 蒼馬がなんでこんなところに……?」


 俺と来訪者は同時に唖然とする。

 なんと我が家に訪れて来たのは、勇者エレノアであった。

 彼女は先日と違い、ラフな格好をしている。

 それもこちらの世界の服装のようだった。


「なんでって、ここ俺の家だし」


「えええっ!? そ、そうなんだ……そっか……なんだか運命みたいだね! これってやっぱり、ボクと一緒にセルブターミルに来いってことだよ!」


 本当に俺がここに住んでいることを知らなかったようだ。

 彼女は驚いた様子でそう話していた。


「ははは。それはお断りだ」


 まさか一緒のアパートに越してくるなんて……

 偶然にしては出来過ぎな気もするけど、こんなものか?


「余たちの新しい住まいとやらはここか?」


「「ええ?」」


「ほえっ?」


 エレノアと話をしている最中、なんと彼女の背後にマナが現れた。


「な、ななな、なんでお主らがここにおるんじゃ!?」


「いや……ここ俺の家だし……って、一瞬のうちに二回も説明することになるなんて」


「よ、余も今日からここで生活することになったんじゃが……」


 マナはお嬢様といったような小綺麗な服装をしており――その後ろには仲間と思われる者を四人引き連れていた。


 俺たちは顔を合わせて呆然としたまま固まっていた。


 いや、勇者も魔王も同じアパートに引っ越ししてくるなんて、そんな話あるか?

 それも偶然なんて……認めなたくないけれど、これも運命なのかもしれない。


 俺は大きく嘆息し、固まったままの美少女二人の姿を見る。


 頼むから平穏に暮らさせてくれ……俺は苦笑いしながら、ひっそりとそんなことを願うのであった。

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