異世界で最強の暗殺者になった俺は現実世界に帰ってきたのだが、さらに別世界の勇者と魔王が俺をスカウトしにきた。だがいつの間にか二人に惚れられ取り合いになりモテまくっています。

大田 明

序章

第1話 芹沢蒼馬

 淡く青白く光る石造りの空間。

 幻想的な景色は温かみを感じるが、ひんやりとした冷たさがある。

 目の前には天井まで伸びる巨大な扉があり、俺は扉を見上げ一つ頷く。


「蒼馬……行くつもりなのですねぇ」


 おっとした口調で名残惜しそうにそう言うのは僧侶プリーストのレイラ。

 

 紫色の髪はセミロング。

 プロポーションは抜群で僧侶の服の上からでも分かる、その豊満な肉体。

 大変美人な彼女は俺を見送り来てくれていた。


 俺、芹沢蒼馬せりざわそうまはこの異世界に召喚され、そして今まさに元の世界に戻ろうとしていたのだ。

 

「ああ。もうこの世界でやり残したことはないからな」


「そうですが……皆寂しがりますね」


「おいレイラ。もう行かしてやろうぜ。お前が蒼馬のことお気に入りなのは分るけど、こいつにはこいつの人生があるんだよ」


「ラーク! へ、変なこと言わないで下さいー!」


 レイラが真っ赤な顔でラークに怒鳴りつける。


 ラークは背が高く筋肉質の格闘家グラップラー

 短く刈った赤髪を逆立ており、笑顔を絶やすことはない。

 鎧を好まず、いつも動きやすい服装をしている。

 それで戦場に出て無傷で帰ってくるのだから、実に強い人だ。


「おい蒼馬。向こうに戻っても修行を欠かすんじゃねえぞ」


「どうかな。もう戦いはこりごりだし。それに、向こうに帰ったら戦いとは無縁になるだろうしな」


「なんだ。お前から聞いてたけど、つまんねー世界みたいだな」



 俺が来た世界……俺が住んでいた国、日本。

 この異世界と比べると娯楽は充実していると思うが、確かに刺激は足りないかも知れない。

 

 だけど俺はそれでいいんだ。

 もう戦いばかりはこりごり。

 異世界もこりごりだ。


「この二年間は命をかけた戦いの日々だったらから、残りはのんびり生活をするよ」


「のんびりするぐらいだったらこっちに残ればいいのによ」


「そうですよぉ。こっちでも楽しい生活を満喫できるはずですぅ」


「でも……俺がいたら色々と問題も多いだろ?」



 ラークは「確かに」と一言呟き、苦笑いを浮かべている。


 俺はここでは、世界のバランスを崩しかねない面倒な存在として認識されている。

 人間には過ぎたる力――大きすぎる力・・・・・・を持っているからだ。

 

 だからここには残りたくないし、残るべきじゃないと思う。

 皆が平穏に暮らしていくために、そんな存在はこの世界からいなくなるべきなんだ。


 ゆえに、俺はこれから元の世界に戻ろうとしていた。

 刺激は少ない、平和な日本に。


「ですが蒼馬、『次元の扉』は閉じたままですよぉ。帰ることなんて不可能ではありませんかぁ?」


 レイラが洪大な扉を見上げ、ため息をついた。


 俺たちの前にある大きな扉――『次元の扉』。

 

 今から二年前、この扉を開かれ俺はこの世界に召喚されたのだが……

 今は完全に閉じてしまっている。


 扉を開くことができる者はこの世界にはもういない。 

 存在しないのだ。


 数日前まで大きな戦争があり、その戦いに巻き込まれて命を落としたのだ。


 扉が開かなければ元の世界に戻ることはできない。

 違う世界と行き来するためには、この扉をなんとかする必要があるというわけだ。


「ま、どう考えても不可能だろうな。力づくでなんとかなるような代物じゃねえ。俺の腕力を持ってしても、マリカの大魔術でも破壊することは無理だ」


 ラークは笑いながら続ける。


「お前が元の世界の帰るなんて言い出して、レイシスも呆れてただろ。この扉は普通の人間にどうこうできねえんだよ。だから誰も見送りに来てねえもんな」


「でも……」


「そう。でもそれでも、お前ならなんとでもできるんだろうな。不可能を可能にしてしまんだろ?」


 二人は笑みを浮かべて俺を見る。


「ああ。当然さ。俺に……殺せない・・・・物は何一つとして無い」


 次元の扉に右手を添える。

 氷のような冷たさを手のひら感じながら、力を解放すると――


 扉に大きなヒビが入り始めた。


「おおっ!?」


「本当に蒼馬は……規格外な人ですねぇ」


 次々にヒビが入っていき、次元の扉が崩れ出す。


「死の神と契約し、死の神を討伐せし者――」


 扉はジェンガのように完全に崩れ去り、その向こう側には黒く先の見えない空間が広がっていた。


「世界最強の暗殺者……あなたに殺せないものは何もない。やはり次元の扉までも『殺して』しまうのですねぇ」


「ははは! お前に不可能はねえのは分かっていたが、本当にこいつまで壊してしまうとはな!」


 扉を壊した俺を見てラークは大笑いし、レイラは呆れ返っているようだった。

 俺はそんな二人の方に視線を移し、そして別れの挨拶を済ませる。


「じゃあなラーク、レイラ。運が良かったらまた会おう」


「おう! ってかまた帰ってこいよな!」


「そうですよぉ、またこっちに来てくださいねぇ」


「ははは……また気が向いたらな」


 俺は二人に笑顔を向け、黒い空間の方を見る。


 俺はとうとう帰還するんだ。

 元の世界へ。


 ゆっくりと空間の中へと足を踏み入れる。

 背後を振り向くと、そこにいたはずのラークたちの姿は見えなくなっていた。


 上下左右、そして時間さえも存在していないような空間……

 だが自然と進むべき方向が理解できていた。


 懐かしい感覚が俺を導いてくれるような……


 俺は胸を高鳴らせながら、その感覚にしたがい黒い空間を流れて行くのであった。

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