第14話「名前呼び」

 

 それから、文芸部の快進撃となる文化祭準備が本格的に始まった。


 橘さんの動きと躍起になった部長の乳同盟加入国のおかげでスムーズに話は決まり、それなりに先生からの信用を着々と取り戻してこれてきたのか、教室の貸し借りも決まった。


 おかげで教室三個分程度を貸してもらえることになり、支給された7万円のうちの4万円でおもちゃの銃も6丁買うことができて準備はかなり順調に進んだ。


 中でも、橘さんが生徒会の運営の準備からちまちま様子を見に来てくれたり、「あの橘さんが文芸部に手を貸している!?」との噂が流れてくれたおかげで立場的にもかなりいいものになってきた。


 そして————準備期間も終わりに近づき、文化祭を翌日に控えた7月の中旬。


「よしっ……こんな感じでいいかしらねっ」


「うぉ。さすが、絵も描けるんだね、橘さんって」


「まぁね。昔はイラストレーターになりたかったし、基本程度ならかけるわよ?」


「きほんていど……これが」


 俺が本音を呟くと、彼女は少し難しい顔をした。


「まぁ……そんなにでもないよ。上には上がいるしね……」


 我らが高嶺の生徒会長が言うと少し説得力が増す。悲しそうな瞳の奥にはちょっとした後悔でもあるのだろうか。


「でも、俺は好きだよ? 綺麗で、かわいくて、なんかこう擽ってくるような感じがある」


「……はいはいっ。お世辞ありがと」


「お世辞なわけ!」


「いいのぉ……私はもう、そっちの道には行かないって決めたんだから……」


 悲しそうに、でも決心した強い瞳で言い放つ彼女は少しだけ綺麗に見えた。


 しかし、そんな恋人むんむんなフィールドを作り出す二人を見て横の部長が一言。


「……どこがだよ、このくらい私だって」


 嫉妬か分からないが、案外可愛い所もあるようだ。


「まぁ、部長は銃撃つのうまいですから気にせずともーー」


「ははっ‼‼ よく分かってるなぁ、二等兵!! それでこそ、我が隊のおとり役ってもんだ!」


「誰がおとりですか……だいたい、部長の隊になんて入りたくないですよ」


「ふんっ、上官命令を聞かないやつは軍法会議いきだな?」


「はいはいっ、言っててください」


 鼻息を荒く立てながら仁王立ちする部長を横目に俺は席に着いた。


「んじゃあ、色々と書類を書いていきますか」


「おい‼‼ 無視するな!!」


「は~~い」





 部長がようやく大人しくなり、文芸部用の書類を記入している間。俺は橘さんと二人で屋上に来ていた。


「……大丈夫なの? ほら、屋上のカギなんてもらってきちゃって」


「ん? あぁ、大丈夫っ! 適当に色々と点検したいとか言ったら先生が渡してくれたの」


「俺は大丈夫なのか? 別に生徒会でも何でもないけど……」


「——そこは、大丈夫でしょ!」


 満面の笑みでそう言う彼女。

 我ながら、ちょっと抜けているところというか、案外てきとうなところはいつになっても可愛く感じられる。


「まぁ、いいか」


「うんっ、なんかあったら一緒に怒られればいいしね!」


「それは……勘弁だな」


 クスクスと笑い声が誰もいない屋上に響き渡る。揺れた長い黒髪に、微笑む表情が夕暮れ時の背景に映えるのは言わずもがなだろう。それに、そんな彼女を独り占めできてしまうと思うと——案外、あの日の俺に感謝さえしてしまえる。


 ほんと、角オナ事件に出会ってくれた俺。まじであそこで教室戻って正解だったな。


 網目状の策を背に、空を見上げる橘さんの隣で何を考えているんだか。ふぅ―—と溜息をつくと、彼女は空に手をかざす。


「なんか……最近、楽しくなった気がするんだ」


「楽しくなった?」


 首を右隣に回すと、遠くを見る目は嬉しそうで、少し悲しげだった。


「うん。ほら、私。昔から生徒会だとか、成績トップだとか……ここの高校に入学したのだってさ、プライドとの戦いで結構辛かったの」


「……まぁ、噂はもう中学生の時から出来上がってたしな」


「えへへ……改めて言われると、案外嬉しいわね」


「褒めてるからな」


 頬を人差し指でポリポリと掻きながら照れると、そう言った俺に胸を揺らしながら近づいた。


 もはや触れ合っているような距離だが、そんなことにも気づかずに彼女は言う。


「……もっと、褒めてくれないの?」


 意地悪な上目遣いだ。

 いつもは教卓や、体育館のステージの上から冷酷な目で見降ろしてきたっていうのに今では俺が主導権を握っている。


 このままメイド服でも着せて、ご主人様プレイしてしまいたい――――だなんて言えるわけもない。


「褒めてるだろ、いっつも」


「えぇ~~、いっつも皮肉交じりじゃん……たまにはもっと褒めてほしいんだけど?」


「いやぁ……俺はいつでも全力で褒めてるぞ?」


「嘘ね」


「ほんとだよ」


「嘘! ぜったい本気で褒めてない!」


「本気だって……それに、近い」


「わざとよっ。……ぁ、でも、本気で褒めてくれたら離れてあげてもいいわよ?」


 余計に近づき、いたずらな目を向ける。

 

「んじゃぁ、褒めない」


「……っ」


 しかし、俺の方が一歩上手だった。


「いじわる」


「ごめんな……六花」


「え」


「ん?」


「な、名前」


「試しに呼んでみた」


 驚いたように目を見開く彼女。しかし、すぐに嬉しそうに笑うとこう言った。


「……もっと、呼んで?」

 

 まったくだ。ここで一度言っておこう。

 我らが生徒会長、橘六花は変態で、好きな男の子の前で角オナしてしまうくらいの度変態だが乙女でもあり、可愛さを兼ね備えたギャップ小悪魔である。


 しかし、ただ。


 彼女は焦らしプレイに弱い。


「文化祭で、言ってあげるよ」


「~~~~~~っ‼‼‼ もう‼‼」


 って、何言ってんだろうな、俺は。

 よし、みんな、忘れてくれ。

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