番外編「大人のおもちゃ」その1


 今まさに、勝負の時。

 俺は右手の拳を握り締めて、ふっと息を吐く。


 目の前で不思議そうに見つめている橘さんを前に、一歩前に出る。物理的にも、精神的にも、彼女に近づいて俺は————。






 橘さんの両親に挨拶をした日の翌日。


 彼女の家から持って帰ってしまったピンク色のローターを眺め、俺はずっと頭を悩ましていた。


「……やっぱり、断った方がいいのかなぁ」


 勉強もせず、ゲームもせず、ましては大好きなアニメすら見ることなく―—ただただ大人のおもちゃを眺めながら考える男子高校生。


 言うなれば、これは一種の地獄絵図。


 エロ地獄とでも言っておこうか。いや、ニュアンスというか、捉え方によっては天国みたいになってしまうな、流石に。


 しかも女性用のだし、これを傍から見たら普通に考えてやばいし、近寄りたくもないだろう。そりゃ、俺だって一人ですることはあるし、毎日……ではないけどまぁ男なら普通だろう。だが、こんな大人のおもちゃを眺めて物思いに耽る趣味はない。


 断じてない、断じて。


 だから俺の事を眺め大好き星人だとか、ローター魔だとか、眺めオナ常習犯だとか……変な名前で呼ぶのはやめてくれ。


 それならまだ義とか、よしおとか、親父とか、じじいで構わない。案外俺の名前も悪くはないかもな。


 あぁ、もちろん。これは振りじゃないからな。


「にしても……口にして渡すのはハードル高いしなぁ……」


 それもそうだ。

 俺はいい、別に言えないわけでもない。むしろ言えるまである。


 勿論、橘さんの家で話すし、全力で謝るつもりだけど。


 ただ、こんなの橘さんは耐えられるだろうか。いくら学校でしている所を見られているからって、こんなにもエロいおもちゃでやっていることはそれ以上に羞恥するはずだ。


 ——と、思えば思うほどどんどんと分からない方向に道が狭まっていく。分からない、分からなすぎる。何を言って、何をして、何を使えばいいか。


 分からないまま。

 いつの間にか翌日になっていた。


 いつにも増して笑顔な橘さんの嬉しかった話を楽しく聞きながら、ゆったりと授業をこなし、放課後。部活も休みで、久々の図書室で生徒会が終わるのをただ待っていた。


 文化祭明けの期末テストに向けて、物理学の教科書とノートを開き、力学の等加速度直線運動の公式を書いていく。



 v=v0+at

 s=v0t+1/2at^2

 v^2-v0^2=2as


 わかる。物理は得意だ。この3式で大体は解ける事も俺は知っている。


 ただ、ピンク色のおもちゃを返す方法はわからない。


 それとも橘さんが怒るかどうかは確率論なのか? それとも平均値から求められる期待値か?


 例えば、橘さんがめっちゃ怒る場合。

 橘さんが軽く怒る場合。

 橘さんが平常と受け取る場合。

 橘さんが恥ずかしがってもらう場合。

 橘さんが卒倒する場合。


 この五段階があるとしよう。


 それぞれから予想できる橘さんと俺の仲良し度を上から順に100を最大値だとすると……10、30、60、70、0。


 ここで、それぞれを引く確率も性格から予想して、2/10、3/10、1/10、3/10、1/10とする。


 すると期待値は31。


 仲良し度31。

 って考えると——望み薄なのは手を取るように分かる。


 ペンを一回転、二回転、そして三回転。

 そこで、俺は決意する。


 言って返すしかない。言って、謝って、返すしかない。


 図書室の隅の方でそう決心すると、俺は再び勉強へと腰かけた。








「……ねぇ……くん?」


 遠くから声が聞こえる。


「大丈夫……起きてる……? って、寝てるのか……」


 一人でツッコミをしている耳に馴染んだ声が聞こえる。

 何言ってんだか、この声の持ち主は。


「ねぇ、とにかく……起きてよっ」


 肩をがすんと揺らされて、俺の目はパチッと開いた。

 目の前には見知った顔。

 

「あ、大丈夫? 寝てたよ……?」


「んぇ……ぇ……え⁉」


 覚めゆく思考をフル回転し、あれやこれやと考えていくと状況が呑み込めた。


「ね、寝てたのか?」


「うん、それはもう……ぐっすりと」


「ぁ……そっか、寝顔見られてたか……」


「ちょっとだけね?」


「くそぉ」


 俺が苦し紛れに呟くと橘さんはにへらと笑い、こちらに手を差し伸べる。


「っさ、ほら、帰るよ?」


「……あぁ」


 目の前の白い手。

 優しく、今にも崩れそうな橘さんの手を掴んで俺は誰もいない図書室の一角から家に帰るまでずっと手を繋ぎ、帰ることになった。



 続く。




<あとがき>

 ふぁなお軍曹です、こんばんは。

 いやはや、今日はおしいところまでですが、諸事情で一旦「その1」とさせていただきます。勝手ながらすみません。


 そして、フォロワー1000人突破ありがとうございます! 初めての4桁フォロワーで動揺を感じていますが行けるところまで行ってやると奮い立たせて頑張ります!!


 良かったら、フォロー、レビュー、☆評価もお願いします!

 


 

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