【新人王戦-6】

決勝


会田(県立二)-田原本(経済一)



「行かなくていいのか」

 中野田が、蓮真に尋ねた。

「どこに」

「わかっているだろ。鍵山のところに」

「行かない」

 蓮真は、首を振った。

「なんで」

「行ってどうすんだよ」

「慰めてやれよ」

「嫌だね」

 鍵山は負けた後、部屋を飛び出していった。誰の目にも、泣いているように見えた。彼女のそんな姿は皆が初めて目にしたし、どう声をかけていいのか誰もわからなかった。わかるとすれば蓮真だけだ、と誰もが思った。

「冷たいんだな」

「あいつが一人で乗り越えるべきだよ。俺たちと違って、『負けの財産』が少ないんだ」

「……」

 現三年生は、入学直後に団体戦最下位になるという経験をした。最悪からのスタートだったのである。それに対して二年生は、二位以上しか経験していない。その中でも鍵山は、女流の地区代表三連覇、全国でも二位となっていて、誰よりも勝ちの味を知っている。

 蓮真は、それが彼女の成長の壁になっていると考えていた。鍵山は強い。だが、どうしても蓮真の脅威になってはいなかった。今後全国で戦うことを考えると、彼女にはもう一つ殻を破ってほしい。

「こんなんでどうにかなる奴じゃない。放っておいても立ち上がる」

「信頼してるんだな」

「俺は全員信頼してる」

「そう言われると俺が信頼してないみたいだよなあ」

 中野田は腕を組んで、口を尖らせた。



 会田は焦っていた。全く見たことのない戦法を指されていたのだ。

 ネットで何千局と指しても、実戦では全く見たことのない形を指されることがある。それはわかっていた。しかし、よりによって決勝でそれにあたるとは思っていなかった。

 団体戦での記録では、田原本はオーソドックスな居飛車党ということだった。だが、ここにきて奇襲を放ってきた。用意していたのだろう。

 幸いにも会田は、「見たことのない戦法に当たる」こと自体には慣れていた。とにかく、ペースを乱さない。完璧な対策を求めない。あと、奇襲はできただけで本人が満足するので、中盤以降隙ができやすい。序盤思い通りにさせて泳がせておけば、終盤必ずミスをする。

 形勢は少し不利ぐらいだったが、会田は決して焦らなかった。そして、終盤の入り口で田原本はミスをした。歩を垂らされて、取ることができない。と金を作られること自体はそこまで痛くはないはずだったが、と金を作らせる予定でなかったことは確かだ。眉間にしわができたのを、会田は見逃さなかった。

 ネット対局では、見えないものだ。奇襲は、実戦の方が効率が悪い、と会田は思った。

 と金を相手玉へと寄せていく。それで何か駒が取れるプランはない。ただ、「嫌だろうな」という実感があった。

 田原本の時間が切れた。秒読みの音が鳴り始める。そこから、田原本の手は乱れた。

 最後は大差になって、会田が勝利した。

「おめでとう」

 最初に声をかけたのは、安藤だった。部長に対して会田は、深々と頭を下げた。

「なんとか、一つ目です」

「頼もしいなあ」

 こうして、県立大から新人王が誕生した。


決勝結果


会田(県立二)〇-×田原本(経済一)

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