【新人王戦-3】

「俺の仇、とってくれよ」

「まっかせなさい」

 予選は、二回戦が決勝となる。これに勝つと決勝トーナメント進出である。大谷は、高岩に勝った相手と当たることになっていた。

 おどけて胸を張って見せる大谷だったが、内心では強い決意を抱いていた。今後団体戦で共に戦うであろう仲間たちは、皆一回戦を突破している。個人戦では、県立大部員もライバルである。

 ここで負ければ、他の部員よりも格下になってしまうかもしれない。高校時代「個人戦で」活躍してきた大谷にとって、どこまで勝ち上がるのかは非常に重要だった。

 席についた大谷は、別の席にいるバルボーザを見つめた。顔も怖ければ、体格もいい。喧嘩になったら会場で一番強いだろう。そして、将棋もこれからどんどん強くなる予感がしていた。

 視線を移すと、会田がいた。高校時代は全く知らない名前だが、それもそのはず、ネット将棋だけで強くなり、大会などには全く出ていなかったらしい。対局数に裏打ちされた知識は豊富で、プロ将棋には出てこない「ネット流」の指し手を数多く知っていた。

 そして、最後に鍵山へと目を移す。長い髪が椅子にかかっていた。何度も見てきた背中だった。追いつきたい背中。

 


 鍵山は、蓮真の背中を見ていた。今日は運営として、せわしなく動き回っている。蓮真も獲れなかった新人王を獲れば、一つは彼に勝った証ができる。彼女はそれを、何としても手に入れたかった。

 一回戦はシード。敗退のリスクが減るという意味では運がいいのだが、一人だけ対局を待たされるという意味ではいいことばかりではなかった。リズムが狂うし、もどかしい。一回戦、最初は会田の将棋を観戦していたが、途中から建物の外に出た。

 空を見上げた。故郷の空より、低い気がした。彼女の実家は、岡川大学の近くにあった。今日も、昔から地元で戦ってきた相手が、岡川大学から出場していた。

 こんな時にホームシックになるなんて。

 このことを知ったら蓮真ならば笑うだろうし、中野田ならば目を丸くするだろう。鍵山は誰からも強い人間と思われていたし、彼女自身がそう振舞ってきた。

 けれども実際には、人並みにいろいろと感じる、21歳の女性なのである。

 対局できないことによって、色々と考えてしまう。

 ようやく二回戦が始まって、鍵山はほっとした。将棋だけに集中できる時間が、やってきたのだ。

 いつもよりもさらに過激に、強く攻めて強く受けて、彼女は勝負を決めた。



県立大学メンバー 予選決勝結果


勝利 会田(二) 鍵山(二) 大谷(一)

敗退 猪野塚(二) バルボーザ(一)


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