【新人王戦-2】

「精一杯負けてこいよ」

 会田は、対局前のひのくちにそう声をかけた。1回戦の相手が昨年の新人王、経済大の高坂だったのである。春大会では中野田に勝利もしており、今大会の優勝候補であった。

 対して閘は入部するまで将棋のルールも知らず、最近ようやく反則なしに対局を終えることができるようになった。

 県立大のメンバーの中で、最も勝ち目のない対局と思われていた。閘自身もそう思ったが、ただ、楽しみでもあった。春の個人戦では、他大学の控えメンバーに負けた。初めて、県立大ではない強豪と将棋が指せるのである。

 閘の前に、壁のような男が現れた。肩幅が広く、腕が太く、眼鏡の縁も太い。柔道の選手じゃないかと思った。

 「ぶ、ぶつからせていただきますっ」閘は心の中で、精いっぱい戦うことを決意した。



「うーん」

 会田はうなっていた。

 一年生には軽口をたたいたものの、彼自身は極度の緊張状態にあった。春の団体戦では負け越し、個人戦では一回戦敗退。期待されているのが分かるからこそ、自分の成績のふがいなさを痛感する。

 せめて、新人王を獲りたい。強く、そう願っていた。そして、獲れる実力はあるのだと、自分に言い聞かせた。

 一回戦の相手は、それほど実績があるわけではない。それでも、なかなか有利になることができなかった。何千局とネットで指していても、大会では全く知らない戦法に当たることがある。局数をこなしているばかりに、「知らない戦法」というだけでやりにくさを感じてしまうのである。それでも会田は、決して気を抜かなかった。不利にならなければ、終盤で何とかなる。それぐらいの自信は身に着けていた。



「新人王、トリマス!」

 会場に入る前に、バルボーザは叫んだ。

 彼は、自分の置かれている状況を理解していた。夏の全国大会には、中野田が来ない。蓮真、鍵山、会田、大谷はレギュラー確定と言っていい。残り一枠は、まだ決まっているとは言えない。

 レギュラーになりたい。バルボーザは強く願っていた。

 一回戦の相手は、聖谷大学のレギュラーだった。B級のチームとはいえ、5人制のレギュラーに選ばれるメンバーであり、実力者であることが推測された。

 バルボーザは、「とにかく前に出て勝つ」と誓っていた。攻めて攻めて、攻めまくる。気持ちで押し切るんだ、と思った。

 安藤はちらりとその様子を見て、「鬼の形相だ」と思った。バルボーザは攻めまくって、押し切った。



県立大学メンバー 予選1回戦結果


勝利  会田(二) 猪野塚(二) 大谷(一) バルボーザ(一)

シード 鍵山(二)

敗退  菊野(二) 星川(一) 高岩(一) 閘(一)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る