新人王戦

【新人王戦-1】

「新人王を獲得せよ」

 春大会優勝以降、県立大将棋部の標語のようになった。

 毎年六月にある二年生以下の個人大会、それが新人王戦である。県立大学からは、今まで一人も獲得者がいない。ビッグ4も野村も、蓮真も新人王にはなっていない。

 何とか春大会を制したものの、綱渡りの勝利だったことは誰もが理解している。一・二年生の底上げが課題となる中、最もわかりやすい目標が「新人王」だった。

「俺、行けない」

 底上げにこだわるのは、別の理由もあった。春の大会後、中野田が爆弾発言をしたのである。

「え、夏の大会に?」

 春大会後の夕食でのことだった。安藤は食べようとしていた肉を一度皿に置いた。

「うん。その日合宿があるんで」

「合宿? 何の?」

「公務員試験対策の。東京から講師が来てくれるので、とっても大事なやつ」

「はー。あー。うーん」

 安藤は頭をかきむしった。理由を知っているだけに、説得もしにくいのである。

「中野田さんむっちゃ公務員なりたいんですね」

 事情を知らないひのくちは、遠慮なく言った。二年生以上に緊張が走る。

「安定した収入が必要だからな」

「堅実なんすね」

「プロポーズするつもりだから」

「プ……?」

 二年生以上はすでにこのやり取りを経験済みだった。

「幸せにするためには、金が要るだろ」

「ま、まあそうっすね」

「子供もいるし」

「こ、こども!?」

 閘の反応に、皆が噴き出すのを我慢していた。

 中野田は、大家の娘に恋をしている。シングルマザーであり、五歳になる娘がいた。中野田は、その子を養うことまで視野に入れて公務員を目指しているのである。

「とにかく、全国は無理なんだ。秋はちゃんと出るから」

「しょうがないねえ。今度は五人制だし、皆で何とかするしかないね」

 安藤はそう言い、肉を口に運んだ。



「あ」

 くじに書かれた文字を見て、高岩の表情が曇った。

 新人王戦の対戦相手を決めるくじ引き。一回戦は同じ大学同士で当たらないよう、当たった場合は引き直しとなる。県立大からの参加者は九人だったが、ここまで八人が8ブロックに分かれていた。九人目の高岩は、「誰かとは同じブロックになる」状況だったのである。

 そして彼が引いたのは、大谷と同じブロックだった。

「さすがゆのちゃん。いいとこひいたねえ」

 ニコニコしながら、大谷は高岩の肩を抱く。

「一番引きたくなかったわ」

「そう言うなよお。ブロック決勝で当たって青春の一ページにしようぜえ」

 鍵山はそんな二人の様子を、遠巻きに見ていた。

 彼女は優勝候補の一人である。地区の女流大会では敵なし、全国では二位。団体戦でも活躍している。女性新人王となれば地区では初のことだった。

「注意すべき人はいますか」

「そうだね……」

 別の場所で作戦を練っていたのは、バルボーザと会田だった。春の大会を経て、二人は毎日のように部室に来るようになった。以前はあまりないことだったが、蓮真や鍵山がいると、積極的に対局を申し込むようになった。

「それでは、指定の席についてください」

 安藤の声が響いた。今年の新人王戦の会場は県立大学。運営は三年生以上が行っている。

「駒を並べたら、振り駒をしてください。……準備は整いましたでしょうか。では、対局を始めてください」

 新人王戦が、始まった。

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